反乱の記憶
- 艦内食堂 -
艦内で 10 名以上が落ち着いて会話の出来る場所……ブリーフィング・ルームがない訳ではないが、やはり気を落ち着かせる意味もあって、食堂が選ばれた。娯楽施設を兼ねた場所とあって、装飾は武骨ながらもリビングのような造りであった。
赤城や藤岡を連れて足を踏み入れた涼介は、頭の奥に鋭い痛みを覚えた。
記憶が……記憶が蘇る。それも、最近は頻繁にフラッシュする。
……これは、父さんの?それとも俺の?
混濁した記憶に吐気が込み上げる。
移植をして間もなく、セルを離れてこの巡洋艦、 Warwolf に移された。
一人……そう、たった一人残された苦しさに、リュオスたちの差し出す食事を拒否し続けた。それでも衰弱しないこの体。それもまた苦しくて……。
今では、そのウォルフ星人たちの心遣いが懐かしい。出来るならあの時にまた戻りたい。
拒絶ではなく、共に食卓を囲みたかった。謝りたかった……。
『大丈夫だ、分かっている』
そうだ、まだ一緒に居るのだ。だから……。
涼介は強く頷いた。
「さて、本題に入りたいのですが」
先を急かしたのは相良だ。他にも、白木、東山、小林、シン、そして香織が同席した。
「結論から言います。あのセルにはまだ移植前の Pavor が居ません」
数日前、 GDS の会議室とはうって変わり、今の涼介には明瞭な意思が感じられた。
「そうか……」
呟いたのは藤岡だった。
「全て思い出してしまったのか」
涼介は表情を歪めて頷いた。
「思い出したくなかったけど……。全部、話した方がいいかな」
聞くのが辛い。過去の痛みが伝わるのだ。しかし、聞かずには済ませられない。
「頼む。辛いとは思うが……」
「もう、大丈夫」
いや、嘘だ。
「聞いて欲しい。このまま消えるには悲しすぎる」
意を決した涼介が、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「 16 年前、まだ名前が昴涼介だった頃……父さんも母さんも、それに洋介兄さんも一緒だった。何事もなく、ごく普通の家族だった……」
藤岡が目を眇めた。
「青葉区に住んでいたね。あの地区の住民が行方不明となり、当時話題になった。 Pavor 、だね?」
涼介は頷いた。
「町内会の遠足で、丹沢へ……。そこで Pavor が現れたんです。新たな寄生生命体を求めて。まずは適合実験の為、偶然居合わせた俺たちを次々に捕獲し、月に連れ去った」
「月に Pavor の基地が !? 」
赤城が身を乗り出した。
「はい。当時建設中だったツェルコフスキー基地の北西です。そこのセルで心臓を取られました。俺の移植をする直前、反乱が起きて、3ヶ月近く人工心肺で眠りました」
「……反乱?」
「オリジナルの Pleiades と、地球の前に侵略されたウォルフ星人の生き残りによる反乱」
一同の目が答えを求めていた。
「今ここにある心臓、この Pleiades は父から受け継いだんです」
シンが口を滑らせた。
「受け継いだって、親父さんは?」
訊くな!
シンは冷たい視線に晒された。
答えは明白なのだから……。
「死にました。母を殺した後、兄、 Syleus に斬られて……」
しばし息を飲む。
……家族で殺し合うなど。
しかし、涼介は笑みを見せた。あまりにも痛々しい、切ない微笑みだ。
「仕方なかったんです。父は希な精神力で、唯一 Pavor の支配から逃れました。ウォルフ星の生き残り、リュオスたちと父はコンタクトを取り、地球を救う手段を知ったんです。 Pavor はそれ自体では生命活動を行えないばかりか、子孫を残すことさえ出来ないんです」
「成程。だからより強い生命体に寄生し、種を維持しようとするのか」
藤岡の結論に、涼介が頷いた。
「そして…… 1/1000 の確率で適合する、 Pavor 母身。女王蜂みたいなものです。彼女を倒せば、それ以上の繁殖は有り得ない」
「ウォルフ星の母身は?」
「既にリュオスたちが倒したそうです。そして、その候補者さえも居なくなりました」
……絶滅。
絶望的な事実が浮かぶ。
「だからか、だから地球に……」
「はい……。不幸にも適合者がすぐ見付かりました。でも父がリュオスたちと共に倒しました」
涼介は喉に言葉を詰め、奥歯を噛み締めた。
「まさかその Pavor 母身が……」
藤岡は最後まで言い切れなかった。
言わずとも知れた。
そしてこれは、言葉にしてはならないことだった。
「仕方なかったんです!それに、そんな目的のため生かされる母は見たくない !! 」
感極まり、涼介机に拳を叩き付けた。
……嘘だ。
本当は、例えどんな姿になろうと、生きていてほしい。そんな思いが溢れ出していた。
「母身を倒し、最後の作戦へ向かう途中、機動部隊の隊長となった兄、 Syleus と戦い、父は負けたんです」
……違うな。
藤岡や赤城には解った。もう、戦えなかったのだ。息子までも自分の手にはかけられない。耐えられない。
あまりにも辛い選択だっただろう。
「心臓だけは残りました。そして受け継いだんです。 Pleiades と、戦う宿命を……」
それと、罪の心も、か。
「戦ったんだな……」
「はい。この心臓はウォルフ星人の命によって抑制されています。 Guardian を装着し、共に戦い、肉体を維持出来なくなったウォルフ星人の命7つ。彼らが、いつも支えてくれる」
香織は目を見開いた。
……そうなんだ。
あの、心臓を中心に回る、7つの光。
涼介の中で、七人のウォルフ星人は確に生き続けていた。
「 Pavor 機動部隊に大打撃を与え、大量のセルと移植前の Pavor を載せた軌道基地、それを地球衛星軌道で撃破し、俺だけウォルフ星人の巡洋艦で逃げ延びたんです」
赤城は床を指差した。
「この船だね」
「はい」
しかし、謎が残る。
「なぜ冷凍睡眠を?」
「記憶を封じ、完全に Pavor の意思を抑えるため、生命活動を低下させる必要があったからです」
……この記憶は辛いだけだ。普通に暮らせれば、それでいい。
リュオスはそう言った。
「じゃぁ、ブリッジの床にあった悪戯書き、あれは……」
涼介は藤岡に笑ってみせた。
「俺です。悪戯とはひどいなぁ。真剣だったんですよ。阻止したとはいえ、まだ危険があると思って、コールド・スリープ直前に残したんです」
くっくっく……。藤岡は妙なおかしさが込み上げた。
「赤城くん、参ったな」
「何がです?」
眉を顰める赤城に、藤岡は片目をつむってみせた。
「 15 年前、ここで議論しただろ。異星人が残したメッセージの本当の意味は !? なんてな」
「あ……」
「まさかまさか、本当に日本人が書いたとはね」
「先生、嫌なこと思い出してくれますね」
二人は声を上げて笑った。
涼介は心の痛みが引くのを感じた。
「ところで涼介くん」
笑いっぱなしの二人を無視し、相良が眉を寄せて訊ねた。
「今回は、つまり軌道基地破壊に失敗した状態なのかね?」
一瞬場が静まった。
「いえ、半分ハズレです。ただセルを落としただけです。 Pavor が居ません」
「何故言い切れる?」
涼介は胸に親指を差した。
「共鳴してないんです。地球にあれだけ来れば、必ず感じるんですよ。憶測ですが、先行のセル……あれは現地制圧と、現地での移植の実験だった可能性が高いです」
今までの行動から鑑みれば頷ける話だ。
……ならば。
「我々は Pavor の侵略を阻止する為に、何をすればいい」
涼介は、欠伸を噛み殺す技術部長に目を向けた。
「東山さん、この船の全システムを解放します」
「おい、これでまだ不完全だったのか!」
寝耳に水、整備の鬼の名折れである。
「危険なんでプロテクトしてあります。東山さんはそれを調整してください」
「見返りは?」
涼介は指を天井に向けた。
「俺を月に連れて行ってください。あそこで、全てを終わらせます」




