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31. 初めてのダンジョンと出会い

 

 ユキツネと別れた後、商人のダルウィンは考えていた。カレーと言う料理について。香ばしい薫りからも、ふんだんにスパイスが使われているのが分かる。胡椒以外は見当もつかない味だ。

 商人として様々な国の珍しい食材を輸入しているが、出会った事もない味とは。


 マヨネーズと言うソースも驚きだった。これは簡単な材料で出来るが、大根や人参を生のスティックで戴くと言う発想が無かった。それにプリン。


 あの食感と甘さは癖になる。料理長が見ていたので再現出来るが、高級なデザートだ。小まめに食せる物でもない。


 鍋いっぱいのカレーは翌日の朝と昼にも食べた。何度食べても食べたくなる不思議な味だった。もっと大きな鍋で作ってくれれば、と悔やまれる。


 ユキツネと言う男は唐辛子なる植物を乾燥させた物を残して行った。粉にしてかければ料理に刺激的な食感が走る。少量で料理の味を変える物だ。一体どこで手に入れたのだろうか。


 一番の驚きはこれだけの逸品を作って置きながら、料理人では無いと。これだけの食材を用意し、産み出す男が料理人でなくてなんだと言うのだ。美食家の中には趣味が高じて手料理を始める者もいると言う。


 そう言えば一緒にいた男はただ者では無かった。マントを脱いだら獣混じりの証である耳が付いていた。獣混じりは人からも獣人からも忌み嫌われる種族だ。優男のユキツネとはおおよそ縁遠い類いの人間だろう。


 謎は深まるばかりである。



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ダルウィンの屋敷を後にした俺は謝礼として金貨二枚貰った。金貨一枚が約十万だとすれば二十万。貰いすぎでは無かろうか。高価なスパイスのお礼と言われた。ジルフィンもスパイスは高価だって言ってたっけ。畑で採れるから高価な気がしないけど。


 この街は本当に活気がある。普通に日本人が観光旅行にやって来た気分になる。ここまで繁栄するには時間がかかるだろうな。何だかヒ・イズルが遠い世界に思える。国なんて勢いで作るもんじゃないよ。


 俺は冒険者になってみたかった。ちょっとだけ此方に来てからやってみたかったんだよ。そう言ったら、少しだけならダンジョンに入ってみようとテオが言った。


「良いのか?俺は戦えないのに」


「お前位護れる。それに初心者用の浅い所だけだぞ」


 ダンジョン!在ったのかダンジョン。ワクワクするな。これぞ異世界って奴だ。早速ギルドでダンジョンの場所を聞いて、向かってみる。ダンジョンは列が出来ていた。入り口に受付の人がいる。


「一人百ペソだよ。少し待ってな」


 浅い階層は初心者がごった返す為、時間を計って人を入れてるらしい。少年がぞろぞろ出てくる。受付の砂時計が落ちきると、俺達の番になった。


「今日は混んでいるから、ここら辺では何も出ないぞ」


 ガッカリである。冒険用の光るペンダントの灯りで進んでいく。ダンジョンも僅かながらに明るく見えるのは、苔が光っているからだと。前の方でワーとかギャーって声がする。冒険者って言うより遊園地のお化け屋敷に入った気分だった。


 ボタッ、何かが頭をかすった。


「ギャア!」


「落ち着け、スライムだ。一杯いるけど人間の敵ではない」


 ゼリー状の奴がプルプルしている。仕留めて見るかと聞かれるが、外敵でもないのに倒す気には成れない。彼等はダンジョンの掃除屋で死体を溶かして食べる。時間がかかるから人間にくっついてもすぐには溶けない。


 どんどん先に進むと諦めて帰る少年少女が目につく。三層目まで行くとかなり開けた地形になった。湖みたいのがあって、黄色いタンポポの綿毛みたいなのが咲いている。昆虫も住んでいるんだ。


 魚が居るかもと言われ、湖を覗き込む。テオが持っていた短い棒の先に針を着けた紐をくくりつけ、そこら辺の石の下にいた虫を吊るす。それをテオの言うとおりに湖に投げ込み、チョンチョンと表面を叩く。すると。


 ザバッと水音を立てて魚が現れた。二、三十センチは有ろうかと言う魚である。やったと思った時。グバッと大きな口が現れ、獲物を飲み込んだ。ナマズだ。一メートル以上はあっただろうか。


「残念だったな」


 糸は千切れこれ以上は釣りが出来なかった。お魚ゲットだぜと思ったのに。気を取り直して進むと小動物が現れた。思い切り威嚇している。


「ちょうどいい。仕留めてみろ」


 テオに言われるが、こんな可愛い獣を倒すのか?ウサギ程の大きさのそれは突然顔がバックリと半分に割れ、大きな口で牙を剥いた。


「グワァアアア!」

「ウワァアアアアア!!」


 持っていたナイフを出鱈目に振り回すが、当たらない。ソイツが飛び掛かってきて噛まれる、と思った瞬間にテオが叩き落とした。すかさず踏んづけている。


「ユキツネ、止めをさせ」


 凶悪な顔をしたソイツは可愛く無いが、生き物を仕留めるのには抵抗があった。だが殺らねばまた襲いかかって来ると言う。

 心の中で謝りつつも、頭にナイフを刺した。断末魔の悲鳴と血の色に手が震える。


「良くやった。一旦帰るか」


 テオがソイツを袋に仕舞い込んだ。初めて動物を手にかけた事に動揺していた。エレノアやテオが旅の間に普通にやって来た事。既に死んでしまった生き物に其ほど感慨は湧かなかったが、自分で仕留めるのは違う。


 今までは深く考えていなかったんだ。考えたくも無かった。生き物を殺して食らうと言う事。ダンジョンの探索だって気軽に考えていた。俺は何も考えて居なかったんだ。


 その日は食欲が湧かなくって夕飯も食べずに寝た。俺が今まで食っていた肉だって全部生きていたんだ。これは仕方のないことなんだ。


 エレノアも随分心配してくれた様だ。今日は一緒に行動すると言い出した。特に目的も無いので街を歩いた。エレノアはエルフの目撃情報を集めていた。たまにいても以前から住んでいるエルフで、新しくやって来た者ではなかった。これだけの都市ならば何人かは居そうだが。


 人口五十万を越える都市で、はぐれエルフを探すのは大変な作業だろう。冒険者ギルドにも目撃情報がないかと訪れる。


「だから、私は強いんだ」


「そんな言葉が信じられるか。お前みたいな小娘に依頼を任せられ無いって言うの」


 何やらもめ事である。と言うかこの子は最初に出会った不機嫌な女の子じゃ無かろうか。彼女は振り返ると俺と目が合う。


「じゃあコイツが仲間よ。それで文句は無い?」


 いきなり仲間にされた。ユキツネは精神力が少し下がった。


「いきなりなに言ってんのよ。アンタは誰?」


 すかさずエレノアが割って入る。女の子の戦いが始まってしまうのか。


「私は偉大なる、精霊魔術師。西の国、ナルリンドから遥々やって来たのよ」


 せーれー魔術師って言うらしいよ。何か凄そうだね。彼女は無謀にも、狂暴な魔物であるキングオルラシオンなる魔物の退治に向かうらしい。凄い強そうだ。キングだし。


「あんたは見ているだけで良いわ。特別に荷物持ちとして雇ってあげる。だから一緒に行くの」


 確定的に言わんで欲しい。俺は小物で精一杯の男です。


「ユキツネはあんたの物じゃ無いわ。どうするかはユキツネ自身が決めることよ」


 え?反対じゃないの。危険な魔物退治だろう。振り返れば離れて見守っている、テオも頷く。エレノアは受けて見ても良いんじゃないかと言った。テオが着いているし、魔物を見るのもいい経験になると。


 俺とテオが加わる事で依頼を受ける事になった。ヤバい、スローライフ路線から脱線してきた。






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