違和感
3
- 医務室 -
「涼介、静かに入ってこんか!」
藤岡の一喝に、涼介はきょとんと動きを止めた。
「あれ先生……今日は何で?」
「……いいかげん父さんとかって呼んでくれんかなぁ」
「いやぁ、先生みたいに立派な人が俺の親じゃ申し訳ないよ」
祥子と、そして香織も吹き出した。
「はいはい、この親馬鹿さんはね、君の検診が心配で忙しい中見えられたのよ。だからちゃちゃっと済ませましょ」
- 検査室 -
CT スキャンを終え、脳波感知器具をセットすると、祥子は操作室に取って返した。
「 CT と心電図は良好ですね。相変わらず健康だけは取り柄みたい」
ガラス越しに横臥する涼介を見つつ、手はコンソールを激しく行き来する。
「確に……ね。ただ、 5 年間一切の傷病がない、というのはどうかな?」
祥子は藤岡の言葉に手を止めた。
「 good でも、 100% の good は best じゃない……と?」
「普通、有り得ないだろ。それに……記憶も異常だ」
確かに、祥子も違和感を感じないでもなかった。病気どころか、彼にバンドエイドを貼った記憶すらない。……記憶。記憶も不自然だ。誘拐された前後とそして、家族と自身の記憶だけが、まるで狙ったように抜けているのだ。
しかし、この世のどこに怪我や病気を喜ぶ健全な精神があろうか。記憶とて、誘拐と一家離散という辛い物なら、いっそ戻らない方がいいのかもしれない。
「いや、私の思い過ごしなら……」
それきり話題は打ち切られ、ディスプレイに無味乾燥な波形が連続するだけとなった。
そんな、あまりにも退屈な一時、香織が欠伸をもらした時、室内の内線電話が電子音を響かせた。
「はい操作室横山」
視線だけはディスプレイを離れない。
「……え、教授?」
藤岡は眉を跳ね上げ自分を指さした。
「教授、外線です。長官からですよ」
ほぉ、と藤岡は腰を上げて受話器を受け取った。
「よぉ赤城クン、どうしたね」
GDS 長官、赤城秀三だ。
『まったく、先生は呑気ですねぇ』
どこかで聞いた台詞だ。
「悪かったな。どうせ戦争とは無関係だからね」
『拗ねないでくださいよ。娘は、香織はそこですね』
藤岡は肩をすくめて視線を送る。
「代わるかね?」
『いえ、確認しただけです。緊急事態が発生しました』
元危機管理室室長、赤城秀三。 15 年前、丹沢で墜落船の探査を指揮し、最も謎に近いとされる男。
更に挙げれば、香織の父である。
「おいおい、今朝のパラナルと言い、穏やかじゃないねぇ」
香織が眉を顰め、祥子もディスプレイより目を離す。
『ツェルコフスキー基地との連絡が途絶えていたのですが、つい先程、壊滅が映像で確認されました』
「壊滅だって⁉︎」
『 GDS 本部は非常体制に入ります。教授も至急本部へ……』
不意に回線が途絶した。
「もしもし、もしもぉし!」
「あの、先生?」
香織が藤岡の顏を覗くが、藤岡はかぶりを振った。
「分からん。しかし……」
直後、照明が瞬いた。続いて激しい爆音と共に、医務室の外壁が吹き飛んだ。
「探したぜ、涼介。いや、裏切り者……」
祥子は涼介の心電図と脳波が激しく変化するのを初めて確認した。




