第29話 戦いの終結と契約者の正体
黒煙が薄くなっていくにつれて少しずつ全貌が見えてきた。クロノスの着ているローブは鋭利な刃物で切られたような傷が至る所にあり、プラチナブロンドの髪の先は焼け焦げて黒く変色していた。その右手には制服の襟を握られ力なく項垂れているレイス。
「レイスさん!」
冬夜が叫んだ勢いのままクロノスへ飛び掛かろうとすると、虹色の魔力が全身を拘束するように纏わりつき身動きが取れなくなる。
「冬夜くん、落ち着きなさい!」
「でも……レイスさんを助けないと!」
「気持ちはわかるけど、あなたまで暴走してどうするの? 隣で止めようとしているメイちゃんを見なさい!」
レアの言葉を聞いた冬夜が驚いて目を動かすと、メイが左腕に力いっぱいしがみついて必死に制止しようとしている。
「メイ……」
「絶対に離さない! 冬夜くんまで怪我したら……お願い……落ち着いて!」
メイの体は小刻みに震えており、固く閉じられた目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「メイ、ごめん」
「前に約束したよね? 無茶だけはしないでって……」
「ああ、そうだったな」
冬夜が落ち着きを取り戻すと全身を拘束していた虹色の魔力が薄れていく。ゆっくりと深呼吸するとそっとメイの頭を撫でる。
「お願い、無茶だけはしないでね」
「ああ、約束する。危ないからメイは後ろに下がっていてくれるか?」
冬夜の言葉に安心したメイが後ろに下がると入れ替わるように右隣にレアが現れる。
「落ち着いたようね。それじゃあ反撃開始よ」
「はい! クロノス、レイスさんを返してもらうぞ!」
レアと冬夜が魔力を纏い始めるのを見てクロノスの口元が吊り上がる。
「素晴らしい友情といったところでしょうか? 人間というものは見ていて飽きませんね。それでは、はじめ……」
そこまで言った時、目の前を突風が駆け抜けクロノスがはじかれたようによろめく。すると数メートル奥にレイスを肩に抱きかかえた言乃花が現れた。
「珍しく隙だらけね。レイスは返してもらったわよ」
「チッ……人間風情が! つくづく不愉快だ!」
余裕に満ちた口調が崩れ、大声を上げるクロノス。再び青白い火柱のような妖力が立ち上ると、地震が起きたように地面と空気が振動を始める。
「ちょっとヤバいわね……冬夜くん、メイちゃんを連れて今すぐ逃げなさい! 言乃花ちゃん、あなたもレイスくんと一緒にすぐに離れなさい。私はここでクロノスを食い止めるわ!」
「私も一緒に戦います! レアさんを残して逃げるなんて……」
「いいから! あなたたちは早く逃げなさい! ……私もすぐにそっちに行くから……ルナ、力を貸して……」
レアが見せた一瞬悲しげな表情を見逃さなかった言乃花の声は届くことがなかった。きつくクロノスを睨みつけると、全てを振り払うように走り出す。
「やれやれ、見ていられませんわ」
「え?」
突然耳元で聞こえた声に驚いたレアが立ち止まった時だった。クロノスの体に十文字の光が走ったかと思うと立ち上っていた青白い火柱が霧散した。
「……なぜ邪魔をする、アビー!」
「何のことでしょうか? 邪魔をしにきたのはあなたの方でしょう? ちょっと静かにさせて頂きますね」
思わぬ不意打ちに目を見開くクロノスの腹部へ両手でダガーを突き立てる。
「ぐはっ……」
「ふ、ようやく大人しくなりましたね」
意識を失って倒れ込むクロノスの体をアビーが荷物のように蹴り上げると、正面に現れたノルンが眉をしかめ受け止めた。ローブをつかまれたクロノスの体はくの字に折れ曲がっている。
「よくやりましたね、アビー。このバカも回収しましたし、我々は退散するとしましょう」
「ま、待て! お前たちの目的は何なんだ? 親父は……親父をどこに隠した?」
立ち去ろうとする二人に対し、冬夜が慌てて声をかける。
「響のことでしょうか? 彼ならクロノスの拠点がある別時空にいるはずですよ。ご心配なく、次にお会いする時には元気な姿で現れるでしょう」
「別次元? そうだ、なぜ俺たちの味方をするような真似を……」
「勘違いしないでいただきたいですわ、私たちは契約に従ったまで。これのおかげで思わぬ収穫もありましたから良しとしましょう」
「契約? いったい何のことを言っているんだ?」
「私としたことがおしゃべりが過ぎましたね……観測者に見つかると厄介ですから失礼いたします」
「大変楽しく有意義な時間をありがとうございました。次はもっと楽しみましょうね、途中で壊れてしまわないうちに」
言い終えると一筋の風とともにノルンとアビーの姿が消え去る。
「別次元? 契約? 観測者? いったい何のことなんだ……」
ノルンが残した言葉に途方に暮れる冬夜。戦いが終わり、平穏を取り戻したヘリポートには何事もなかったかのように鳥のさえずりが戻ってきていた。
「ご苦労であった。契約通り進めてくれたのだろうな?」
冬夜たちの戦いが終わった数時間後。日が落ち暗闇が支配する病院の屋上にて。
「ええ、もちろんですよ。こちらとしても望んだ以上の収穫がありましたから」
「私としてはもう少し遊びたかったのですが」
月明かりに照らされ浮かんでいるのはノルンとアビー。その向かいに立つ人物が話を進める。
「こちらとしても十分なデータを回収することができた。ご協力に感謝する」
「あなたには借りがありますからね、例の約束もお忘れなく」
「次はあなたとも遊びたいですわね、プロフェッサー」
「私の高貴なる実験台に自ら進んでなっていただけるとは頼もしい限りだな」
三人がそれぞれにけん制し合う中、静かに目を閉じたノルンが小さく息をつく。
「これ以上話していても埒があきません。我々の邪魔をするというのであれば容赦しませんのでお忘れなく。行きますよ、アビー」
「はい、お姉さま」
ノルンが右手を上げ、指を鳴らすと闇に溶けこむように二人の姿が消える。
「容赦はしないか……早急に完成させる必要があるな。佐々木、そこにいるんだろう?」
「はい、玲士様」
音もなく暗闇から現れたのは黒い執事服に身を包んだ佐々木。
「妖精たちの動きも本格的になる。だが、最後のカギはこちらの手の内にある。さあ、我々も冬夜くんの実家に向けて明朝に出発するぞ。観測者殿へ報告もせねばならぬからな!」
「承知しました。すぐに準備に取り掛かります」
「手土産を忘れるな。母さんのことだから手ぶらにちがいないぞ」
音もなく佐々木が立ち去ると白衣を身に纏った芹澤の姿が月明かりに浮かび上がる。
「我が発明の成果をとくと見せてやろう! 封印されし古の技術『魔科学』を完成させるため虚空記録層をこの手に収める日は近い!」
暗闇を切り裂くように芹澤の高笑いが響き渡る。
冬夜の実家と観測者の存在、古の技術『魔科学』、そして虚空記録層……すべてが一つにつながる時、彼らに待ち受ける運命とは。
―――第五章 完―――
第五章「虚空記録層」を完結することができました!
多くに皆様にに支えていただき、本当にありがとうございます。
黒幕は誰なのか? 芹澤は何を考えているのか? そして観測者とは?
これからもお楽しみいただけるように頑張ります!
今後の予定ですが、この後は恒例の登場人物紹介と閑話を予定しております。
ソフィーちゃんと美桜ちゃん、リーゼの遊園地での出来事をたっぷりお届けする予定です。
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六章「封印された魔科学」編の開幕まで、本編の裏側をお楽しみください!




