幸運なんて
『幸運』
「もし、私が死んだら私は人々に幸運をもたらす妖精になれるんだといったら、信じる?」
彼に聞いたら、信じない、と即答した。私は、つまらない男だなあ、って言って笑った。
「でも、これ事実なんだよ」
そう。私はそもそも、人間ではない。
5年ほど前に、この世界に幸せと不幸を平等に垂らしているじじいによって人間界に落とされた、人間のふりをした人間ではない生物なのだ。人間界ではそれが妖精と言われているため妖精だとつい言葉を盛ってしまったわけなのだが、本体は意外にグロテスクである。私が死んだら、人々に幸運がもたらされる。しかし、私が死なないことには幸運がもたらされることはないし、5年前から始まった地上の争いがなくなることはない。平等な幸せに満足できない人間の欲の深さに憤怒し、呆れたじじいが罰として行ったことなのだが、ずいぶん迷惑な話である。自害はできないし、人に殺されない限り死ぬことはできない。でも、絶対痛いし怖いし、私も私で必死だったのだ。
人間という醜い生き物がこのまま自らの首を絞めて愚かさとともに沈んでくれとさえ思った。
そんな私がこんな話を彼に打ち明けたのは彼が日々、貧弱になっていったからだ。こんな地下で生きていたら当たり前なことだろうし、食用も不足しているから仕方がないが、私はそんな彼を見たくなかったのだ。
だからもう、彼に殺されてしまいたかった。それに、彼ならきっと私を優しく殺してくれると思う。ほかの人間には死んでも殺されたくはない。それは結局、死んでしまっているのだが。
しかしどうだろう。彼は、すべて打ち明けた私を殺そうとしなかった。
きっとどこかのタイミングで優しく殺してくれるのだろうと2週間待ってみたが、その素振りを一切見せなかった。しかし、彼はみるみる瘦せこけていくし、顔色も悪くなるばかり。日常のなかでぼーっとしていることも増えた。私は、お願いだから殺してくれと悲願した。彼は、たい焼きの食べ方の話ばかりしていた。くそどうでもよかった。
だから、彼にナイフを握らせてみた。するとようやく私に耳を傾けてくれた。
「これで殺して。そしたら、みんな幸せになる。」
「お願いだから、」
「ころし、て、ッ」
無様にも涙がでた。こんなタイミングで泣きたくはなかったし、この涙は彼に生きてほしいから流したものではない。彼もそれに気づいたから、ため息をついた。
「幸運、もたらされなくね」
「、試してみる?」
「いいよ、興味ない」
彼はぶっきらぼうな顔のまま言った。
「信じてないしね」
結局、あれから5年経った今も、つまらない男のせいで人々は地下でひっそり暮らしている。つまらない彼は、1年経たないうちに亡くなってしまったが、私も今年が終わればじじいのもとに帰ることになる。人間は結局、変わらないからだ。そうそう、亡くなったときに彼、最後にたい焼きを横から食べてみたかったと言っていた。私はくそどうでもよくて、彼が目を固く閉じたとき、泣いてしまった。