閑話 美桜の一布観察日記①(前編)
「言乃花ちゃん! あなたの一布がお迎えに参りましたよ!」
「誰も迎えなんて頼んでいないでしょうが! 朝の掃除に早く行きなさい!」
響による襲撃から数日が経ち、道場の広間で自主トレーニングを終えて着替えた言乃花。外に出ると同時に門のほうから砂煙が上がる。勢いよく駆け寄ってきたのはお馴染みの一布。姿を確認するなり魔力を込め、近付く砂煙に向け勢いよく振り抜く右ストレート。すると渦を巻いた風がまたしても一布を空高く舞い上げる。
「言乃花ちゃんの愛はしっかり……」
最後まで言葉を発することなく庭の中央にある池に大きな水しぶきをあげて落下した。
「いつもながら見事なコントロールっすね」
「一布さんもよく怪我しないよな」
同じ広間で自主トレーニングを行っていた冬夜とレイスが別の出入口の扉からこっそり覗いていた。
「レイスさん、一布さんを引き上げに行かなくても大丈夫でしょうか?」
「自分たちが見ていたことがバレた時のほうがヤバいっすから、動かないほうがいいっすよ」
「ですです。またまた面白いネタをゲットです」
突然聞こえてきた声に二人が慌てて目線を下に落とすと、ペンとノートを持った美桜がいつの間にか一緒に中庭を覗いていた。
「え、美桜ちゃんいつの間にいたの?」
「おはようっす、美桜ちゃん」
「おはようございますです、冬夜お兄ちゃん、レイスお兄ちゃん」
ものすごい速さでメモを取りながら二人に挨拶をする美桜。
「気配の消し方がうまくなったっすね。自分が気が付かないなんてなかなかっすよ」
「誉められたのです! この記録をつけるには必須なのです!」
レイスに褒められた美桜がノートに書き込む手を止め、ドヤ顔で胸を張る。
「ふふふー、もっと誉めてくれてもいいのですよ? さあどうぞです!」
(なんだろう、すごく既視感があるんだけど……)
冬夜の脳裏によぎったのはソフィーの友達。芹澤のことを師匠と呼び、二人で暴走してはいつもリーゼに大目玉をくらっている元気な女の子だ。学園で起こった一連の出来事を思い出し、顔を引きつらせている間に美桜はまたノートを書き始めている。
「ところで、左手に持っているノートには何が書いてあるんだ?」
「よくぞ聞いてくれたのです! このノートには秘蔵のネタがたっくさん書かれているのです。聞きたいですか? 仕方ないですね、少しだけなら話してあげてもいいのです」
(しまった……思いっきり地雷を踏んだ)
冬夜の右頬に一筋の汗が流れる。
「詳しく聞きたいっすね。どんな内容なのかすごい気になるっすよ」
ニヤニヤとしたレイスが美桜を煽り始める。
「仕方ないですね、お姉ちゃんたちには内緒なのですよ。題して『美桜の一布観察日記』なのです!」
「「観察日記?」」
思わず冬夜とレイスの声がシンクロする。
「もう、あの二人は見ていられないのです。だから私が何とかしてあげようと思ってきちんと記録をつけてあげているのです! このノートでもう六冊目になるのですよ」
「六冊? そんなに書くことがあるのか?」
「ずいぶんたくさん記録されているっすね。全部読んでみたいところっすけど……これから保養所に戻ってからみんなで朝食ですし、美桜さんのとっておきエピソードを教えてもらえないっすかね?」
驚いている冬夜に対し、ニコニコといつもの笑顔で問いかけるレイス。
(これはいいネタが仕入れられそうっすね)
右の口元がわずかに吊り上がり、細められた目の奥が面白そうに光っている。
「わかりました、とっておきのエピソードをお話しするのですよ! ちょっと待ってくださいね」
レイスにおだてられて上機嫌になる美桜。意気揚々と足元に置かれたピンク色をしたリュックの中から一冊のノートを取り出す。
「それでは『美桜の一布観察日記』の中から厳選したエピソードをお話しするのです。題して『迷言誕生? めげない一布お兄ちゃん』です!」
題名を聞いて食い入るように美桜の話を聞き始める冬夜とレイス。
「お姉ちゃんがワールドエンドミスティアカデミーに入学した最初の夏休みに起きたことなのです。一布さんに難題を押し付けたところから始まるのです」
ちょうど一年前の夏休みに起こったある出来事を語り始める美桜。
言乃花が一布に対して押し付けた難題とは?




