72. 予兆
よく晴れた空。ドラゴンの咆哮が響く。家のドラゴンはまだまだ小さいから、あいつらには勝てないんだな。山を降りてペットと化したドラゴン。今はお姫様みたいなベットで眠っている。この先野生に帰れるのだろうか。
さて、ようやく本格的に海辺に住人が引っ越してきた。砦に囲まれた家を見て魚人族の皆は喜んだみたいだ。伝統的な造りの家、丈夫な要塞。精霊が建てたという事も相まって、感激しきりだとか。彼等には今後海の幸を提供してもらい、それにみあった賃金を支払う。金の価値を知らない魚人族だが、ゆっくり覚えてもらおう。曲がりなりにもヒ・イズル国の一員なのだから。
俺は相変わらずの生活だった。一回断ったもののカイラスはしつこく見合い話をするし、海の幸の加工を魚人族に教えて昆布や寒天を作った。全てが順調に進んでいた。
そんな折、精霊であるちっこいオッサンが俺に話があると告げた。
『主殿わしら少しだけこの地を離れればならんのじゃ』
「なんでだ。土地付きの精霊だから基本はずっと居るんだろう?」
『実はこの世界に新しい精霊王が誕生しますのじゃ。わしらは精霊王の誕生に貢献したので、お祝いに生誕祭に呼ばれておる。こればっかりは断れんのじゃ』
そうオッサン等は短期間でその力を使い、大きく世界を発展させ、その働きにより精霊王が誕生した。精霊王は滅多に現れない上位の存在だ。それに貢献したオッサン等が駆けつけない謂れはない。
『わしらは自分の守る土地を長く離れる事はない。今は発展し安定しておるが心配なんじゃ』
お祝いには全員で駆けつける。大体一月は掛かるだろうとの話だ。そんなに心配しなくてもいいのに。それほど短期で他所の国が攻めいる事も無いし、変化は無いだろう。
今じゃこの国も立派になって他国と比べても遜色ない、しっかりした国だ。俺は快くオッサンを送り出す。
「お祝いなんだから楽しんできてくれ。俺には頼もしい仲間がいるから心配いらないぞ」
無口なテオは一番頼りになる存在だ。大抵はテオが居てくれれば何とかなる。夜中になりオッサン等は光の玉となり、空に飛び立った。
精霊王ってどんな人物だろう。子供の姿なのか大人なのか。世界にも数人しかいない貴重な存在だから、とにかく精霊界では大変な騒ぎなのだとか。風の精霊が世界中を飛び回ってお知らせしているらしい。
そんな折、リンドガルディアから緊急の知らせが届いた。南の方からあるものが大量発生し、此方へ向かっていると。近隣各国へ警戒を強めろと。
「バッタ?」
「ええ、数十年に一度は発生し、作物に多大な被害を与えます。直ぐに国民に警戒を呼び掛けましょう」
カイラスは神妙な面持ちで語った。既に大変な被害を出しつつ、半月後には到達する予想だ。リンドガルディアでは魔術師が対抗するが、バッタの進行は止められない。この大陸全土に危機が迫っていた。
国内で少しでも魔法が使える者を集め、防御策を謀るがそれ以上は何も出来なかった。全ての国民が不安な気持ちでその日を迎えた。
「来たぞ!!大群だ」
黒い塊が飛来してきた。エルフは前線で弓を構え、或いは魔法を放つ用意をする。兵士は武装し女子供は家に避難した。それは地球のバッタとは比べ物に成らない、大きなもの。そいつらが集団で飛んできた。
「ふ、ついに私の出番が来たな。返り討ちにしてくれる」
そう言ってカミルは飛びだしてしまった。街の人に見られないように、大きく迂回してバッタの群れに向かって行った。城の屋上から双眼鏡で見ていれば、その口から炎を吐いていた。
確かにカミルの前にいた集団は一旦数を減らすが、ほんの一瞬である。直ぐに戻る黒い塊にカミルは何度も炎を吐いた。何回もやったが暫くして戻って来た。
「うう…… ユキツネ疲れた。お口が痛い」
小さなドラゴン一匹でどうにかなる数ではない。取り敢えずお疲れと言って頭を撫でてやる。とうとうエルフの村まで奴らはやって来た。地上から弓や魔法で攻撃しているみたいだが、焼け石に水だ。あっという間に街へと近づく。
街の外側には主に小麦。それからこの地で育つ野菜畑だ。ちっこいオッサンが最初に育てた物以外は、ヒ・イズルの国民となった連中が、丹誠込めて育てた作物。それが斑の茶色がかった大きなバッタに蹂躙される。農民は家に避難しこの様子を見守っているのだろう。
大切な作物が ━━━━━━━━
その魔の手はとうとう城にも及んだ。城の周囲は結界が張られているのだが、空中までは力が及ばない。少しずつ拡張し城の皆を賄っても有り余る野菜。何時も城の料理はうまいって評判だった。
茄子がキュウリが真っ赤なトマトが。他にも数えきれない種類の野菜がある。それが成すすべもなく食いつくされる。まるでこの世の終わりのような光景だった。屋上までは飛んで来ないのが唯一の救いか。壁を這って登って来たものに関しては、テオとカミルが撃退した。
悪夢の光景は日暮まで続き、全国民が眠れぬ夜を明かした。翌日の夜明けと共に城の畑に向かった。そこで見たのは荒れた土くれの大地。
ヒ・イズルの周囲は大森林が広がっているが、奴らは森の木々を好まない。柔らかく美味しい野菜を食べて去っていった。カイラスによれば、今年は大陸全土が大変な被害を受けるのだと。
精霊がいない間にこの事件は起きた。笑ってオッサン等を見送ったのが遠い昔のようだ。俺は頼まれていたのに。
━━━━━ 主殿、留守を頼みますぞ ━━━━━
俺はなんて無力なんだろう。自分の力では何も守れないのに、気軽に安請け合いしてしまった。テオがカミルが、エルフの皆やドワーフ達が、何とかしてくれるって思っていた。ここは俺の、俺が作った国なのに。
王様なんてただの成り行きだ、好きでやっている訳じゃない。でも俺の家だったのに。ここは俺の家で、ここにいるのは家族だ。なのにどうだ。城から見下ろせる畑は小麦が育っていたのに、城の畑同様に土ばかりが見えている。
街中も街路樹を植えて景観を整えていたのが無惨な姿に。憩いの場所である公園も作った。今はただの荒れ地だ。家から出てきた人々も呆然と辺りを見ている。
しかしくよくよばかりもしていられない。こんな時こそ国民を勇気付けねばとカイラスの言葉で馬車を出し、視察に回る事になった。馬車は屋根のない物を作っていた。通常は安全のため王族は中が見えない物に乗るが、俺は普段からそこいらを歩いているし、頼もしい護衛がいる。馬車の前後も兵士で囲んだ。
街へ出ると不安げな人々が駆け寄り質問攻めにあう。一番の不安は食料だろう。俺は物置小屋にあった拡声器を取り出した。
《心配要らない食料は何とかする。落ち着いて今までと変わらず暮らしてくれ》
拡声器の声に皆はびっくりしたようだ。ざわめきと歓声で聴衆は盛り上がる。畑の方に行ってみると農民が小屋から飛び出して来た。
「ユキツネ様申し訳ございません。折角任された畑をこんな無惨な姿にしちまって」
涙ながらに一家総出で出迎えた農民に労いの言葉と、気にやむ事の無いように伝える。その後も農家をまわり税金等の心配は要らないと伝えた。
大変な一日だった。これ以上の出来事はそうそう無いだろうと、風呂に浸かり眠りについた。




