第15話 フェイの受難③
冬夜たちが出発の準備を進めていた頃、別次元に存在する宮殿の一室にて話し合いが行われていた。
「ノルンお姉さま、私たちも動き始めたほうがよろしいのではないでしょうか?」
部屋の中央にあるソファーに座り、紅茶を飲み終えたアビー。右手に持ったカップをポイズニングダガー・スコルピオに持ち替え、目を輝かせながらノルンへ問いかける。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、アビー」
対面に座るノルンは左手に持ったカップを傾け、ゆっくりと喉を潤している。
「お姉さまはクロノスたちを野放しにしておいても問題ないのですか?」
「ああ、そのことを心配していたのですね」
「はい、間違いなく計画の障害になるとしか思えないのですが……」
ダガーの柄を器用に回しながら問うアビーに対し、笑みを浮かべながら諭すように話しかけるノルン。
「大丈夫ですよ。クロノスは動くことができませんし、アイツも手は出せない状況のはずです」
「それはどういう意味でしょうか?」
「奴らはまだ本物の虚空記録層を手に入れてはいないからですよ」
「本物を手に入れてはいない……ですか?」
ノルンの言葉に不穏なものを感じ取り面白そうに聞き返すアビー。
「そう、手に取れば世界、いやすべてを掌握できるとされている虚空記録層。創造主様ですら血眼になって探している物ですよ?」
「そうでしたね。創造主様の計画に欠かせないピースをただの人間に見せるとは思えません」
「その通りです。ましてやあのクロノスが何も考え無しに動くとは思えませんからね、私たちの中で一番のくせ者が」
最後の言葉を言い終えないうちからノルンの妖力と怒気が全身からあふれ出す。テーブルが小刻みに揺れ始め、カップから紅茶が溢れてソーサラーを濡らしていく。ついには窓ガラスが振動に耐え切れず砕け散った。
「お姉さま、落ち着きましょう。せっかくの紅茶がこぼれてしまいましたわ」
「あら、私としたことが……クロノスのこととなると感情が抑えきれなくなるみたいですね」
アビーの言葉でノルンが冷静さを取り戻したのを確認すると、右手に持ったダガーを舐め回すように見つめながら話し始める。
「お気持ちはわかりますわ。私もちょっとした因縁がありますから。それよりも一筋縄でいかない相手を狡猾に追い詰め、甘美な悲鳴を上げながら逃げ惑う姿を見られると思えば……ワクワクしてきませんか?」
「ふふふ、あなたは本当に頼もしいですわ。そうですね、これまでのツケを清算していただく絶好の機会ですから……ただ追いつめるだけでは芸がありません。恐怖と絶望を最大限に味わって頂き、私たちの計画に利用させていただきましょうか」
「さすがですわ、お姉さま! ちょうど新しいおもちゃも欲しかったところですし、楽しくなりそうですね」
アビーの瞳がまるで幼い子どもの様にキラキラと輝きだす。
「クロノスだけじゃありませんわ。冬夜くん、でしたよね? 彼と学園の人間たちにも踊っていただかないといけませんから……」
「ああ……何ということでしょう、一刻も早くあの者たちが全てに絶望し、立ち上がることもできないほど打ちのめされ深く闇に染まる様を見てみたいですわ」
「ええ、そうですね。それでは気分を変えるためにも甘い物を食べて向かいましょうか。たしか限定のプリンがあったはずですよ」
二人揃ってソファーから立ち上がり、扉を開けて廊下へ出ようとしたその時だった。
「うわ、ビックリした。なんだよ、勢いよくドアを開けるなって前にも言っただろ?」
思いもかけずフェイに遭遇した。その手には見覚えのある容器が。
「あら? 気を付けていれば避けられたでしょう。……ところでフェイ? その手に持っている物は何かしら?」
「ああ、冷蔵庫にプリンがあったからゆっくり食べようと……」
それを聞いたノルンとアビーから凍てつくような殺気が漂い始める。
「そうですか……誰の許可を得てそのプリンを食べようとしているのでしょうか?」
「誰のって? 二人とも目つきが怖いんだけど……げっ! まさか……」
自らが犯した過ちに気が付いたフェイだったが、時はすでに遅し……
「お姉さま、徹底した教育が必要じゃないですか?」
「そうね、食べ物の恨みは怖いということをわかってもらわなければいけませんね」
「勝手に食べたのは悪いけど、ノルンだってこの間……」
「まあ、自分の罪を棚に上げて言い訳するとはなんと見苦しい……アビー、これは私たちが丁寧に教育してあげないといけませんね」
「その通りですわ、ちゃんと悪いことは悪いと認められるようにしないといけません」
「ちょっと待て! 言ってることがおかしくないか? ちゃんと話し合え……」
フェイの声が廊下に虚しく響き渡り、二人に首根っこを捕まれて廊下を引きずられていく。
「ギャーーーーー!!」
今日も宮殿内に響き渡る悲鳴。
ノルンとアビーの計画とは一体……?




