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箱庭-流星の子守唄-  作者: 神連 カズサ
第二章、龍は笑い、獣が吼える
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七、みなもと

 獣が白い靄となって空へと昇っていくのを三人は黙ったまま見つめていた。

 最初に口を開いたのは、無論、状況を上手く飲み込めていないシュラである。


「さっきの炎と似た気配がしたんで斬ったわけだが、今のはどういうことか説明してもらえるかな?」


 シュラの問いに、ソルとアリアは互いの顔をゆっくりと見合わせた。

 二人ともそれどころではなかったのである。

 浄化の焔を扱えるのは、聖剣の使用者に選ばれたソルだけだと思っていたのだ。

 混乱するのも無理はなかった。


「シュラさんは一体、」

「ああ。さっきのアレか? 俺はちょっと特殊な一族の出身でね。炎属性の魔法が得意なんだ」


 屈託のない笑顔を浮かべて言った青年が嘘を吐いているようにはとても思えず、アリアの目は信じられないと言わんばかりに大きく開かれた。


「そんなことより、俺の質問にまだ答えてもらっていないぞ」

「あ、えっと」

「……私からご説明いたします」


 現地の人間に獣のことを話すのはこれが初めてだった。

 ソルが目を白黒させている横で、一足先に冷静さを取り戻したアリアが順を追って自分たちがこの世界にやってきた経緯をシュラに説明する。


「全部が全部信じられるわけじゃないけど、君たちの言い分は理解した、つもりだ。丁度、単独任務を与えられている身だし、時間には余裕がある。良ければ手伝わせてくれ」

「え、」

「斬った手応えがなかった。恐らく本体は別にあると考えた方が良い」


 さっきの獣のことを言われているのだ、と気付くのに、少しだけ時間が掛かった。

 何せ、今までこんな風に事態を飲み込んだ上で、受け入れてくれる人間に出会ったことがなかったのである。

 ソルはあわあわと唇を震わせながら、助けを求めるようにアリアの方へ視線を移した。


「ありがたいお言葉ですが、アレを倒すのは我らの使命です。貴方を危険に晒すわけにはいきません」

「先程のように苦戦を強いられることになっても、か?」

「それは、」

「戦力は多いに越したことはない。それに親切な申し出には素直に応えた方が、可愛げもあって良いと思うぜ?」


 ぱちん、と落とされたウインクに、アリアが唇を引き攣らせる。


「……お好きになさってください」


 呆れたように溜め息を吐くのがやっとだった。

 どうにも、こんな風に押しの強い人間は苦手な部類に入る。


「それじゃあ、改めてよろしく」


 差し出された手に応えたのは、勿論ソルであった。



「地形が造り変えられていると想定して、俺の記憶が正しければこの先に湖は存在しないはずだ」


 驚くべきことにシュラは獣の干渉を受け付けていない稀有な人間だった。

 すわ、彼が星の核なのではと思った二人であったが、肝心の黙示録が彼を核であると認識しなかった。

 肩を落としながら彼の背中を追いかける二人は首を傾げるばかりである。


「絶対、シュラさんが核だと思ったんだけどなあ」

「その点に関しては私も同意です。獣の干渉を受けていない時点で、条件は満たしているとばかり思ったのですが」

「不思議な人だよねぇ」


 シュラが歩くたび、後ろで結ばれた銀色の髪が尻尾のように左右に揺れるのが少しだけ可笑しかった。


「ここだ」


 いつの間にか、目的地に辿り着いていたらしい。

 夜だからなのか、重く淀んだ雰囲気を漂わせる辺りの空気にアリアの顔が曇る。


「ソル」

「分かっているよ」


 聖剣が熱を発していた。

 ここに獣が居ることを主張しているのである。


「これほど大きな気配は初めてです。湖全体が獣と言っても過言ではありません」


 アリアが震える手を誤魔化すように、鏡を握った手に力を込めた。


「どうする?」


 シュラも長刀の柄に手を遣りながらソルの横顔を注視している。

 このまま突っ込むのは得策ではない。

 増してや、夜は獣の領域である。

 考えに考えた末、一行は一度森を出ることにした。

 ここに留まって、再び襲われては体力が保つか分からないこと、獣の全体がどうなっているのかも分からないまま無策で突っ込むのは危険だと判断したからであった。


「この近くに俺が懇意にしている宿屋がある。今夜はそこで休もう」

 

 こういうとき、現地の人間が味方になってくれたのはありがたかった。

 まだこの世界の金銭を入手していない自分たちだけではきっと森の外れで野宿するのが精々だっただろう。

 ふわふわの寝台に寝転びながら、ソルは深い溜め息を吐き出した。

 未だ星の核の発見には至っていなかったが、獣を見つけることが出来たのは上々だった。


「一部屋しか取れなくて悪いな。俺はソファでも構わないから、君たちはベッドを使うと良い」

「いやいや、お代を払ってもらったのに、申し訳ないですよ。シュラさんがベッドを使ってください。俺がソファで寝ます」

「いやでも、知り合って間もない女の子と並んで寝るのはちょっとなぁ……」


 部屋に入ってからだんまりを決め込んでいたアリアに、シュラとソルの視線が集中する。

 すると、彼女は鋭い光を宿した目をソルに向けた。


「な、何ですか」

「貴方と私が一緒に眠って、そちらが一人でベッドを使えば問題ないのでは」

「大ありですよ! 僕がルーシェル様に殺されます!」

「同意を得ているのですから問題はありません」

「問題しかない~!」


 わんわん喚くソルの抗議も空しく、ソルとアリアは一つのベッドで一緒に眠ることになってしまった。

 恨みがましくシュラを睨むも、苦笑いを浮かべられただけで助け舟が出される気配もない。

 おやすみ、と間延びした彼の声に一瞥だけ返すと、既にこちらへ背を向けて眠ってしまったアリアの背中を親の仇か何かのように睨むが、現状が打開されるわけもなく、ソルは仕方なしにベッドへ身体を滑り込ませた。



 結論から述べると、ソルは一睡も出来なかった。

 身体を休めるどころか疲れが増しただけである。

 アリアが自身の背後で眠っているというだけでも緊張するのに、拾わなくてもいい小さな寝息や布擦れの音を律義に耳が集めてしまって、その度に身体を強張らせていたら、いつの間にか夜が明けていた。


「おはようございます」


 真っ赤に充血した目で自分を睨む少年に、シュラは笑いを噛み殺すことしかできない。


「朝食までまだ時間がある。ソファで少し休むか?」

「そうします~」


 助かったと言わんばかりに、ソファへ飛び込んだ少年と、穏やかな寝息を立てる女性の姿にシュラは今度こそ喉を逸らして笑った。



 アリアが目を覚ますと隣にソルは居なかった。

 辺りを見渡せば、ソファの前にだらりと垂れ下がった腕が目に入る。

 欠伸を一つ零してから上体を起こすと、朝食を持ったシュラが部屋の中に入ってくるところだった。


「ソルは何をしているのですか?」


 ソファから片腕を落として眠っている少年の姿に、アリアの片眉が持ち上がる。


「昨晩は刺激が強すぎたようで、あまり眠れなかったんだと」

「刺激?」

「お嬢さんの後姿にドキドキしたらしい」

「……笑えない冗談は止してください」


 鋭い睨みを利かせたアリアに、シュラは僅かばかりに肩を落とすと、ソルが寝転がっている向かいのソファに腰を落とし、ローテーブルの上に持ってきた食事を並べた。

 鼻先を擽るコーンスープの香ばしい匂いにソルの重い瞼がゆっくりと持ち上がった。


「んー……? なに、ご飯ですか?」

「ああ。今、女将さんから貰ってきたところだ。食べられそうか?」

「たべ、たべますぅ」


 未だ、眠りの淵に足を引っかけているのだろう。

 ふわふわと呂律の回っていない口調のソルに、アリアがくすりと笑みを零した。


「ふふっ。その前に顔を洗っていらっしゃいな。クッションの跡が付いていますよ」


 アリアの白い指先が寝惚け眼のソルの頬に触れた。


「うっわああ!?」


 近い!!

 生娘のような悲鳴を上げて、部屋を飛び出したソルを不思議そうに見送ったアリアを横目に、シュラが朝から何度も笑わせてくれるなと肩を震わせながら朝食に手を伸ばした。

 無事に――アリアに触れられた場所を意識的に洗い過ぎて、片頬を真っ赤にした――ソルが戻ってきてから一同は手短に食事を済ませると、再び湖に向かう手筈を整えた。


「やっぱり、宿屋の女将さんもあの湖は自分が生まれる前からあるって思い込まされているみたいだ」

「だとすると、獣はこの近くに星の核があることを仮定して、湖を造ったことになりますね」

「そう考えるのが妥当だな。アリアさんはどう思います?」

「私も貴方たちの意見に同意します。けれど、何故こんな大きな湖が必要だったのでしょうか……」


 三人が目的地としている湖は、小高い丘の上に造られた街からでも見渡せるほど大きかった。

 季節は秋から冬へと変わろうとしているのに、湖の周辺を囲っている森は季節感を忘れて青々と茂っており、春の輝きを眩しく残している。


「湖、水、資源……。考え始めるとキリがないな。取り敢えず、森の中を探索してみるか」

「そうですね。昨日は暗くてよく分からなかったし、一度調べてみたいです」


 男性陣二人がうんうんと頷き合っている姿を視界の端に留めながら、アリアは小さな声で「黙示録」と自身の相棒を呼び出した。

 革張りの本が、アリアの手に姿を見せる。


「この湖がどのような役割を果たしているのか教えてください」

『是。一般的な湖とは異なる栄養素を確認。また、獣の魔力も水中に感知いたしました。湖から地層に溢れ出した水を伝って、獣の魔力が森に浸透したものと考えられます』

「なるほど」


 アリアはシュラの私見も強ち間違いではないことを確認すると、先に進んでいた男性陣の背中を追いかけた。

今年最後の更新です!

体調不良のために、なかなか更新できませんでしたが、来年は充実した創作活動に出来るよう頑張ります〜!!

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