第22話 引けない二人の切られた火蓋
黒いオーラをまとう響を目の当たりにしたレア。諦めたような表情で目を閉じると力強く両手を握りしめた。
「先輩も俺の前に立ちふさがるというわけか……」
「ええ、人の話を聞かない大バカ野郎を止めるには実力行使しかないわね」
「相手にとって不足なし、久しぶりに全力で戦わせて頂こう!」
口元を吊り上げ、薄ら笑いを浮かべている響。
「できることなら戦いたくなかったわ……でも、彼女からあなたのことを託された以上、避けて通ることはできない!」
俯いていたレアの瞳から一筋の雫が流れた。直ぐに右手の甲で無造作に拭うと勢いよく顔をあげ、響を睨みつけながら全身に青白いオーラをまとう。
「……何度見ても美しい魔力だな」
「あら? 私の魔力を見たことがあったのかしら?」
「一度だけ……たしかノルンが襲来した時だったか? 珍しく学園長が前線に出てきて陣頭指揮を執った時だ」
ふと響の表情が一瞬柔らかくなる。
「懐かしい話ね、あとから私たちが駆けつけた珍しいケースだったわね」
「ああ、あの時の光景は今でもはっきりと覚えている……ノルン相手に互角以上に渡り合っていたあの姿は……」
まだレアや響が学園に通っていた頃、霧の森で学園長とノルンが交戦していたことがあった。学園長は遊び相手になってもらったと言っていたが、交戦があった場所の木々はなぎ倒され、ところどころで火の手が上がっていた。応援に駆け付けたのはレアを筆頭にシリル、ハワード、健太郎、響だった。しかし、実戦経験の浅い響では全く歯が立たなかった。
「シリル、ここは私と学園長で対処するからあなたたちは響を連れて学園に戻りなさい!」
「わかりました。健太郎、急いで響を医務室まで連れていくぞ」
薄れゆく意識の中で響の視界に映ったのは、青白いオーラに身を包み、ノルンへ向かって行くレアの姿だった。
「まさかあなたに見られていたとはね……」
「すべてを見ていたわけではない。俺が目を覚ましたのは医務室のベッドの上だったからな……だが、それももう終わった話だ……たとえどんな魔法であろうとも今の俺には関係ない。完膚なきまでに叩き潰すのみ!」
言い終えると同時に響の体が揺らいだかと思うと瞬時にレアの目前に現れ、首元めがけて左手を横一線に振り抜く。
「えっ……」
驚いたような表情で響を見つめるレアの頭と胴体がわずかにずれ始める。
「手ごたえ……」
「ずいぶん早くなってるわね。でも踏み込みが甘いわ」
勝ち誇ったような表情でレアを見つめていた響の背後から声がした。
「手ごたえは確かにあったはずだ」
「そうでしょうね。でも虚像と実像の見分けができていない時点でまだまだ実力不足よ」
「さすがといったところか」
響の右の首元には青白いオーラを刀身にまとった短刀が突きつけられていた。
「形勢逆転ね? 大人しく話を聞いてもらいましょうか」
「戦いはまだ始まったばかりだ。いつまで耐えられるのか見せてもらおうか」
レアの言葉を聞いた響は薄ら笑いを浮かべると、ふいに左手を前に突き出し小声で何かを呟いた。すると突き付けられていた刃先が微振動を始め、同時にレアの表情が曇る。
「あなたが操る魔力は重力だったわね」
「先ほどまでの余裕はどこへ行った、先輩?」
「まったく……嫌みな後輩を持つと大変よね」
言い終えるが早いか体を後方へ飛ばした。次の瞬間、響を中心に半径一メートルほどの地面に亀裂が入り、土煙と轟音をあげながらいきなり陥没した。
「俺を仕留めるチャンスだったのにもったいないことをしたな」
「心中するつもりなんてさらさらないわよ」
片膝をついた状態で先ほどまで自分がいた場所を睨みつけるレア。頬に一筋の汗を流しながらゆっくりと立ち上がる。
「止めるには手の内を隠していては勝てそうもないわね」
「俺を止めるなどという戯言をまだ言っていられるとは……まあいい、ここに来た目的……早く邪魔者どもを排除し、冬夜たちに一緒に来てもらわねばならぬ」
「あなたの目的と冬夜くんたちに何の関係があるのよ?」
「話したところで理解できるはずがないだろう……さあ、そろそろ本気で行かせてもらうぞ!」
響が一方的に会話を打ち切ると、まだ土煙の立ち込める地面の底から空へ向かって真っ黒なオーラが一直線に立ち上った。同時にヘリポート全体の地面が大きく揺れ始める。
「俺の計画を邪魔するものは全て排除しなくてはならぬ。悠久なる大地よ、凍てつく氷の地にてわれに力を与えん……」
「本当に大バカ野郎な後輩を持ってしまったものね。いいわ、受けて立ちましょう。今ここに古より甦りし力、わが手に集約せよ……」
二つの強大な力が空気を揺らし、まるで電流が流れたかのように火花の散る音が響き渡る。立ち込めていた土煙は消え去り、響の前にバレーボールほどの大きさの黒い球体が出現した。一方、レアの前には青白く輝きを放つ無数の矢が出現している。
「解き放て、覇王の黒竜」
「消し去りなさい、天罰の六水晶」
二つの強大な魔力がぶつかり合い、辺り一帯が一瞬にして真っ白な光に包まれた。
レアと響のバトルの行方はいかに……




