12. 今や昔の物語 ③
帝国の崩壊はもはや免れられない。俺は他の仕事を放棄しても良いので、何とか精霊の心を繋ぎ止めろと命令された。
心とは自由に操れるものだろうか。心を操れるのなら誰も苦労はしない。
「クレイは暇なのー?よくここに来るよね」
「暇じゃないさ。でもじいさん達が煩いんだ」
「僕を説得しろって?無駄だよ。僕だって好きで消えるんじゃないんだ」
砂糖たっぷりの高級菓子を頬張る。精霊の好きな菓子を持たされているのだ。本来なら図書室で砂糖菓子などもっての他だ。
「ここはどうなってしまうのかな」
「さあね。でもここは何もない場所だよ。便利な道具がなければ、人間は逃げ出すさ」
特に何もない場所に小さな国が集まっていた。快適さを求め帝国は発展した。その利便性が失われれば、元の変哲な国に戻るのだろう。
「仕方がない、か。ルークはよく頑張ってくれたもんな」
「えへへー。クレイは誉めてくれるんだ。他の人は文句ばっかり言ってるよ。精霊のくせにって」
精霊が見えない人間は、精霊が単なる便利な道具の一部に思えるのだろう。人間がその身で出来る事など些細な事なのに。感謝をするべきなのに、そんな気持ちも持てないのだ。
「ルークは寂しくないの?消えてしまうかも知れないのに」
「うん、精霊は人間と違うからね。元に戻るだけだよ。また生まれて来るよ」
「そうか。ありがとうな。今まで帝国を支えてくれて」
「クレイには特別に教えてあげる。帝国にいたら駄目だよ。早く遠くに逃げるんだ」
「遠くへ?何かあるのかい」
「滅びたくない人は方舟に乗るんだ。遠くに逃げたらきっと平気だよ」
精霊は時々話が通じない。けれどもルークが遠くに逃げろというならば、何かがある。
「何処へいけば良い。皆で逃げれば良いのかな」
「うん、でも皆は逃げないよ。だって精霊を信じていないもの」
ルークの話は漠然としている。同僚に帝国から逃げ出した方が良いかもと、話をしたら笑われた。
「精霊は人をからかうのが好きなのさ。騙された話も聞いたことがあるぜ」
確かに精霊は気紛れだが、嘘つきではない。嫌いな人間には意地悪もするし、騙したりもするかも知れない。けれど好意的な相手に対しては、とても尽くしてくれるのだ。以前の皇帝の様に大国に発展させる程には。
ルークの話が与太話ならば、現在の不具合はどうだろう。精霊の加護を失いつつある帝国は、とても危ういのではなかろうか。俺は不安にかられ、折角の職場を放棄して国に帰る準備をした。最新の技術を持った大国で働く。それは憧れであり夢でもあった。それでもルークの存在を無視は出来なかった。
帝国を去る前の日に、ルークと話をした。
「クレイがいなくなったら、僕も間もなく消えるよ。僕を知っている人間はいなくなるもの」
「陛下は?まだ少し見えているんだろう」
「ううん、シルヴァールの記憶からも、もう僕は消えているの。忘れられてしまうんだ」
「じゃあ俺はルークを忘れないよ。帝国にいた可愛い精霊の事を、俺は何時までも覚えている」
「ありがとう。生まれ変わったら真っ先に会いに行くよ。姿形は違うだろうけど」
「ああ、村で待っている。仲間を連れて遊びに来てくれ」
憧れの都市で出会った小さな友達を、俺は忘れない。他人に馬鹿にされても、精霊は近くに居るんだって言い続ける。多くの見えない存在に、人間は助けられていたのだと。
「さよならクレイ」
「さよならルーク。またな」
そうして俺は帝国を去った。親は嘆いたがそれでも近くに帰って来た事に、安堵もしたようだ。高給取りの仕事を辞めたことを、友人は馬鹿にした。だが、俺が帝国を去って一月もたたない頃にとんでもない話が舞い込んだ。
「クレイヴお前聞いたか?!帝国が消えちまったって」
「消えた?!そんな馬鹿な話があるか。あれだけの大都市だぞ」
近隣の小国郡を従えたベルギニオンは、東の大陸の三分の一を占める国土で、急に無くなったりするものじゃない。その筈だ。
けれどもある日を境に帝国と一切の連絡が取れなくなり、そこへ向かう予定の商人は頭を抱えた。帝国へ続く道のりが深い森に消えていたのだ。
(帝国が消えただって?俺はつい最近まであそこにいて、あそこには気の良い仲間や同僚だって一杯いたんだ。皆は何処へ行ってしまったんだ)
所要で帝国を離れた者、或いは帝国に戻る者。その総てが行き場を失った。消えてしまったのだ。軽い目眩を覚える。ルークの意見に従ったのだが、よもや此処までの事態になるとは。知っていれば何としてでも、皆に避難を促した。━━━━ いや、そんなものは無駄だ。ルークも無駄だと知っていた。
ルークは言っていた。異世界の話。神様が滅ぼす世界のあらゆる動物と、家族を連れて方舟を造る男の話。方舟に乗るチャンスがあっても、それを信じなければ生き残れない。
その後も聞こえてきた噂は、帝国の存在を否定するものだった。人は何時しか精霊のたたりだと言い始め、その国の話をする事も憚られた。俺は信じられなくて単独で帝国に向かってみたが、そこには深い森と沈黙があるばかり。
ルークは消えると言っていたが、ルークと共に総てが無くなるなんて。不思議な事に森には白い猿が現れ、人々が立ち入る事さえ儘ならなくなった。その猿が帝国に住んでいた人間の成れの果てだと。
俺は何時までもあそこで暮らした夢のような日々を、思い出しては懐かしむのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「━━━━ え?」
「どう、ユキツネ。昔、昔のある男の物語は」
「なんか俺がクレイヴってヤツになったみたいだったけど、あれはベルが見せたのか」
「そうよ。クレイヴも精霊が見える人だったから。たまに覗いていたの」
覗き見とは頂けない趣味だが、ヒ・イズル国が出来る前に、あんなところがあったんだ。
「で、ホントはどうなんだ?あの猿は人間だったのか」
「聞いてどうするの。私も見えない人間には興味無かったし。あれが何かなんてどうでも良い」
うむ、精霊恐るべし。まあ簡単に建物を建築したり、作物を育てるのだって凄い力だよな。国だって滅びるんだろう。俺はちゃんと出来るのかな。
ちっこいオッサンが悪さをするとは思えないが、ルークって精霊も悪さをしようと思っていた訳じゃない。でも結果として多くの人が、消えてしまったんだな。精霊ってなんだろう。
俺みたいな奴が一国の王様になれる力。酷く不平等で危ういものだ。精霊が消えたと疑われて直ぐに玉座から、降ろされそうになった。たった一人には身に余る力だ。
「ベルは、精霊とはなんだ」
「精霊は精霊よ。ユキツネがユキツネであるようにね」
「そっか」
俺も自分で自分を知らないのかも知れない。精霊は誰にでも気さくに力を貸すのだと思っていた。俺は偶然選ばれたんだと考えていた。でも多分偶然じゃない。爺さんの孫で、精霊が見える必要があったんだ。
クレイヴってのは精霊が見えたのに、その力を借りる事は出来なかった。精霊にも何かの法則があるんだろう。
早く━━━━━ ちっこいオッサンのいるあの国に帰ろう。




