第11話 動き出す影とそれぞれの思惑
冬夜たちが話し合いを始めた頃、すっかり日が落ちて暗闇の支配するとある墓地。数少ない街頭に照らされた薄暗い墓石の前に、花束を持ち片膝をつく響がいた。
「来るのが遅くなってすまない。冬夜はかなり成長していたよ……」
冬夜の実家からほど近い天ヶ瀬家の墓。墓石の隣に立つ墓誌には「天ヶ瀬 瑠奈」の名前が刻まれている。持ってきた花を供え、目を閉じて手を合わせていた時だった。
「あらあら、こんなところにいらしたのですね」
「俺の大切な時間を邪魔しようとするのであれば、いかなる者でも容赦しない……たとえ魔法を消し去る者の異名を持つお前でもな、アビー」
「面白いですわ。私を楽しませていただけるなんて心が踊りますね」
どこからともなく暗闇から現れたのはアビーだった。上半身はピンク色のシャツ、黒を基調としたガウチョパンツに同色のコートを着ており、右手に握られたポイズニングダガー・スコルピオが月の光に照らされて怪しく光っている。
「いったい何の用だ?」
「私はあなたに用などありません、お姉さまから伝言を承ったので、仕方なく伝えに来て差し上げただけですわ」
「ふん、相変わらずノルンの言うことには忠実なんだな。……話の内容によっては手荒なことも辞さないつもりだが?」
響の瞳が赤く輝くと魔力が増大し、周囲の墓石や草木が軋むような音を立てながら振動し始める、しかしアビーに全く動じる様子はなく、待ち望んでいたかのように目を細めると口元が吊り上がる。
「素晴らしいですわ! 怒りによって魔力が増大して……今すぐめちゃくちゃにしてあげたい、肉を切り裂き血を滴らせその痛みと苦しみに悶える甘美な悲鳴を聞かせてほしいものですね」
「相変わらず悪趣味なヤツだ……」
「悪趣味とは心外ですね、私の崇高な考えを理解できるのはノルンお姉さまだけ。障害があるならば取り除くまで……そう、壊れたおもちゃはきちんと処分してあげなければいけませんわ」
右目は前髪で隠れているため伺いしれないが、明確な殺意が宿る左目から放たれる視線が響の心臓を射抜くように突き刺さる。
「良かろう、相手になってやろうと言いたいが、ここは場所が悪い」
「最愛の奥様が眠っている墓前で負けることなんてできないですよね?」
「誰が貴様ごときに負けるというのだ?」
「実に良いですね、私の新しいおもちゃにふさわしいですよ! アレと一緒に可愛がってあげますわ」
「一撃で終われば被害は最小限ですむな」
響が構えをとると同時に、全身から魔力が溢れ出す。アビーもポイズニングダガーを握り直し、お互いが一歩踏み出そうとした時だった。
「アビー、お遊びをしても良いとは許可していませんよ」
二人の脳内にノルンの声が響く。
「お姉さま、ごめんさない。面白そうなおもちゃが目の前にいたのでつい目的を忘れてしまうところでしたわ」
「高みの見物とはずいぶん偉くなったもんだな? ノルン」
夜空に輝く月を睨みつけながら語気を強める響。だが視線の先にノルンの姿はない。
「あらあら、そんなに熱い視線を送られても困りますわ。あなたのお相手をしているほど暇ではありませんので」
「ふざけるな! さっさと要件を話してもらおうか。貴様と話すだけで虫唾が走る」
「ずいぶん冷静さを失われていますね。感情に流されて大切なことを見落とすところは親子とも同じようですね」
「お前に指図される筋合いなどない!」
響の言葉には耳も貸さず話し続けるノルン。
「まあいいですわ、アビーと遊んでいただけたお礼も兼ねて私から直々にお話して差し上げましょう」
「いちいち癇に障る野郎だな……さっさと用件を言え!」
「ふふふ……まだお気づきになられていないようですね。あなたが見たものは本当に真実だったのでしょうか?」
ノルンの言葉を聞いた響の表情が一変し、全身を覆う魔力が怒気をおびて更に強さを増す。
「言っている意味が分からないな、貴様の言うことを信用すると思うか?」
「理解していただけるとは思っておりませんよ。ですが、今一度ご自身の目できちんと確かめられたほうがよろしいのでは?」
「は、やはり時間の無駄だったな、俺は成すべきことを成すだけだ!」
吐き捨てるように言葉を残すと闇に紛れるように消えていく。残されたアビーは立ち並ぶ墓石の奥に広がる暗闇に話しかける。
「ノルンお姉さま、これでよかったのでしょうか?」
「作戦は成功ですね、よく我慢しました」
闇の中から音もなくノルンが姿を現す。
「クロノスの思い通りになんてさせませんわ、私たちの理想のためにも」
「お姉さま、すぐに次の作戦へ取り掛かりましょう。アイツに先を越される前に」
「そうね、誰よりも早く本物の虚空記録層を手に入れるために……」
二人が仲良く並び歩き始めると暗闇に溶け込むように姿が消えていく。後には天ヶ瀬家の墓前に置かれた花束だけが虚しく風に揺れていた。
ノルンの指す「本物の虚空記録層」とは……
はたして響は何を見たのだろうか?




