第9話 学園長と魔道学園
二人を出迎えたのは赤茶の長髪を束ね、細いメガネをかけたスーツ姿の男性。冬夜より頭一つ高い身長と細身の容姿も相まって年齢はかなり若く見える。
(この人が学園長……めちゃくちゃ若くないか?)
厳粛な雰囲気を纏う年配の人物をイメージしていた冬夜は戸惑ってしまう。困惑する様子を見ると学園長はクスリと笑い、優しい口調で話しかけてくる。
「おっと、すまなかった。せっかく来てくれたのにいつまでも立たせてしまっていたね。そこのソファーに座ってゆっくり話そうか」
室内の中央に設置されたソファーに、学園長と向き合う形で冬夜とリーゼが座る。
「挨拶が遅れました。はじめまして、天ヶ瀬 冬夜です」
「遠くからよく来てくれたね。堅苦しい話はこれくらいにして、まずは学園について話そう」
学園長が指を鳴らすとホログラムのような学園全体の立体像が浮かび上がる。目をみはっている間に説明が始まる。
「驚いたかな? ここは魔法が使える子どもたちの中でも特別に選び抜かれたものだけが通うことを許される魔道学園なんだよ。目の前にある模型はもちろん魔法で作ったものだ」
先程の襲撃、目の前の立体像、信じられないことばかりが続く現実に頭が追いつかず、唖然としている間に説明が始まった。
「さて、生徒達について話そう。まず魔法は主として地・水・火・風の四大属性をもとに構成されている。これは有名な話だから聞いたことがあると思う。隣に座っているリーゼちゃんは、学園トップの水魔法の使い手だよ」
「そうだったのか……生徒会長までしてるんだろ? すごいな!」
凛とした表情で説明を聞いていたリーゼだが、冬夜の不意打ちに近いストレートな称賛に思わずにやけてしまう。慌てて取り繕ったが、しっかり見られていた。
「あと三人、各属性のトップに立つ魔法の使い手がいるよ。彼らが役員となり、生徒会は運営されているんだ。ほかのメンバーにはそのうち会えると思う」
リーゼを始め、四大属性のトップが揃っていることに驚く。しかし、ここである疑問がわいてきた。
「今の話では、魔法とは四大属性が主となるんですよね? 自分の力はその四大属性のどれにも当てはまらないと思うのですが?」
「ご名答。まれに特殊な力を覚醒することがあるんだ。冬夜君はもう気が付いているみたいだね。君の力である『闇』属性がその一つだ。そして、対になる『光』属性を持つ者もいると言われている。……ところで、左肩は、もう何ともないかな?」
慌てて左肩に触れる。確かに撃ち抜かれたはずの傷は跡形もなく、以前と全く変わらず普通に動かせる。
「なんで傷が……」
「学園長! そんな話聞いてないですよ? 新入生を迎えに行けとは言われましたが、彼の属性の話は聞いていません!」
「ん? 話してなかったかな?」
「なにすっとぼけているんですか? 伝説の中でしか聞いたことがない属性ですよ? ましてや新入生ならキチンと保護するなり、対処法があるでしょうが!」
冬夜が左肩のことを聞こうと話し始めた時だった。言葉を遮るようにリーゼが勢いよく立ち上がると怒りで肩を震わせながら大声を上げる。ところが学園長は最初から分かっていたかのように一切動じる様子もなく、笑みを浮かべたまま応じる。
「こちらの世界ならまだしも、あちらの世界から出現するなんてありえないじゃないですか!」
「……そういえば、さっきからこっちの世界とかあっちの世界とか、まるで世界が二つあるみたいな言い方しているよな?」
話についていけず思わず質問した冬夜。その様子ににやりと口元を上げ、まるで予測していたかのように楽しそうに話を始める学園長。
「冬夜くん、この世界には鏡合わせになった二つの世界が存在する。一つは冬夜君が住んでいる科学技術が発展した現実世界。もう一つはリーゼちゃんが住んでいる魔法を中心に発展した幻想世界。二つの世界は同じ時間軸で動いていて、基本的には干渉し合わない。でもこの学園を通してならば交流出来るんだ。ただ、ごく稀な例外がある。こことは違う、世界の狭間に存在していて本来なら立ち入ることが不可能な空間に迷い込んでしまったり、ね……伝説の一族が幽閉されし場所、通称『箱庭』と呼ばれる場所だよ。そこには生き残りの一人の少女がいる、とか」
九年前の事件、記憶にある謎の少女と閉ざされた空間。砕けたパズルのピースが次々にはまっていくかのように、散らばっていた記憶が組み上がっていく。学園長が話し終える前に勢いよく立ち上がる冬夜。
雷に打たれたかのように硬直している姿に学園長の瞳が怪しく光り、口元を吊り上げて笑みを浮かべる。
はたして冬夜はまんまと学園長の思惑にはまってしまうのか、それとも……




