バカ
3
嘘だ……。
飛び去る Syleus の姿を呆然と見詰めていた香織が、不意に我に返った。
Pleiades が、涼介が絶叫のまま血溜りに顏を埋めていた。
「嘘だ、嘘だぁぁぁぁ!」
不意に涼介の頭に記憶がフラッシュした。
脳を鋭い針で突き刺されるような感覚。それに抗じてナイフで腕を刻み、脚を刺し、痛みで正気を保つ。
「うっくぅぅぅ……!」
これは…… Pleiades の、父の記憶。
涼介と違い、常に父は自らの意志のみで、自身の肉体を切りぎざみ、 Pavor と戦っていた。
吐気が襲う。鋭い針のような記憶が再び襲う。
あれは……母さん。母身の間で笑みを見せる母さん。不意に、蒼流剣が母さんを両断、返り血で視界が真っ赤に染まる。
「やめろぉぉぉ!嫌だ、嫌だぁぁぁぁ !! 」
「涼ちゃん!」
肩を掴み、引き起こす。
「しっかりして!」
殴りつけた。
「……香織」
その顏は、装甲に隠れて表情が読み取れない。
「一体何言われたっていうのよ!」
涼介は息を呑む。しかし、静かに立ち上がる。あの荒れようが嘘のように落ち着いていた。
「……香織、来てくれ」
香織の意志も確認せず、涼介は通路の先へ飛んだ。
「待ちなさいよ!」
……異様だ。
今までにない涼介の反応に、香織は急ぎ後を追って飛ぶ。
強敵の Syleus 、恐らく命を長らえる余力は尽きたであろう。
……実の兄への憐憫?手を掛けたことへの後悔?
いや、そんな物ではない。
通路は突き当たりへ。 Pleiades はエアロックの前に立つと、装甲を解除した。
「涼……ちゃん?」
エアロックを開放すると、そこはコクピットであった。
「香織も入って、 Guardian を解除してくれ。これで、一度月面へ出る」
……何をする気なの?
コクピット内で射出準備を進める涼介を横目に、
「 アーム アウト 」
香織は Valkyrie を停止し、背面より抜け出した。
「これでよし」
涼介は香織に振り向き、
「ねぇ涼ちゃん、説明……」
不意に抱きしめた。
「……え?」
長い髪に手を絡め、腰を強く引き寄せ、その存在を焼き付けるように……。
「香織……」
香織は言葉を失った。
「ごめんな。……今まで、ありがとう」
「え、何言って……」
茫然自失の香織を、涼介はそのままコクピットに押し込み、シートに座らせた。そして固定。
「な、何なの !? ちょっとどーゆーことよ!」
動けない。
「ごめん香織。これは脱出艇なんだ。何があろうと、確実に地球へ届けてくれる」
やっと香織の頭が回り出す。
「一人で……一人で行く気なの !? 」
必死に立ち上がろうともがく香織に、優しい微笑みを向けた。
「もうこれ以上、壊れていく俺を見せられない。だから、ごめんな」
「訳分かんない!やだよ!涼ちゃん、一緒に戦うって……」
涼介は首を振る。
「駄目だよ、もう……。香織は生きて、生きて俺のこと、いつまでも覚えていて欲しい」
香織は涼介の背に陰を見た。
「そんな……」
涙が溢れ出た。
「笑わなきゃ、俺の香織は」
涼介は手を伸ばし、香織の涙を拭う。
「じゃぁね……」
エアロックが……二人の間を隔てた。
「いやぁぁぁぁぁぁ !! 」
カウントがダウンする。
「出して、出してよ!」
窓の向こうに見える涼介が何かを言っていた。しかし、聞こえない。
「なんでなのよ!なんで涼ちゃんだけが背負うの!なんで不幸になんなきゃいけないのよ !! 」
涙が止まらない。
「涼ちゃんは、涼ちゃんだけは……幸せになんなきゃいけないんだよ !! 」
カウントが0に。足下より振動が伝わった。
「なんで……ひどい、そんなのひどいよぉ !! 」
月の重力からの加速。
涙が止めどなく、勢いを増して床にこぼれ落ちた。
「バカぁぁぁぁぁぁ」




