【1】
「カケルくん、必ず戻ってくるから、迎えに来るから待ってて。」
彼女はそう言い残し土砂降りの中山小屋を飛び出して行った。小屋に残る僕はきっと彼女が迎えに来てくれると信じていた。
だが夜が開けても彼女は迎えには来なかった。「きっと道に迷ったのだろう」と幼い僕はそう思った。
さらに3日、足が折れていた僕は食料もなく凍えるような思いをしながらきっと来てくれるであろう彼女を待ち続けた。
しかし彼女が山小屋に姿を表すことは無かった。
代わりに現れたのは1人のおじいさんだった、僕はそのおじいさんに抱えられ下山し衰弱し切っていたため入院した。後に話を聞くとそのおじいさんは僕のいた山小屋の持ち主で土砂降りのせいで小屋がどうなったのか様子を見に来たらしい。壊れかけてる扉を開けると僕がいたのですごく慌てたらしい。今でもおじいさんは僕の命の恩人だ。
それから9年、俺、坂上翔は真新しい制服に身を包み高校、県立桜末高校通称サマ高校の校門をくぐろうとしている、入試試験もそこそこ上位で通過、外見は黒髪のキリッと顔が引き締まっていて背がそこそこ高くイケメンの方に分類されるであろう、まさしく勝ち組と言うやつだ。これで高校生活は素晴らしいものになるだろう。ただ一点を除けば…
その一点とは山小屋の彼女のせいでおった「女性拒絶症」である。もちろん母親や祖母、担任の先生、近所のおばちゃんなどのある程度の信用、安心がある人なら全然大丈夫なのだが初めて会う女子、女性には話しかけようなどという気も起きず、話しかけられたとしてもすぐに話を終わらせることに尽力を尽くしている。
では何故共学を選んだのか、自分では女子を完全に拒絶したいなどと思っているが実際は少しどこか「女性拒絶症」を克服したいと思っているのかもしれない。そんなことを考えながら俺は校門をくぐった。
僕のクラスは1年A組、男女比が綺麗に1:1と別れている。下駄箱に着くと1人の男子がいた。「よぉ翔、今年も一緒だな、高校から一人じゃなくて良かったぜ。」彼は佐藤奏斗中学からの親友でスポーツ系男子だ。「ほんとだな、新しい環境で早速1人はさすがの俺でもメンタルが持たないや。」「奏斗なら大丈夫だろ、山小屋で1人で耐えたんだろ?」「で、治ったのかよ?」「何がだ?」俺は奏斗が言ってることが「女性拒絶症」のことだと分かっていたが、ここはあえてわからない振りをしてみた。「何がって、女子が怖いやつだろ、治ったのか?」「女性拒絶症な、治るわけないだろ、女子とまともに話せないんだから高校に入ったからと言って彼女ができるってことはないな。」「いやいや、誰も彼女出来そうか?なんて聞いてないだろw」俺はほんの冗談も踏まえながら奏斗と教室に向かった。おかげで緊張せずに教室までつけた。「いよいよだな。」「あぁ。」奏斗が少し新しい環境への期待でニヤつきながら言ってきた。「じゃあ開けるぞ。」奏斗はそう言いドアを開けた。
俺の席は名簿順で座るので結構窓側にあった。かなりギリギリで登校したので席に着いた瞬間チャイムが鳴り響いた。
何故か俺の窓側の隣の席は空いていた。「入学式から遅刻かよ…」俺は入学初日にまだあったことの無い人のことをすこし呆れた。
長い長い校長先生の話を終え無事に入学式が終わった。入学式の後は各クラスでのホームルームだ。いかにも体育の担当のような先生が入ってきた。「みんな、今年からこのAクラスの担当する小林だ。よろしく。」手短に小林先生はあいさつを済ませ各々の自己紹介が始まった。その時いきなりドアが開き「すいません、遅れましたぁー。」と1人の女子が教室に入ってきた。彼女はクラスの注目を一気に引いた。俺は目を見開いた、そこにいたのはなんとあの時、9年前俺を山小屋に置き去りにした彼女だった。「まずい、見てはいけない」俺は本能的にそう思った、だがもう遅かった、俺は彼女と目が合ってしまった。彼女はにこっと微笑んだ。ただ目が合ったので微笑んだのか、俺があの時の少年だと覚えていて微笑んだのか、俺は恐怖に襲われた。
こうして俺の高校生活はスタートした。