3.思っていたのはささやかな生活だった
朝、歯を磨き顔を洗い、身なりを整える。
軽くストレッチを済ませ、部屋に入り庭に続く戸を開けた。うん、異常なし。
『主殿~』
何だろうネズミかな?都会ではあまり見かけない、あの生き物は田舎には頻繁に出没するって聞いたし。
庭は小さいがこの辺りは爺さんの土地だから、囲いの外側も庭みたいなもんだ。確かあの山の辺りまで…… おかしいな山が増えてる気がする。小さな山が並んでいたと思ったが、山が大きい。
もっと広い景色だった気がするのだが、森が近いみたいだ。ポツポツと見えていた他の家が見えない。と言うか、ものすごく木が多いんだが。まるで家ごと森の真ん中に飛ばされたような…… っておい。
「ここは何処だ?」
庭の外の広い土地は爺さんの敷地。更にその外側が、深い森に見えるんだが。
『主殿、お気に召して頂けましたかな』
どや顔のちっこいオッサンがそこにいる。
「どういう事だ」
『主殿、昨日おっしゃったでは有りませんか。消えてしまいたいと。ならば、とわしらの住みやすいフィールドへと移動したのですぞ』
エヘンと胸を反らすオッサン、いやちょっと待てよと思考を巡らせる。
「ここは…… 何処だよ?」
『精霊の生まれる遥かなる世界、グリフィールワーナですじゃ』
いや、知らんがな。
「それって地球じゃないって意味か」
『はい。元は我らはこの地より生まれ、異なる世界に散って行ったのですが、文明が進むと我らは必要とされなくなって来たので、これを期に還ってきたのですじゃ』
「いや、還ってきたじゃ無くてだな、俺は関係無くないか」
『主殿がおっしゃったから』
おっしゃったってあれか、消えて無くなりたいと。
「単なる言葉の綾だ。今すぐ戻せ」
『無理ですのじゃ。そこまでの力を溜めるのに、千年はかかっているからのう』
話を少し整理しよう。俺の家にはオッサン(精霊)がいた。
俺が昨日消えて無くなりたいと言ったのを真に受けて、本当に家ごと地球上から消えてしまった…… と。うん納得。
「出来るかっ! 元に戻せ」
『わしらもこの世界なら、もう少し早く力を溜められるかも知れませんが。主殿の生きてるうちは無理かものう』
ガックリと項垂れる俺。確かに都会の生活に飽きてはいたが、完全に社会からドロップアウトする気はなかった。
ああ、これが俗に言う異世界転移ってやつか。チートとか何にも無いけどな。
「し、食料とか水とかどうすりゃ良いんだ?」
『それなら心配には及びませんぞ。野菜や果物の木も、主殿の土地に有ったものは一緒に来とりますし、わしらの能力で育てる事が出来ます』
『うむ、水も同様にわしらが地下から汲み上げる事が出来るぞい』
『主の土地、全部整える。精霊の役目』
それぞれちっこいオッサンその一、その二、その三が呟く。取り敢えず飢え死にの心配は無いようだ。
その時空からギャオーと言う鳴き声と共に、真っ赤な生き物が空を飛んでいるのが見えた。
「何だあれは」
『ドラゴンですな。肉食ですので気をつけて下され』
っておい! 肉食獣いるのかよ。…… ひょっとして。
「まさかドラゴンや魔物がうじゃうじゃなんて事は」
『囲いを作って結界を張れば、大抵のものは平気ですじゃ』
居るのかよ、うじゃうじゃと。
「実家に帰らせていただきます」
『主殿の実家はもうこの家ですぞ』
憧れの田舎暮らし、俺のスローライフが。どうしてこうなった?!