第8話 明かされる両親の過去(前編)
「オムライスもハンバーグもケーキも美味しすぎるのです」
「美桜ちゃんもたくさん食べていたもんね」
風船のように膨らんだお腹をさすりながら満足そうな表情を浮かべ、ロビーのソファーにもたれ掛かる美桜。その隣にはニコニコと笑顔のソフィー。
「美緒に『食べ過ぎないように』なんて言ったけど……私もつい食べ過ぎちゃったわ」
「言乃花にしては珍しいわね。ああ、うさぎさんのケーキは最高だったわ。どうやって買い占めたら……」
「リーゼ、買い占めても食べきれないでしょ? それに太るわよ」
「なっ……た、食べ過ぎなければ大丈夫でしょ!」
言乃花の指摘に顔を真っ赤にして反論するリーゼ。少し離れたソファーで横になっていたレイスが起き上がると苦笑いしながら話し掛ける。
「ほんと元気っすね。そういえば……冬夜さんとメイさんの姿が見えないっすけど?」
「あれ? さっきまで一緒にいたと思ったんだけど?」
「そういえば夕食会の前にレアさんと何か話していたわね……」
冬夜とメイがいないことに気が付いた言乃花とリーゼ。三人が考え込むように黙り込んだとき、元気の良い声がロビーに響く。
「ソフィーちゃん、一緒に温泉に行くのです! 広いお風呂で遊ぶのです」
「うん、一緒に温泉に行こうね。でも泳いじゃダメなんだよ」
「大丈夫なのです! 美桜は溺れたりしないので心配ないのです!」
立ち上がるとソフィーの右手を掴み、エレベータへ向けて勢いよく走り出す美桜。ソフィーの身体が浮き気味になりながら引きずられていく。
「あー! またソフィーちゃんを引きずって! ちょっと待ちなさい!」
二人の姿を見たリーゼが慌てて追いかける。
「リーゼさんも相変わらずっすね」
「まったく……ところでレイス、あなたはレアさんの動きをどう思ってる?」
「鋭いっすね。あまりにもタイミングが良すぎるんすよ……響さんの来襲もレアさんが帰ってくるタイミングも」
視線を合わせた二人が申し合わせたかのように黙り込む。次第にロビーに重苦しい空気が漂い始める。しばらくするとレイスが沈黙を破るように話しだす。
「……考えても答えは出ないっすね。裏で何かが動いているのは間違いなさそうっすけど」
「そうね、今は静観するのが正解のような気がするわ」
「言乃花さん、頭をスッキリさせるためにもちょっと体を動かしませんか?」
レイスの口元が吊り上がり、何かを企んでいるような笑みを浮かべる。
「いいわよ、ちょっと相手をしてあげるわ」
言乃花はスッと立ち上がるとレイスと共に自動ドアを出て庭園へ向かい歩き出す。しばらくすると暗闇に走る二つの閃光と、ぶつかり合う金属音が響いた。
「呼び出して悪かったわね。夕食は楽しんでいただけたかしら?」
「はい、オムライスも他の料理もどれも絶品でした」
「ソフィーもすごく喜んでいました」
保養所内のある一室に呼び出された冬夜とメイ。室内は八畳ほどで部屋の中央に向かい合わせになったソファーと間に背の低いテーブルがある。室内の棚にはさまざまな調度品が所狭しと並んでいる。入口から右側にレア、左側に冬夜とメイが座っている。
「失礼します。飲み物をお持ち致しました」
入り口のドアがノックされると佐々木が紅茶を入れたティーセットを持って室内に入ってくる。テーブルに流れるような動作で並べるとカップに紅茶を注いでいく。
「ありがとう。またあとで声をかけるわ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
一礼すると部屋から退出する佐々木。カップを手に持ったレアが紅茶を一口飲むと切り出す。
「あまり長々と話しているとせっかくの紅茶が冷めてしまうわ。さっそく本題に入るわね。まずは、冬夜くん。あなたのご両親、特にお母さまのことについてね」
レアの切り出した一言に冬夜の目が大きく開かれる。思わず膝の上に置いていた両手を固く握りしめる。
「冬夜くん、大丈夫だよ。私も一緒にいるから……」
動揺する冬夜を落ち着かせるように強張った右手をそっと上から握るメイ。
「メイ、ありがとう。レアさん、教えてください、自分の母について」
「わかったわ。……天ヶ瀬 瑠奈いえ、ルナについてね」
レアの口から語られ始めた冬夜の母「ルナ」
冬夜の知らない両親の過去とは?




