8.エルフの新しい生活と来訪者
その日の夕方ジルフィンに話をした。
「ここから少し離れた場所にエルフの村を作った。気に入ってくれると良いんだが」
そう言うとジルフィンは吃驚したようであった。
「まさか我等のために」
「ああ此方は住みづらいみたいだから、明日見に行って見ないか」
取り敢えずちっこいオッサンの意見を参考に、俺の勝手で作ったからエルフが気に入るかは解らない。まあ見てもらった方が早いだろう。…… 明日も歩くのか。
翌日は少し寝坊してしまった。エルフの皆さんは朝食を済ませたようで、俺も急いでご飯を掻き込み彼等の元へ向かった。取り敢えずジルフィンの他に一番大きな体のエルヴィス、やや狐目のニールがエルフの住まいを見に行く事になった。
城から一直線に続く道の先に現れた門を開けると、三人は息を飲んだ。
「これは…… 」
「ここが新しい村だ。改良する所があったら言ってくれよ」
門を開けた一番奥の中央に集会所となる大きな建物。両脇にログハウスが十棟づつ、合計二十棟の家。ツリーハウスも二つあるが、これは小振りなので住まいと言う感じではない。
村の四方に物見矢倉を作り、周囲を警戒出来るようにしてある。
井戸も二ヶ所あり、ポンプ式のもので使いやすい様になっている。更に露天風呂も作った。集会所の脇に檜のような水に強い木で作られたもので、薪で炊く風呂だ。火を炊く部分はこの辺の地層に含まれる金属で出来ている。正直俺が活用したい見事な露天風呂だ。
「ユキツネ…… 」
突然ジルフィンが片ヒザを付き、頭を垂れる。すると一緒に付いて来た二人も同じように膝をついた。
「感謝するユキツネ。我等のような流浪の者にこの様な手厚い対応をしてくるとは。私は貴方に心からの忠誠を誓おう」
「ああ。正直住みかを無くし、この地にたどり着いた時は死を覚悟したものだが」
「まさかこんな立派な家を立ててくれるとは。あんた立派な王様だよ」
ジルフィン、エルヴィス、ニールの三人はそれぞれ声を挙げる。其よりも気になったのだが。
「王様?」
ニールは俺を見て言った。
「あんたあんな立派な城に住んで、おっきな街も作った。俺らの村も作ったんだから王様っしょ」
ここは誰も居ない土地。そこを切り開いて街を作った。え、いつの間に王様になったの俺。
「皆にも一応聞いてみるが、我等一同貴方に忠誠を誓うことだろう」
ジルフィンが男前の笑顔を向ける。いや、エルフだから皆美男美女しか居ないんだけどさ。その日街に戻ると三人は村の様子を皆に話した。信じられないと言う感じだが、早速引っ越そうとなった。
せっかくボッチ生活から抜け出したのに、隣人が居なくなるのは少し寂しい。家に帰るとオッサンが慰めてくれる。
『主殿、人が来ただけでも良いではありませんか』
『そうじゃ、ワシらが話し相手になるわい』
『そうだそうだ。あやつらも居なくなる訳ではないし』
複雑な気分だが仕方がない。村は遠いので畑の一部を移せないかと聞くと、オッサン達は渋い表情を見せた。
『ワシらの力は主と共に在るものじゃ。あそこも主の土地じゃがいささか距離がある』
曰く俺の家の畑はオッサン達の不思議な力で育てている。此方の土は合わないので、俺の爺さんの土地の土が使われているのだ。
土も移設出来るが、離れているので育てるのは難しいだろうと。野菜は難しいが、樹木なら植える事が出来ると言うので、ミカンとリンゴ、柿の木を植える。
これも離れているので不思議な力でワサワサ実らせる事は無く、普通に実るだろうとの事。
「ミカンとリンゴは一本しか無いだろ」
するとオッサンはミカンの木の枝を、風の刃で数本切り飛ばした。
『主殿、地面に植えて下され』
言われた通りに城の裏に等間隔で植えていくと、ちっこいオッサン達は不思議な踊りを踊った。するとムクムクと木々が育ち、葉をつける。俺の目線より低い位置になった所で成長を止める。柿の木も同様にして、エルフの村に運ぶ事にした。
流石に木を持って歩いてはいけない。ここで爺さんの持っていたマイカーの出番である。そう、三輪自転車だ。後ろのかごに木を載せてエルフの村までひたすらこぐ。最初は道を作る為に歩いたが、やはり自転車は快適である。あっという間に村までついた。
引っ越しを始めていたエルフは自転車を興味津々で眺めた。
「すっげえ乗り物だな。ユキツネはお貴族様だったのか?」
子供達がワイワイ騒いで寄ってくる。貴族ではないと告げて、木を植える位置を皆に聞いて決める。穴を掘って木を植えると、何だか小学校で記念樹を植えたのを思い出した。
ちっこいオッサン達はエルフに儀式を見られたく無いと言うので、皆に一旦家に入って貰い、不思議な踊りを踊り出した。すると地面がピカーっと光り、みるみるうちに大きく育って行った。
『これでここでも実がつくじゃろう』
実を付けるまで育てると一気に養分を取ってしまうため、ここまでとの事。オッサン等が姿を消すと、エルフの皆に外に出ても良いと告げる。
外へ出て来たエルフ達は喜んだ。まだ実を付けることは無いが、美味しい果実がなる木が植えられたのだ。
その後街は誰もいなくなり、また一人きり…… とはならなかった。
「ユキツネ~遊びに来たよ」
エルフの女の子エレノアが毎日やって来る。そう城の裏にある畑が目当てだ。最初は小さかった畑はオッサン等の不思議な力で数を増やし、立派になっていた。城の内壁に沿って食用の樹木も植えられ、その数が増えた。
畑にあった野菜は爺さんがいちいち買い物に行かなくても済むように、様々な種類が植えられていた。胡椒の木や唐辛子、更に暖かい土地で育つサトウキビとかもあって、充実している。
庭の隅にあった荷車に野菜を載せてエレノアはご満悦だ。
「んじゃユキツネ、これいつものヤツね」
野菜の代わりに俺は肉や野草、手編みの籠などを貰う。タダで野菜は貰えないと物々交換の形だ。
手作りの品は正直使い道が無いが、もしも他所で外貨を得るのなら、売れる品なので貰っておけと言われた。
街の方もエルフが時折見回りに来る。柵の外が見える櫓から警戒をしていた。この城は目立つからエルフ達みたく人が訪れる可能性があるから。
しかし早々こんな森の奥に人が来る筈もなく、暫くは何事もなく過ごした。そんな生活が続いて五ヶ月も過ぎた頃。
「ユキツネ~!大変だよ。人が来た」
「何だって!?」
エレノアの叫び声に飛び出した俺は、彼女の案内する櫓に登った。そこにいた二人のエルフの男がこっちを見る。
「ユキツネ殿、此方を御覧下さい」
エルフの持つ何やら望遠鏡らしき道具を覗くと森の木が揺れ、鳥が騒いでいる。十中八九何者かが森に入ったのだろうと。
この辺には厄介な猿の魔物がいて、彼等もそれにやられたのだ。森が騒がしいのは恐らく猿に襲われて要るから。魔物同士の戦いならば直ぐに決着が着く。騒がしい地点が明らかにこの場所を目指して進んで来ている。
「此処を目指している者が友好的とは限りません。慎重に対処しましょう」
誰かがやって来るなら迎い容れれば良いかと思ったが、山賊や犯罪者の類いとも限らない。暫くするとこちらに向かってくる人影が見えた。
「あれは!」
エルフの青年が叫ぶ。ようやく見えた来た数人は小柄な男性に見える。
「ありゃあドワーフじゃないか。何だってこんな所に」
どうやらエルフに続きやって来たのはドワーフ族だ。エルフやドワーフは人族と比べると数が少ないらしい。珍しい種族ばかりやって来る。
彼等が進んで来る場所に新たに扉を作る。
「我々が導きます。ユキツネ殿はエレノアと共に櫓に待機していて下さい」
「お、おう」
櫓から様子を伺うと、二人は弓で魔物を威嚇しながらドワーフを導いた。只エルフの時とは違ってドワーフ達は丈夫そうな鎧を纏い、剣や斧などの武器を装備している。少しづつ入ってきて最後の一人が来た時、扉をとざす。
「皆の者、怪我はないか」
「おう!あんな猿どもに負ける訳がない」
「全員かすり傷だ」
一番年配に見えるドワーフが叫ぶと、それに応えて声を挙げる。気分が落ち着いて来たようで、最初に叫んだドワーフがチラリ、とエルフを見る。
「かたじけないあんた方のお陰で助かったみたいだな。ワシはドワーフ族のタロスと言う者じゃ」
ドワーフは全部で十二人。皆むさ苦しい髭面のオッサンだった。
何はともあれまた人が増えた。