第4話 美桜の失態とレイスの災難
「美桜は満足なのです。もう食べられないのです」
「美桜ちゃん、食べ過ぎだよって言ったのに。めっ、だよ!」
東屋のベンチで膨れ上がったお腹をさすりながら横になる美桜。その隣には右手を前に突き出し怒るソフィー。
「たくさん食べていたもんね」
「ものすごい勢いで食べたよな、俺のケーキも分けたしさ」
二人の様子を半分呆れた顔で眺めながらテーブルの上に山と積まれたお皿を眺める冬夜とメイ。
「すごくたくさん用意してもらえたよね! ケーキも何種類もあったし、ソフィーのお気に入りもあったよ」
「飲み物も虹色ソーダをはじめ、冷たい紅茶も用意してあるし、ほんとに至れり尽くせりだよな」
「ですです! 美味しすぎるのがいけないのです! 美桜は悪くないのです!」
仰向けに横になりながら胸を張る美桜。その時、東屋に一筋の冷風とともに声が届く。
「いつもおやつを食べ過ぎないようにしなさいと言っているわよね?」
「この声は……こ、こ言乃花お姉ちゃん? ど、ど、どうしてばれているのですか?」
言乃花の声を聞いた美桜が勢いよく飛び起きる。真っ青な顔になりながら辺りを見回すが、言乃花が近くにいる様子はない。
「お姉ちゃん、美桜は騙されませんよ? お部屋からここの様子が見えているはずがないのです!」
「あなたは何を言っているのかしら……保養所についた時に、防犯のために監視カメラが無数に設置されているって聞いたわよね?」
「そんな説明聞いた覚えは……ハッ!」
「やっぱり聞いていなかったわね。いいわ、食べた分は消費しないといけないわよね? 戻ってきたら一緒に稽古しましょうね」
口調こそ普段と変わらないが、抑揚が抑えられた声は無言の圧力を醸し出している。完全に血の気が引いて真っ白な顔になり、全身を小刻みに震わせる美桜。
「美桜ちゃん、大丈夫?」
ソフィーが心配そうに声をかけるが、反応が返ってくる様子はない。
「言乃花に聞きたいことがあるがいいか?」
静かに二人の会話を聞いていた冬夜が口を開く。
「何が聞きたいのかしら?」
「監視カメラがあるって言ったけど……どこに付いているんだ? 辺りを見回してもそれらしきものは見当たらないんだが」
「教えてもらってないわ。特別な許可をもらってモニタールームに来てるけど、全方位からバッチリ見えているわよ」
「さすが芹澤財閥というべきなのか……ところでリーゼは見つかったのか?」
「もちろんよ。ちょっとお話をさせてもらったわ。今は部屋でのんびりしてるんじゃない?」
(絶対ちょっとではないだろ……)
冬夜はのどまで出かかった言葉をぐっと飲みこむと、話題を切り替えるように言乃花へ話しかけた。
「俺たちはもう少し散歩したら保養所のほうに戻るよ。美桜ちゃんもまだ遊び足りないだろうしさ」
「わかったわ。夕食前に自主稽古を美桜としたいから伝えておいて」
言い終えると東屋に吹いていた風が止まった。その後、メイとソフィーの懸命な声かけにより、徐々に元気を取り戻した美桜に伝言を伝える。
「自主稽古は必要ないのです。夕食のためにもたっくさん歩くのです!」
「そうだね! 左のほうに池があるみたいだから見に行かない?」
「行くのです! 探検みたいで楽しみなのです!」
ソフィーが見つけた池に向かい歩き出した。色とりどりの魚が泳ぐ様子を眺めたり、木で囲まれた迷路のような区画を訪れたりしながら四人は楽しんだ。
「たくさん遊んだな」
「うん! 二人ともすごくはしゃいでいたもんね」
「迷路に入った瞬間に二人を見失った時はどうなるかと思ったけどな。出口手前で二人が寝ていたのにはびっくりしたよ」
冬夜とメイに背負われて気持ちよさそうに寝息を立てている美桜とソフィー。二人は手をつないだ状態で、迷路の出口にあった大きな木にもたれ掛かるようにして眠っていた。起こさないように冬夜が美桜を、メイがソフィーを背負って保養所まで戻ってきたのだ。
「幸せそうな顔で眠っているから相当楽しかったんだな」
「そうだね、きっといい思い出になると思うよ」
二人は顔を見合わせ、笑顔になる。そして保養所の自動扉が近づいてきたところで、目を丸くした。
「あれ? 入口に誰かもたれ掛かって……レイスさん?」
自動扉の横にあるガラスの近くに汗だくで座り込み、肩で息をしているレイス。正面には見覚えのある女性が腕を組んで立っていた。
「レイスくん、まさかバテてないわよね?」
「ははは……相変わらず容赦ないっすね」
「もう少し体を動かさないと腕が鈍るわよ。あら? もう散歩は終わったのかしら?」
冬夜たちを見かけると笑顔で声をかける女性。
あのレイスが体力切れを起こしているのに涼しい顔で見下ろす女性に言葉が出ない冬夜とメイ。
二人が女性の正体を知るのはもう少し後になる。




