発進
2
-Warwolf ブリッジ -
機関士席で出力調整に立ち向かう東山は、喜色満面で技術屋の歓声を上げた。
「こいつぁ凄い!」
もう、周りが目に入らない。
「どうしても動かない主機関部にブラックボックスがあったんだが、縮退炉だったか!とんでもねぇ、プロテクトかける訳だ」
「そんなに凄いことなのかね?」
科学には無頓着な藤岡が覗き込む。
「そうさな、今まで 15 年間、丹沢の地下には小型のブラックホールが眠ってたと思やぁいい」
「ぶ !? 」
光さえ呑み込む闇の超重力場だ。
「そんな物動かして平気なのか !? 」
「平気も何も、こいつぁ予備バッテリーだけで動いてたんだ。保って太平洋横断。それじゃ話にならんよ。見てくれや、この出力!」
藤岡には単位の分からぬ出力ゲージが次々と上昇していた。
「赤城の……いや、艦長と呼ぼう」
東山は俄然楽しんでいた。
「あぁ、もう何とでも呼んでくださいよ」
確かに、赤城の座る席は艦長席だ。
「艦長、出力調整終了。 月だろうが火星だろうが、どこへでもやっとくれ!」
……ふむ、艦長か。
赤城は内心楽しんだ。
どうせ長官をリストラされたのだ。ここは男の夢、艦長でいこう!
「大林くん、艦内放送だ!」
もうその気である。席を立ち、マイクを取り上げた。
「全艦関係各員、艦長の赤城だ」
ブリッジ内でも手を止め振り返る。
「諸君も知っての通り、今地球は存亡の危機にある。先の攻撃により、恐らく対抗兵力も激減したであろう……。しかし落胆することはない、我々が居る!これより先手を打ち、敵本拠を叩く !! 」
赤城は一息吐き、ブリッジを見回した。
頷く仲間が居る。
「場所は月面。そう、宇宙だ。私を始め、諸君には未知の領域だろう。しかし恐れるな!この艦、 Warwolf は地球の科学力を遥かに凌駕する技術で支えられている。そしてなにより諸君が居る。諸君の勇気、それが何よりの武器、我等が最後の砦だ !! 」
一度目を閉じ、肚を据えた。
「出来るか、出来ないか、じゃぁない。やるか、やらないか、だ!全力を尽そう!そして、生き残れ!生きてまた、この地球に帰って来よう !! ……以上だ」
「機関出力最大!」
「出力最大了解!」
東山の復唱で、艦中央の縮退炉が艦に最大限エネルギーを供給した。
2年前よりこの艦のシュミレーションは開始されていた。しかし、不安だらけなのも確かだ。
「慣性制御装置始動!大気圏離脱準備!」
操縦担当の岡島がスイッチをONへ。
「慣性制御装置始動!」
……遂にこの時が。
「巡洋艦 Warwolf 、発進 !! 」
「発進 !! 」
動力スロットル4線。それら全てが押し込まれ……黒い巨体、 Warwolf は空へ吸い込まれるように飛翔した。
-Warwolf 個室 -
……動いた。
個室のベッドで毛布をかぶり、座り込む涼介。
窓代わりの3Dディスプレイに、急速に下方へ流れる雲が一瞬映る。
それを見詰める目は疲れていた。システムを解放するのに18 時間、不休の作業だった。
……それでも眠れない。
懐かしい振動を感じつつ、恐れも抱いていた。
再び漆黒の戦場へ……。
と、ドアを叩く音がした。
「入るよ、いい?」
応えなかった。しかし、彼女は構わずドアを開けた。
「やっぱり起きてた」
まず顏を入れてきた、香織。
「なんだよ、お前も休んでなくていいのか?」
毛布の中より覗く涼介の目に、影の中にも明らかな隈が出来ていた。
「涼ちゃんほど疲れてないから」
香織はベッドに腰掛けた。
「眠りなよ」
涼介が、震えていた。
「今は眠れないよ。あの時はあんなに眠りたかった。夢で、父さんや母さんに逢うために。でも、今は眠れない。今二人に逢いに行くと、決心が鈍りそうだよ」
窓の景色が青から群青色、そして漆黒へ。
「だけど、起きていても思い出すんだ。リュオスたちと戦った、あの宇宙……」
「怖いの?」
応えなかった。ただ、震えていた。
その涼介を、香織は胸に抱きしめた。
「あたしの夢を見て」
「……香織」
「眠って。絶対死なないあたしの夢を見て。一人にさせない。夢の中でも、いつも通りのあたしが居るから……」
涼介の腕が強く香織を抱き返した。
「約束だぞ……」
いつしか窓には天の川が鮮明に現れた。
「きれい……」
胸元から、安らかな寝息が聞こえていた。
『我らも約束しよう。涼介を、かならずや、そなたのもとに……』




