1.家には十人の小人が住んでいる
ある晴れた日、昼下がり。市場へ続く道。トラックの荷台がゴトゴト揺れている。
可哀想な俺、桧山 祐紀経は市場へ売られる…… じゃ無くって、爺さんのくれた家へと向かっている。記憶にほとんど無い母方の爺さんが、何故かオレに家をくれた。
資産価値は殆ど無く、壊すのも費用がかさんでしょうがない古家だ。
丁度サラリーマンの仕事に嫌気がさし、無職になったばかりだ。
毎日上司に絞られ残業して、眠りにつく日々。何もかもが嫌になって逃げ出したかった。当分働く気になれなかったので、タダで家が貰えるとは。正に渡りに船だ。
何故、このタイミングで家が貰えたのだろうか。とにかく畑でも作って田舎に引きこもり、優雅に暮らすか。俺はネットさえ有れば生きていける。元から友人も少ないし、家族とも余り会わない。
況してや彼女なんて、彼女なんて、彼女、なんて…… 。
さ、寂しくなんて無いんだからね。とりあえずお迎えに来てくれた、爺さんの友人でお隣さんでもある佐藤さんに、家まで案内された。
因みにお隣迄は約五十メートルはある。真夜中に大声で叫んでも聞こえないだろう。
「ほらここだべ、わりかし良い家じゃろ」
「おお」
予想通りの木造住宅。だがぼろ家を想像していたのに、こぢんまりだが綺麗な家屋である。爺さんが小まめに手入れをしていたのだろうか、庭も整っている。
「ほんじゃ何か有ったらウチさ訪ねると良いべ。かみさんは大概家におるで」
「有難うございます。お世話になります」
これから古い俺は生まれ変わり、新たに桧山 祐紀経(改)として生きて行こう。
ガラガラとすりガラスの引き戸を開けると、玄関に荷物。最低限のもの以外は処分した。生活に必要な家具家電は揃っているし、元より大した荷物は無かった。
ウチの鍵を預かってくれていたた佐藤さんが、宅配で送った荷物も届けてくれたのだ。見ず知らずの人を信用し過ぎかとも思うが、盗まれてもどうってことのない物ばかりだ。
それにこんな田舎ではお隣さんを信用出来なかったら、誰も信用ならない。
佐藤さんも俺の面倒を見てくれと、爺さんに謝礼を包まれたらしい。なので気にする必要は無いと言われた。
障子張りの扉を開けると真新しい畳の香り。爺さんは自分の亡き後、俺が不自由無く直ぐに住める様に、何から何まで手配してくれた。
この家によっぽどの思い入れがあったのだろうか。
それにしては幼い頃会っただけの俺に譲ったのは何故か?
先に述べた様に資産価値が望めないせいだろう。昔はそれなりに人も多かったみたいだが、今や若者の姿は殆ど無いとは佐藤さん談。
改装して売り出しても買い手が付かない家は、そのまま放置される物も多い。
ここへたどり着く前にも無人の家がちらほらあった。人の住まない家はあっという間に廃墟と化し、無残な姿になっていた。
誰でもいいから住んで欲しい。
そんな思いがあったかも知れない。庭へ出るガラス戸を開けて、外の空気を吸い込んだ。
ともあれ俺は一国一城の主になった。
ふと目の前の植え込みがガサガサと動いた。野良猫でも居たのかとじっと見ていた。すると。
『ヤッホーヤホー♪』
小さなオッサン。背が低いとかじゃ無くって、身長二、三十cmのオッサンがいた。オッサンは俺の視線に気が付くと、陽気に声をあげた。
『こんにちは主殿』
信じられない。夢でも見ているのだろうか。小さなオッサンは俺に話かけてきた。
『おお、これが新しい主……』
『何だって?』
『やや、こんにちは』
…… ヤバイ小さなオッサンが増えていく。最終的には十人になってしまった。俺は余りの出来事に固まって動けなくなる。
『歓迎しますぞ主殿!』
「ああうん」
俺は一旦思考を放棄した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ヤッホー、ヤホー』
『めでたいのう』
しばらく現実逃避していたが、どうやらコイツらは消えてくれない様だ。庭先で好き勝手に動き回っていた。
「何なんだお前らは」
俺が問いかけると最初に現れた小人が話し掛けて来る。
『おお、失礼しました主殿。我らはこの家に住むまあ精霊と言った所ですかな、ハッハッハ』
愉しそうに言うが俺はちっとも愉しくない。まさか我が家にこんな奇っ怪な生き物がいるとは。既に以前住んでたアパートは引き払ったし、ここで住まなければならないだろう。
「はぁ、あたま痛い」
『おや、どうされました主殿』
「いっその事消えてなくなりたい」
その言葉に反応し、小人達は何やらひそひそ話を始めた。
『それは妙案ですな主殿』
『素晴らしい提案です』
『確かにここでは我らの力を総て発揮できませんのう』
何故か妙な盛り上がりを見せる集団。
『宜しい主殿!その願いを叶えましょう』
「お前ら何言って…… 」
次の瞬間には俺は真っ白な光に包まれていた。