第14話 二人目の生徒会役員
「落ち着け……一度深呼吸をして状況を整理するんだ」
自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をするとゆっくり顔を左右に動かす冬夜。左側は受付カウンターがあり読書などのために設けられた机が並ぶごく一般的な図書館の風景だ。問題は右側に広がるエリアだ。天井近くまでそびえたつ本棚にぎっしりと詰め込まれた書物。奥に広がるのは迷い込んだものを飲み込むかのような先の見えない闇。
(ほんとに図書館……だよな?)
何気なく奥を眺めていたら広がる暗闇に吸い寄せられてしまいそうな錯覚に陥り、背筋に氷を当てられたように身震いをしてしまう。そして、恐る恐るリーゼが言っていた読書スペースへ向かうと、机の上に高く積みあがった本を黙々と読む、ショートボブの黒髪に眼鏡をかけた小柄な少女が一人。
(まったく俺の存在に気がついてないのか?)
少女の真横まで近づいた冬夜を一切気にする様子も無く、読書を続ける少女。
(すごい集中力だな……いったい何の本を読んでいるんだ?)
少女の読んでいる本が気になり、冬夜が覗き込もうとした時だった。いきなり顔をあげ、両手を頭の上に上げて体を伸ばした少女を視線が合った。すると、突然の来訪者に驚いた様子で少女が話しかけてきた。
「誰? ここに人が来るなんて珍しいこともあるのね」
「読書の邪魔をしてしまったならすまない。俺は天ヶ瀬 冬夜、春から学園に通うことになって、今日は調べたいことがあってここに来たんだ」
「そう。私は椿 言乃花。私のことは言乃花と呼んで」
「ああ、わかった。俺も座っていいかな?」
「……好きにしたらいいわ」
話し終えると興味がなくなったように冬夜から視線を外し、再び読んでいた本に目を落とす言乃花。
(ちょっと待て! その反応はないだろ!)
肩を落とし、言乃花の正面に座った冬夜。
「……」
無に近い静寂の中、壁にかけられた時計が時を刻む音が虚しく響く。その音とともに沈黙だけがどんどん積み重なっていく。時間にしたらほんの数分経過しただけなのかもしれないが、冬夜にとっては数時間経過しているように思えてくる。
(……何を話せばいいかわからないし、リーゼ早く戻ってきてくれ)
リーゼからむやみに歩き回るなとくぎを刺されている冬夜。目の前にいる言乃花は黙々と本を読んでおり、どう話しかけていいのかわからない。
(ヤバい……この沈黙に耐えられない。ここから見えている範囲なら少しくらい散策しても大丈夫だよな、きっと)
椅子から立ち上がり、読書の邪魔をしないように図書館内へ散策に行こうとした冬夜。タイミングを見計らったかのように言乃花が呟く。
「箱庭とは世界の狭間にあるといわれる異空間……か」
「え! 箱庭? その内容を詳しく教えてくれないか?」
「……」
「椿さん?」
「……言乃花」
「はい?」
「こ・と・の・かと呼んでと言ったはずだけど?」
「えっと、言乃花さん。今なんて言ったの?」
突然の言葉に驚きを隠せず慌てる冬夜に対し、全く動じない言乃花。
(め、めんどくさ……じゃなくて、今の呟きって……)
何を慌ててるのか理解できないと言った表情で、不思議そうに顔をかしげる言乃花。
「どうしたの? 本に書いてあることを呟いただけなのに。そこまで驚く必要ある?」
「本に書いてあること? 何の本を読んでいるんだ?」
「伝記のようなものよ。ここには古い書物もたくさんあるから」
言乃花が見せてくれた本には『Fairy Tale~世界の始まり~』と書いてあった。内容は両世界の成り立ちを題材にした物語であった。
「そんなに気になるの? 箱庭のこと」
冬夜が迷宮図書館に来た目的を見透かしているかのように問いかける言乃花。
「何故だかわからないが、すごく引っかかっている。ここに来れば何か掴めると思ったんだ。言乃花が読んでいるような本や資料は、ここにはたくさんあるのか?」
「そんなに知りたい? じゃあ案内するからついてきて、天ヶ瀬 冬夜くん」
さっと席を立ち、迷路のような本棚エリアへ歩きだす言乃花の後ろを慌てて追いかける冬夜。
二人は本棚の迷路をまるで何かに吸い寄せられていくかの如く進む。
(計画通りに進んでいますよ、学園長。特に変わった様子もないし……何事もなくに終わりそうね)
学園長の言葉が頭をよぎるが、疑念を振り払うように小さく頭を振るとそのまま歩き続ける。
ここは迷宮図書館、何が起こっても不思議ではないといわれている場所。
準備は整えられていた、言乃花が学園長に呼び出された時には……




