どんな痛みより
- 朝霞駐屯地 -
GDS からの急報は朝霞にとって、いや、渡瀬にとってあまりに衝撃だった。
「総理、防空網は……」
大宮臨時政府との直通回線にかじりつく渡瀬の顏に、血の色はなかった。
『何とかしたまえ。もはや赤城は私の命令も受け付けん。それにみすみす百里や横田の戦力を消費する訳にもいかん。そもそも今回の計画は君が持ち掛けた物だ。長官代理の腕を見せてみろ!』
「総理!」
電話が切れた。
見捨てられたのだ。
「長官代理、防空体制完了です!」
オペレーターの報告に渡瀬は反応出来なかった。
……怖い。
相手は異星人の船、 Warwolf だ。敵う訳がない。
突如、轟音と共に大地が揺れた。
「目標発砲!北部砲門 80% 損耗 !! 」
渡瀬の背に、冷たい汗が伝わった。
-Warwolf ブリッジ -
「場所は伝えた通りだ」
中央の艦長席に座る赤城は、格納庫に通信を繋いで指示を飛ばした。
「シンは朝霞の発令所を押さえろ。香織は涼介くん救出。いいな!」
『了解 !! 』
- 仮設集中発令所 -
敵侵入の報を受けて以来、銃声は沈黙を守っていた。
外部の爆音がまるで、別世界の出来事であるような……そんな油断が渡瀬にはあった。
しかし、発令所のドアが突如破壊。声を上げる間もなく自衛隊スタッフが昏倒していった。
「……なにが」
呆然とする渡瀬の視界が揺らいだ。
……これは。
「渡瀬業務管理官、短い夢だったな」
AMのステルス モード。現れたのは Tomcat だった。
「この場は占拠した」
渡瀬は息を詰めた。
「き、君はTomcat、シン・オルコックか!丁度良かった、これから大切な作戦が……」
シンは拳を固めた。しかし、やっとの思いでその拳を渡瀬の背後の壁に叩き付けた。
「……ひっ」
大穴が空き、壁一面にひびが走る。
「殺されたいか!」
渡瀬は必死と首を振る。
「な、仲間じゃないか !! 」
「仲間だと !? ふざけんなよ !! じゃぁ何で謀反なんか起こしやがった !! 」
「そ、それは……わ、私だって地球の未来を憂いてだね……」
Tomcat は渡瀬の襟首掴むと、軽く投げ飛ばす。もんどりを打つ渡瀬は、痛みを忘れ、四つ這いで逃れようとあがいた。
「どれだけ無駄に仲間が死んだと思ってんだよ!お前の自分勝手で……」
『シン、もうやめろ !! 』
通信に相良声が飛び込んだ。
『殺すな!そんな奴のために、お前が罪を背負うな !! 』
……くそ !!
シンはかぶりを振った。
「渡瀬、しっかり償ってもらうぞ !! 」
- 監禁室 -
部屋の隅で膝を抱える涼介にも、鉄扉の向こうの騒乱は感じられた。
……でも、関係ない。
望みはただ、静かに眠り、夢を見させてくれればそれでいい。
……もう、疲れた。
『目を醒ませ、涼介』
リュオスの声が響く。
「許してくれよ……」
力なく首を振る。
「もう、戦いたくないんだ」
『迎えが来た。懐かしい、懐かしい匂いだ』
……迎え?
不意に鉄扉の外で激しい銃声。続いて壁が粉砕した。
「涼ちゃん、遅れてごめん!」
逆光の中現れたその機体、 15 年前最後に見た未起動の Wolf Guardian 。
「 Valkyrie( ヴァルキリー ) ……なんでここに」
「迎えに来たよ」
「その声は……香織?」
涼介の目に、僅かな光が戻る。
「 Valkyrie を使ってるの、香織か !? 」
目の前に立つ Guardian は頷いた。
「遅くなって、ごめんね」
「香織、無事だったんだ、生きてたのか!」
香織は Guardian を解除、涼介に駆け寄った。
「涼ちゃんのおかげだよ。だから、今度はあたしが助けに来たよ」
そして、香織は手を差し延べた。
「もう大丈夫。また、一緒に戦お」
その瞬間、涼介の表情が固まった。
「いやだ……」
「え?」
涼介は香織から離れようと壁に体を押しつける。
「戦いたくない……」
「だって……」
「俺やだよ、もう機甲体になりたくないんだよ!嫌なこと思い出すし、誰かをまた殺さなきゃならないんだ !! 」
「でも、涼ちゃん居ないと駄目なんだよ……」
「そんなことない!俺一人居たって何も……それに、戦いたい奴が、そうだよ、渡瀬みたいな奴が戦えばいいじゃないか!もう、何もしたくないんだよ !! 」
香織は涼介の胸倉を掴んで壁に押し付けた。
「あたしだって戦いたくないんだよ!何かを壊すなんて、大嫌いなんだから !! 」
香織は涼介より手を放し、そのまま床に崩れた。
「恵ねぇ、死んじゃったんだよ。それに、東郷さんだって……。戦いたくないけど、あたしを生かすために、死んじゃったんだよ。誰かが幕を引かないと、もっともっと嫌なこと増えるんだよ」
顏を上げた香織は泣いていた。
「戦ってよ!あと少しだけでいい、あたしが生きてる間だけ、その間だけでもいいから !! 」
『いいのか、涼介』
拳を握りしめ、奥歯を強く噛みしめた。
『何もしなかった、という後悔は、どんな痛みより辛いぞ』
涼介は大きく息を吐く。
「駄目だよ、香織……」
香織の肩にそっと手を置いた。
「だってお前、絶対俺より長生きするぜ」
「……え?」
「香織は死なせない。こんなことは早く終わらせよう」
涼介に、あの笑みが戻っていた。
「悪かった。出来ること、精一杯やる。まだ、兄さんとも話ついてないしな」
涼介は香織の手を取り、力強く立たせた。
「これ以上、なくしちゃいけないよな」
「うん」
……もう大丈夫だ。
「言っただろ、泣くなって」
香織は目を覆い、何度も何度も頷いた。
「だから、俺を宇宙に、月に連れて行ってくれ」




