第18話 不可思議な結界とアビーの目的
「あら? もう一人は離脱のようですね」
アビーが向けた視線の先には口から泡を吹いて気絶している一布。
「ちょっと一布、しっかりしなさい!」
言乃花が地面に倒れている一布の両肩を持ち揺さぶるがた、反応は一向に返ってこない。
「なるほど……先ほどの音にはやはり仕掛けがあったんすね」
「レイス、どういうことなの?」
「言乃花さん、落ち着いて聞いてほしいっす。魔力を持たない人間には耐えきれない音が聞かされたということっす。自分たちは耐えられましたが……」
「まあ! さすがはイノセント家の人間といったところでしょうか」
レイスが話し終える前に驚いた様子で言葉を被せてきたアビー。左目を見開き、ポイズニングダガー・スコルピオを持った右手を口に当て感心したような表情を浮かべている。
「あなたの驚き方を見る限り、立てた仮説は大きく外れてはいないっすね」
「さてどうでしょう? 数少ない情報から仮説を立て、真実へ迫ろうとする聡明な頭脳、これは私を存分に楽しませてくれそうですね! 私の新しいおもちゃにふさわしいです!」
虹色の結界につつまれた空間にアビーの高笑いがこだまする。
「自分は遠慮させてもらうっすよ」
「あなたのおもちゃになる気なんてさらさらないわ」
言い終えるとすぐに腰を落とし、両手を硬く握り構えをとる言乃花と懐刀を構えるレイス。二人の魔力が集約し始めるとドーム状の結界が微かに震え始めた。
「まあ、なんという魔力の高まりでしょうか……結界を揺らすほどとは少々驚きですね」
「自分たちの実力はこの程度ではないっすけどね……さっさとあなたを倒してこの場所から脱出させてもらうっすよ」
「そうね、あなたが単独で行動するなんてありえない。裏にいるノルンとも決着をつけさせてもらうわ」
言乃花とレイスの殺気をまとった視線がアビーに突き刺さる。
「ふふふ……お二人の熱い視線がたまらないですわ! この凍てつくような明確な殺意、内に秘めたる魔力の高まり、さらには私を倒してノルンお姉さまにたどり着くなどという戯言まで……ああ! 早くその自信にあふれた顔が絶望に歪み、打ちひしがれて地面に這いつくばる姿を見せてほしいですね!」
光悦とした表情を浮かべ、頬を赤らめて身を捩らせるアビー。ダガーを口元に近づけ刃先をひと舐めすると、狂気に満ちた視線を言乃花とレイスへ向ける。
「……本気で狂っているわね」
小さく呟いた言乃花の頬に一滴の雫が流れる。
「最高の誉め言葉をありがとうございます。さて、はじめましょうか? そうそう、邪魔になりそうな者は排除しておかないといけませんね」
言い終えるよりも早く目の前のアビーの姿が揺らぎ、言乃花の髪が揺れたかと思うと何かがぶつかり合う金属音が背後から響く。
「間一髪ってところっすね……言乃花さん、一布さんを離れた場所に避難させてください!」
「ふふふ、この私の動きについてこれるとは……さすがイノセント家の次期筆頭というところでしょうか? 褒めて差し上げますわ」
「光栄な事っすね。でも気絶している人間に手を出すのはちょっといただけないっすよ」
「何のことでしょうか? 壊れて使えないおもちゃは廃棄するのが普通だと思います」
レイスの懐刀とアビーのダガーが交錯し、金属が擦れ合う音が響く中、不思議そうな表情を浮かべ首をかしげるアビー。
「隙ありっす!」
一瞬できた隙を見逃さず、右手に魔力を込めると懐刀を振り抜いたレイス。鈍い金属音が空間内に響き、アビーが一メートルほど後方へ吹きとぶ。
「言乃花さん、何をボーっとしているんすか! 早く一布さんを結界の端まで連れて行ってください! 風の魔力で防護壁を張れば彼女は手を出せないっすから!」
「わ、わかったわ!」
レイスの怒号が翔び、慌てて一布を背負うと結界の境目まで駆け出す。
「チッ……見事な判断ですわ。しかし、私が手を出せないというのは意味が分かりませんね」
「自分が気が付いていないと思ったっすか? この結界はあなたの張ったものではなく、強度も高いとはいえない……明らかに時間稼ぎとしか思えない物っすよ」
レイスの指摘に目を細めるアビー。ふいに吹っ切れたかのように笑い声をあげる。
「ふふふ、ご指摘の通りですわ。ノルンお姉さまに張っていただきました、必要最小限の強度で。私の力をもってすれば強固な結界など不要……お仕事が終わるまで遊ぶ時間を頂いただけですから。ノルンお姉さまが楽しんでいらっしゃる間、壊してしまわないように耐え抜いてくださいね」
(しまった……冬夜さんとメイさんが危ない……二人ということはレアさんも別行動に? まずいっすね、早くここを脱出して三人を助けに行かないと……)
アビーの言葉を聞いたレイスの表情から血の気が引いていく。
冬夜、メイ、レアの三人に何が起こったのか?
そして、もう一つ別の影が忍び寄りつつあった。ノルンの策略なのか? それとも……




