67. 海はよぉ
私の名はカイラス・ジ・トゥレイユース。現在新興国である ヒ・イズルの宰相を勤める。カイラスを悩ませる原因は獣人の少女だ。国王であるユキツネが拾ってきたのだが、恐ろしく仕事に向いていない。
「キャアアアアアア!!」
大きな音と共に悲鳴が聞こえる。彼女が運んできたワゴンにはぐしゃぐしゃのティーセット。
「すみません、カイラス様。折角のお茶をダメにしてしまいました」
段差でつまずいたワゴンを強引に押して、上に乗っていた物が散らばっていた。こんなのは初めてではない。
「もうお茶はいいから下がりなさい」
「はいっ、失礼します」
仕事の合間のティータイムが息抜きにならない。彼女、エンジュはとてつもなく不器用であった。他のメイドと仕事をさせると手間が増える。現在ユキツネの庇護下にある彼女を無下には扱えないし、他の人に被害を及ぼす訳にもいくまい。
カイラス専属のメイドとして働いているが、その結果は散々である。彼女に相応しい仕事があればよいが、あの不器用さでは他も難しいだろう。
ユキツネ殿は獣人がお好きなのだろうか。よくモフモフとか言ってテオ様を誉めているが、意味が分からない。エンジュは立派な大きい耳をしている。立派な耳がお好きならば、エルフでも良いのではなかろうか。
エルフの中にもユキツネ様を癒す事が出来る女性がいるはずだ。ユキツネ様はエルフを大事に扱って下さるが、よりいっそう深い関係になるにはエルフ族の恋人ができればよい。
エレノアでは流石に子供過ぎてユキツネ様はそういった対象に見れないようだ。人間ならば年も近いし丁度いいだろうが、エレノアはエルフの村でも子供の位置付け。人族のように独り立ちは難しい年頃だ。
しかし獣人でなければと思われるなら、部が悪い。耳は長いが尻尾はない。エンジュはエレノアよりも若いが寿命は人族と変わらない。成人として扱われるのだ。
まだ子供っぽいが、寿命が短いので二、三年も経つと驚くほど成長する。エレノアは二、三年では変化は無いだろう。
色々な意味でエンジュの存在はカイラスの頭を悩ませるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「オルゴールじゃと?」
「そうだ、このメロディになる部分を曲を変えて何パターンか出来ないかな」
お土産に買った オルゴールの曲をドワーフのタロスに作って貰えないかと聞いてみる。
「難しいな。いや、技術としては簡単じゃが」
「何が問題なんだよ」
「曲を奏でるのが」
オルゴールなのだから曲を奏でるのは当たり前だろう。
「ワシらの知っているのは酒飲みの歌、鍛治打ちの歌、楽器等鳴らした事も無いわ」
単純な話だった。俺も楽譜は読めないが、ドレミは学校で習った。手探りでも頑張ればメロディは出来るだろう。だがドワーフは音楽自体習った事もない。別の曲をと言われても曲を用意出来なかった。
そこでエルフの村から音楽の得意な者に協力してもらい、メロディを作ってもらった。エルフの伝統的な曲を幾つか選んで。そうして最初にいたエルフの子供達にオルゴールを渡した。
初めて見る小箱が綺麗な曲を奏でるのを喜んでくれた。
海に行った話もすると皆が羨ましがった。
「ずるいわユキツネ!」
エレノアが叫ぶ。エレノアは海を見たことが無いから、絶対に自分の目で見てみたいんだと。しかしドラゴンは一人乗りで旅行としては最悪だ。陸地を進むのはかなりの長旅になってしまう。
「せめて海に行ければ転移陣を設置出来るのに」
俺としても海に気軽に行ければ海鮮を心置きなく味わえる。だけど宙にぶら下げられる旅はもう懲りごりだ。いや、待てよ。向こうの大陸に渡った時に商人のダルウィンさんが言っていた。大枚をはたいて転移したと。
人族にも転移する魔法があって、長距離を一瞬で移動できる筈だ。リンドガルディアに行けばきっとその方法が判るはず。なにせこの大陸では一番大きい国だ。
カイラスに相談してリンドガルディアに連絡を取ってもらう。すぐに返事が帰って来て、ヒ・イズル国にも設置出来るとわかった。
向こうの王様の話では設置には高位の魔術師が二十人は集まって、床に陣を描き魔力を込める事が必要だと。だから高位の魔術師が揃っている国だけが転移出来る。ヒ・イズルにはそんな立派な魔術師はいないので諦めようかと思ったが、リンドガルディアが魔術師を派遣してくれると申し出てくれた。
両国の親交をよりいっそう深めたいと。そんなこんなで魔術師が我が国にやって来た。地下に転移専用の部屋を用意し、魔術師軍団が魔力を込める。
その作業は何日もかかるので、彼等にはその間城で寝泊まりしてもらった。勿論無料の食堂も使ってもらった。食堂の料理は物珍しい日本の野菜をふんだんに使っているので好評だった。
ひと月弱で設置された魔方陣。これで登録された場所へは楽に移動できる。リンドガルディアへは一瞬で飛べるようになった。他の国は交渉しなければ行けないけど。
新たに他の場所へ行くにはそこに陣を設置するのだが、いちいち魔術師が集まる訳ではない。魔力の込められた特別な絨毯に魔方陣が描かれている。これを目的地に置いて行き来するのだ。
一旦リンドガルディアに飛んで、そこから商人のダルウィンみたく高額な料金を支払い、海に近い国を目指した。ティルモア国は気候も穏やかで漁業の盛んな湊町だ。他国から離れていて良い場所だった。
海の幸が欲しいと精霊であるドノムに相談したら、飛び地の領を作れば良いと言われる。
『主殿、誰もいない場所ならば国の領地に出来ます。あまり力は振るえませんが、人を派遣すれば発展出来ますぞい』
新しい領地か。海沿いの土地なんて普通だったら人気がありそうだが、世界の人口が少ない上、海の魔物は強力なのであまり好んで住まれないようだ。
ティルモアで馬車を借りてテオに運転してもらい、誰のものでもない土地に向かう。今回は半分の五人の精霊がついて来て、躍りを踊った。三階建ての建物が出来た。その一室に持ってきた絨毯を敷く。これですぐに海に行けるぞ。
今はまだ人が住まない土地だから精霊との繋がりも薄いみたいだが、これで海の幸が捕れる。期待に胸が膨らんだ。




