33. レベルアップ
俺がドワーフの村に来て三日めの昼過ぎ。とうとう待望の物が出来上がったみたいだ。
「客人、出来上がったぞい」
俺は昼時だったので皆にサンドイッチを作った。ツナサンドと鶏肉サンド。鶏肉は甘辛く味付けして挟んだ。まあ要は在り合わせの材料を手早く挟んだんだ。
パンは旅の間に酵母を作ってあったんだ。煮沸した密閉容器に砂糖、水、好きな果物か野菜を入れるだけだ。一日一回は蓋を開けて軽く混ぜる。五日ほどで泡立って来たら酵母の完成だ。蓋を開けないで放っておくと、ガスがたまって爆発するから、注意だ。
ゴムパッキンとかが無くても、小麦粉を少しだけこねて、蓋を塞げば密閉される。エルフ村ではそうやってパンを作っていた。
朝から小麦粉を練って発酵させて、焼き上げたパン。この村では日持ちのする硬いパンが主だから、真っ白いふんわりしたパンに皆は夢中だ。目的の物も出来上がったから、この村ともお別れだ。
「ユキツネもういっちゃうのか。後一ヶ月くらい居てもいいのにな」
等とコータが宣うが単に料理目当てだな。帰り際に隣の工房にも顔を出して、サンドイッチを届けた。おかみさんも真っ白いパンを喜んでくれた。
「客人よ。今回はわしもいい勉強になった。いい素材を活かすのが、職人と言うものだと改めて気付いた」
親方に去り際にそんな風に言われた。ドワーフとしては遣り甲斐のある仕事だったようだ。
そんなこんなで下山して、人のいない場所で早速出来た物を使用する。竜の涙には金属の飾りみたいのが付いている。魔力を流すスイッチを押して、掌で包み体全体に流すイメージ。
…………… 何も起こらないな。
「ユキツネ、そのまま手をこっちに向けろ」
カミルはそう言うと俺が握っている両手を包み込んだ。途端に体全体に温かい物が流れ込み、渦巻いていく。体がどんどん温まって、溶けてしまいそうだ。そのまま俺は意識を失った。
「ユキツネ、いい加減起きろ」
ふわふわとした感覚の中、幾度となく呼び掛けるカミルの声に、俺は意識を取り戻した。気付けば土壁が出来ていて、辺りはすっかり夜の気配だ。
「目を覚ましたのだ」
「ユキツネってヤワねぇ。心配したわよ」
おっきくなったベルとカミル。すっかり二人に迷惑を掛けたようだ。
「そうだ、竜の涙はどうなった?」
俺が尋ねるとベルが黒い塊を渡してくれた。すっかりボロボロになったそれは、もう綺麗な塊を失っていた。
あんなに手間暇掛けてくれたのに、使用したら壊れてしまったんだな。申し訳ないような気になる。
「竜の涙はそうそう手にはいるお宝じゃないから、気にやまなくて良いわよ。ドワーフも承知で作ったのよ」
ベルの言葉を聞いて少しだけ気が楽になる。竜の涙を使った俺は、レベルアップしたのだろうか。
「カミル、俺って魔力があるのか」
「あるな。今までと違って」
と言う事はだよ。三十目前にして魔法使い的な何かになれたのか?俺の奥底でくすぶっていた、何かが目覚めてしまった、か。
「うぉおおお!ファイヤ!」
シーン。痛いほどの静寂だ。落ち着け俺。使用法も解らずにいきなりの発動は無いだろう。ここは魔術の使える先輩に指示をあおぐ処だ。
「カミル、どうすれば魔法が使えるんだ」
「ふむ、ユキツネは今はこたつになったのだ」
「こたつ?どういう意味だ」
「今までテーブルだったのが、熱源が付いた。お布団を掛けて完成だろう。けれどそれでは機能しない。だってユキツネには」
俺には?
「コンセントが無いのだ。ユキツネの家電とやらは、電気を流すコンセントが必要だろう。ユキツネにはコンセントが無い」
つまりあれだ。俺が魔力を持っていても、それを引き出す仕組みが無いのか。電気の無い家電なんてただの置物だ。カミルが最初に手を添えたのは、カミルが俺の魔力を動かしたからだ。魔力が使える者の手助けがなければ使えないのか。
俺、魔法使いになれなかったよ。
「魔法も使えないのに、強くなったのか?俺は変わった感覚が無いんだが」
「安心しろ。ユキツネはその体に結構な魔力を持つことで、物理的な攻撃と魔法の攻撃に、少しだけ強くなったのだ」
少しだけかよ。もっとこう内側から湧き出すような、変化があるのかと思ったよ。ここまで旅をして、迷子になったりベルと出会ったり。俺の人生では間違いなく大冒険だったもっとこう、伝説のお宝を手に入れた、レベルアップうぇーい!な展開は無いのか。
「まあ、これで国に帰れるな。思えば長い道のりだった」
ふと鼻の先に白い物が舞い降りた。雪だ。ヒ・イズルでは冬でも雪は滅多に降らない。側に聳える山脈に万年雪が積もっているが、地上まで降ることは滅多にない。
久々の感覚にこれをエルフの子供にも見せてやりたいな、とか思う。海も雪の降る景色も見たことがないんだ。日本なら四季があって、何処へでも直ぐに行ける。
目前に降っては消える白い粒を見て、本格的に冬景色になる前で良かったと安堵しつつ。
相変わらずカミルを背負い、空を飛んでの移動。数日間移動したところで、カミルが蝙蝠族の村に寄ってくると言い出した。山奥の切り立った洞窟に住んでいて、余所者は受け付けない。カミルは蝙蝠族に変化していたので、迎え入れられた。
「世話になったので、最後の挨拶に向かう。だからユキツネはこの町でまっていろ」
俺は人間の町に運ばれて、カミルの帰りを待つことになった。蝙蝠族を一目見てみたいが、それは叶わないらしい。宿を取って大人しく待つか。




