閑話 ソフィー、初めての遊園地③
「あら? 夢でも見ているのかしら? 大きなうさぎさんが両手を広げて待ってくれているなんて。でもダメよ、私にはソフィーちゃんという……」
「リーゼお姉ちゃん? どうしたのですか?」
美桜の隣で両手を胸の前で固く握り合わせ、涙を流しながら天を仰ぐリーゼ。その隙に美桜が反対側にいるソフィーの元に駆け寄ると、わざとらしくリーゼに話しかける。
「もしもーし? あーこれはダメなやつなのです。ソフィーちゃん、うさぎさんのところへご挨拶に行くのです」
「え? でもリーゼさんが……」
「大丈夫なのです。いろいろと悩みが多い年頃ってやつなのです」
「そうなのかな?」
ソフィーがリーゼを見ると、今度はしゃがみ込んだ姿勢になり頭を抱えてブツブツと独り言をつぶやいていた。しばらくすると急に晴れやかな表情になり、立ち上がって天を仰ぐように顔を上げ、すぐにうめき声をあげながら再びしゃがみ込むという事を繰り返していた。
「美桜ちゃん、本当に大丈夫かな? リーゼさんがすごく苦しんでいるみたいだけど……」
「大丈夫です、そのうち正気に戻るのです。さあソフィーちゃん、大きなうさぎさんと一緒に写真を撮るのです!」
困惑しているソフィーの右手を握り、マスコットキャラクターに向かって一目散に駆け出す美桜。
「あ! またソフィーちゃんを! 待ちなさい!」
ソフィーが引きずられていく様子を見たリーゼが正気に戻り、追いかけようとした時だった。
「あっ」
勢いよく走り出した美桜の足がカーペットに引っかかり、ソフィーを巻き込んで転びそうになった。そのままカーペットに沈みそうになり思わず目を閉じた時、柔らかい感触が二人の全身を包みこんだ。
「急に走り出すと危ないよ。怪我をしなくてよかったね」
美桜がゆっくり目を開けるとふわふわとした温かい感触とともに優しい顔をしたうさぎの着ぐるみが頭を撫でていた。
「モフモフで気持ちいいのです!」
「ありがとう。みんなにご挨拶したいから立てるかな?」
うさぎのキャラクターが美桜とソフィーに優しく声をかけると支えながら立ち上がらせた。すると後ろから駆け寄ってきたリーゼが美桜を叱った。
「もー! だから急に走り出したら危ないって言ったでしょうが! それにうさぎさんに抱きしめてもらうなんてなんて羨ましい……」
「リーゼさん、ごめんなさい」
「リーゼお姉ちゃんごめんなさいです……あれ? 最後に何か聞こえたような?」
「き、気のせいよ! それよりもソフィーちゃんは謝らなくていいのよ」
「ふふふ、みんな仲良しなのはいいことだね!」
三人がいつものやり取りを交わしていると嬉しそうな声が聞こえてきた。
「ようこそウォーターアイランドへ、私はマスコットキャラクターのソフィアです」
「「「よろしくお願いします」」」
「今日はたくさん楽しんでね! 私のお友達も園内の色んな所でみんなのことを待っているから仲良くしてほしいな」
ソフィアが三人の所へ近づいてきて、一人ずつ優しく抱きしめていく。
「あわわ……大きなうさぎさんに抱きしめられて、モフモフがたくさん……これは、夢? ああ、天国に来てしまったのね……」
「あちゃー、またリーゼお姉ちゃんが壊れちゃったのです」
ゆでだこのように真っ赤な顔で、目からボロボロと大粒の涙を流すリーゼ。崩れ落ちるようにカーペットに両膝を突くと組み合わせた両手を高く頭の上に掲げている。
「リーゼさん? どうしたのですか?」
「ソフィーちゃん、心配しなくても大丈夫です。ソフィアちゃんに会えたことが嬉しすぎて感激しているだけなのです。美桜は知っているのです、リーゼお姉ちゃんが佐々木さんに頼んでパンフレットとか遊園地の本とかを山ほど調べつくしていたのを……特にうさぎさんとぬいぐるみのページには山ほど印が……」
「ちょっと、なんで知っているのよ! 全部見つからないように片付けてきたはずなのに!」
「ふっふっふ、さっきヘリの中でこれを見つけたのです!」
そう言うとソフィーがかけているイチゴのショルダーバッグから一冊のノートを取り出す美桜。
「そ、それは!」
「さすがリーゼお姉ちゃんなのです。限定グッズまで調べ上げているなんてすごいのです!」
「当然じゃない! 年長者としてしっかりとしたリーダーシップを取らないと……」
「お土産のほとんどがぬいぐるみなのはどういうことなのです?」
「そ、それは……」
美桜の指摘に滝のような汗を流しながら明後日の方向に視線を泳がせるリーゼ。その時、三人の背後に控えていた佐々木が仕切り直すように声をかける。
「皆様、楽しそうにお話をされているところ大変恐縮でこざいますが、園内でキャストやキャラクターが皆様の到着を楽しみにお待ちしております。ゲートまでソフィアが案内いたしますので、入園手続きをお願いいたします」
「はい! それでは皆さん、一緒に行きましょう!」
ソフィアが両手を大きく振って入場ゲートに向かって歩き出す。ソフィーと美桜が手を繋いで歩き出した時だった。ふとリーゼが立ち止まると佐々木に向き直る。
「佐々木さん、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうされましたか?」
「ソフィアちゃんについてなんですが……着ぐるみにしては動きが自然すぎるし、受け止めてくれた感触が中に人が入っているような気配ではなかったような?」
「さすがですね、リーゼ様。詳細は企業秘密となりますが、キャラクター自身が意思を持って行動していると考えて頂ければ」
「なんですって? そんなことができるわけが……」
リーゼが更なる質問を佐々木にしようとした時だった。
「リーゼさん、はやく中に行きましょう!」
「リーゼお姉ちゃん、何をしているのですか? 置いていっちゃうのですよ!」
入口のゲート前で大きく手を振り、リーゼを呼ぶ美桜とソフィーの声が聞こえてきた。
「すぐ行くわよ! 佐々木さん、呼び止めてすいません。三人で最高の思い出になるように楽しんできますね」
「とんでもございません。ぜひ楽しんでいただければと思います。行ってらっしゃいませ」
リーゼが満面の笑みを浮かべてソフィーたちの元に駆け寄っていく様子をホッとした表情で見送った佐々木が呟く。
「さすがリーゼ様ですね、鋭い指摘に少々焦りました。翔太朗様と玲士様が中心となり、極秘に開発を進めてきた技術ですからね……」
ソフィアの存在に芹澤の研究する「魔科学」が関係しているのだろうか?
リーゼの疑問が核心に変わるのはまだ先のことだった……




