第10話 四大属性と三大妖精
点と点でしかなかった記憶の欠片が繋がり、一気に冬夜の頭を駆け巡る。見たことも無い空間、幽閉された少女、自分の持つ闇の力……学園長が放った言葉の破壊力は想像以上だった。大混乱に陥った冬夜はなんとか言葉を絞り出そうとするが、虚しく口が動くだけで声にならない。
(おや? ずいぶんわかりやすい反応を示してくれるね……)
学園長は目を細め、口元を軽く吊り上げると笑みを浮かべて冬夜へ話しかける。
「おや? そんなに驚いてどうしたのかな?」
「いえ、あの……箱庭、いや、学園の……」
隣に座っていたリーゼは動揺する冬夜の様子も見ると右手を額にあてため息をつく。
(マズイわ、完全に学園長の術中に嵌まっている。まずは落ちつかせないと……)
小さく左右に頭を振ると冬夜の肩に手を置き、落ち着かせるように話しかけた。
「いつまでも立ち上がってないで座らない? 物事は冷静にならないと、重要なことを見落として後悔するわよ」
「それは……」
「まず座って深呼吸しなさい。心を落ち着かせて聞きたいことを整理するの。話すのはそれからよ」
リーゼに促され、ソファーに座り直した冬夜は何度か深呼吸をする。その様子を確認して、リーゼもほっとした様子で腰を下ろした。少しずつ気持ちを落ち着かせた冬夜は、再び学園長の方を向くと口を開く。
「取り乱してすみません」
「もう大丈夫かい? 大事な話だから後日にしてもいいんだよ?」
「いえ、もう大丈夫です。続きをお願いします」
「改めて続きを説明をしよう。現実世界と幻想世界、二つの世界が存在することは理解できたね? この学園はちょうど二つの世界をつなぐ境界線上にあるんだ。世界の終り――ワールドエンド――と言われる霧深く包まれた場所にある学園、それがこのワールドエンドミスティアカデミーだよ」
全てを冬夜が理解出来たわけではなかった。ただはっきりとしたのは九年前の事件がきっかけで発現した力が関係していること。繰り返し夢にみる女の子、母親の形見であるロザリオ……二つが繋がる手がかりがここにあるということ、そして目の前の人が何かを隠しているということ。
「わかりました。俺が学園に呼ばれた理由は自分の力が関係しているからですよね?」
「ご名答。君の力は四大属性のどれにも当てはまらない」
予想はほぼ的中した。自分の持つ力が特殊であることは間違いない。そのとき、再びリーゼが喰ってかかる。
「学園長! 今の話はありえないですよ!」
四大属性以外の力を人間が発現する? ……今まで存在したという事例すら一つも確認されていないのだ。言い伝えやおとぎ話の中にしか存在しなかった力が現れるはずがない。ましてや幻想世界ならまだしも現実世界から現れることなどありえない。
「リーゼちゃんこそ落ち着いて。四大属性以外の力で確認されているのは、フェイをはじめとする三大妖精だけと言われているよね。しかし、はるか昔から伝わる話によると、闇を操る力を持つ者、対になる光の力を操る者が存在したと言われているんだ。そして、ニつの力が真に合わさる時、世界の命運が動く、ともね。詳しいことは僕も分からないよ。そうだ! あそこなら何かわかるかもしれないね。迷宮図書館ならね」
迷宮図書館という言葉を聞いた瞬間、リーゼが露骨に嫌そうな顔をする。
「本当に資料があるのですか? 前にさんざん探させて、最深部に行かせようと楽しんでいたのは誰でしたっけ? 挙句、学園長の机の中にあった、とかいうことがありましたよね?」
「そんなこともあったかなあ? 冬夜くん、話したいことはたくさんあるけれど、今日はここまでにしよう。いつでも聞きに来てくれて構わないよ。リーゼちゃん、彼を寮まで案内してくれたまえ」
「はぁ……わかりました」
「いろんなことがありすぎて疲れているだろうし、今日はゆっくり休みなさい。学園のことは明日以降に見て回ればいいよ。時間はたっぷりあるんだからね……」
学園長は話を切り上げると、二人に笑顔を向ける。
(頭がパンクしそうだったから助かった……)
学園長の言葉を聞いた冬夜が安堵したような表情を浮かべる。その様子を見たリーゼは小さく息を吐くと静かに立ち上がる。
「わかりました。では彼を寮まで案内しますね」
「頼んだよ。リーゼちゃん」
立ち上がったリーゼを笑顔で見上げ、軽く上げた右手を振る学園長。
「じゃあが学生寮までいきましょうか」
「よろしく頼む。学園長、貴重なお話をありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ有意義な時間だったよ。これからよろしくね、冬夜くん」
「それでは失礼します」
二人は立ち上がり、学園長へ頭を下げるとそのまま扉から退出した。そして、室内に静寂が訪れる。
「ふふふ……やっぱり冬夜くんの力はやっぱり面白いね。暴走したとはいえ、僕の予想をはるかに超える可能性を秘めている」
学園長はゆっくりと立ち上がると窓際に立つと真剣な表情で霧の広がる森を見つめ、意味深な言葉を呟く。
「彼なら迷宮図書館の隠された秘密にたどり着くことができるかな? ……いや、現状ではまだ早いか」
一瞬目を細めるが、何かを思い出したかのように手を叩いて笑顔になる学園長。
「そうだ、あそこにはあの娘がいたんだ。さっそく彼女に動いてもらおうかな?」
冬夜たちが退出して十分ほど経過した時だった。扉をノックする音が聞こえる。
「失礼します。お呼びですか? 学園長」
「待っていたよ、言乃花くん」
扉を開けて入ってきた言乃花と呼ばれた人物は、メガネを掛けた小柄な女子生徒。
何のために彼女は呼ばれたのか?
着々と舞台は整えられていく、冬夜の知らぬところで……




