6.初エルフとの対面
大荷物を抱えて広場の建物に入る。皆疲れきった様子だが、主に女性陣が怪我人の世話を甲斐甲斐しく行っていた。
「薬、持ってきたぞ」
とは言え大して役に立つとは思えなかった。薬箱から傷薬と痛み止めの効果のあるものを取り出す。包帯も一個入っていたが一個じゃどうしようもない。
一緒に持ってきたタオルで体を拭いた後、傷薬を塗り込む。
「ウウッ」
派手に腕をやられている男性がうめき声をあげた。薬が染みるのだろう。しかしそこで予想外の事が起きる。傷口がシュウと音を立て肉が盛り上がる。パックリ割れていた傷口が、みみず腫みたいになって塞がったのだ。
「これは…… 」
「まさか、エリクサー?あの伝説の」
ざわざわと見ていた人がささやく。次々と怪我人に薬を塗ると、小さな怪我なら完璧に塞がった。傷薬の思わぬ効き目に俺自身も驚いた。
「なんという事だ。まさかこんな物を出してくれるとは」
ジルフィンが感極まった様に呟いた。
「ありがたいが、この恩に報いる事が今の我々に出来ない。何と礼を言って良いのやら。そう言えばまだ恩人である貴方の名を伺って無かったな」
「ああ、俺の名は祐紀経。ユキツネ、ヒヤマだ」
「ヒャーマか、有り難う」
「祐紀経、で良いよ。困ったときはお互い様だ。そうだ腹減ってるだろう」
そう言って俺はバックから果物を取り出した。テーブルが無いのでタオルを一枚ひいて床の上にだ。一同の視線が集まりゴクリ、と唾を飲むのが聞こえる。
「わあっ美味しそう」
十歳前後の女の子がリンゴに飛び付いた。
「こ、こらっ勝手に」
「ングッ、な、なにこれ甘っ、うまっ」
あちこちから生唾を飲む音と、お腹の音が聞こえる。女の子は凄い勢いでリンゴにむしゃぶりついていた。ジルフィンが女から順番に取りに来い、と伝えるとリンゴとミカンを一人づつに手渡していった。
涙ながらに皆、味わっていた。
「まだ沢山あるから遠慮せず食ってくれよ。そうだ、野菜もあるしな」
俺は城に戻り、キャベツ、人参、大根等を引っこ抜く。そうだ、じゃがいももいるなと。あと小麦粉の袋、調味料、カセットコンロに鍋。そんなに大きくないから三個位いるか。
そう言えばテーブルも欲しいな。まあ今は仕方ない。家のおこたを持ってって頑張っても四人までだ。再びエルフの待つ建物へとやって来た。
「お待たせ。これからスープを作るぞ」
野菜を取り出してざっくり刻んで行く。女性陣も自前のナイフを取り出し、手伝ってくれるので俺は小麦粉をこねる事にした。
鍋に山盛りの野菜が入るがいっぺんには作れない。
何せ小振りの鍋三個あるが、コンロは一つ。カチリと音を立てて火がつくと、ワッと声が上がった。そう言えば此方にはカセットコンロなんて無いよな、と思いながら。
水と顆系のだしを入れて煮込む。野菜が煮えてきたら小麦をこねた物を放り込んだ。いわゆる水とんってやつだ。これで肉があれば最高なんだが。醤油で味を整えて出来上がり…… しまった盛り付ける器が無かった。
だが心配は無用だった。皆は少なからず荷物を持っていて、マイカップを持っていた。子供から順番に食べて、その間に次の鍋を煮込む。
「美味しいよ、こんな美味しいの初めて食べた」
「このスープとても豊かな風味がします」
ひとしきり感謝の言葉を何度も受け、俺は城に帰る事にした。今日は疲れているだろうと思い、詳しい話は翌日に聞くことにして。
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━━ ジルフィン ━━
今日は驚きの連続だった。故郷を追われて皆を先導して森に入って三ヶ月余り。誰も居ない森では、魔物の活動が活発だった。
しかし行く宛もない私達にとって、この森を切り開いて暮らして行くしか無いと決めたのだ。
だが、女子供まで連れての生活は厳しかった。木の上に簡易の小屋を作って生活していたが、とてもこの人数では村を作る余裕がない。そこへあの猿形の魔物が現れた。
樹上の小屋は直ぐに荒らされ、必死で逃げ出した。
以前に山沿いの方角に大きな囲いがあると誰かが言った。恐らく人間の村だろうと思い、警戒をしていた。
私達は人間に村を追われ、皆散々に逃げ出したからだ。囲いの大きさからして、恐らく数十人程度の村。
囲いは恐ろしく立派だが、もしも争いになっても負けない規模だと思っていた。
魔物の急襲を受けた我々が逃げ込むのはもはやここしか無かった。藁にもすがる思いで柵の周辺までたどり着く。だが不思議なことに出入り口が見当たらない。
立派丸太が整然と並び、これだけの物を造るのは大変だろうと予測する。
先陣を切った若者が駆け回ったが、一向に入り口が見つからなかった。焦る私達の前に、それは突然現れた。
さっきまで何もなかった場所に、突然扉が開いたのだった。扉の近くにいた者が駆け込み、残りの者は女子供を護りつつ扉の中に逃げ込んだ。
この様な小さな村に認識妨害の魔術が施されているのかと驚いたが、それだけではなかった。
私達を助けたのは、上質な服を着た男だ。そして小さな村と思っていたそこには。
大きな建物が数件、その奥に。
(城、だと)
明らかに王が住まうような城。だが人の気配がしない。ひょっとしてこの城は何らかの理由で廃棄され、この男はここを護る門番なのだろうか、と。
男はエルフ族である私達を侮る事なく、親切に薬や食料を与えてくれた。案内された建物は中身が無かった。つまり誰も住んでいないのである。
金貨数枚はするであろう高価な薬。信じられない程に甘く、みずみずしい果実。まるで精霊に化かされた気分であった。