保護観察
- 医務室 -
「あら教授……」
大根大学医学部助教授、横山祥子は医師執務室の先客に僅かばかりの戸惑いを見せた。
「久しぶりだね、横山クン」
腰掛けたソファより立ち上がる、白髪紳士。タンクトップの上に薄手のジャケットを着る、藤岡尚志である。
「しかし、教授はやめてくれ。もう大学関係者じゃぁないからね」
祥子は柔らかく笑むと、白衣を揺らして奥の机にファイルを置いた。
「なんの、まだまだ私の中では尊敬する教授ですわ」
「いや、やめてくれ」
照れ笑いを隠せない藤岡。祥子はそんな所を再び笑う。
「今日は涼介くんのために?」
「まぁな。少し心配事があってな」
祥子は肩をすくめた。
「あら、 GDS(Global Defense System) 本部の指名した私が責任者じゃ不安ですか?」
祥子の皮肉に藤岡は苦笑した。
彼女を指名したのは、 GDS 特別顧問の藤岡尚志に他ならないからである。
Global Defense System ……。
日本を中心とした世界規模組織の設立は 10 年前、例の災害から 5 年後のことである。
丹沢の衝突孔に本部を構え、元は危機管理室から分派した。当時大学側調査団の統率者的存在であった、藤岡が顧問として迎えられたのも自然な成り行きだろう。
その藤岡の脳裏を捉える不安……。
南米支部管轄、チリはアタカマ砂漠のパラナル山に構える巨大望遠鏡群、パラナル天文台より不穏な情報が報告されたのだ。月面のツェルコフスキー基地東方に未確認物体 (UO) の影。報告をうけ、基地より調査隊を向かわせたと言うが……その基地との連絡が途絶えていた。
急に黙り込んだ藤岡。祥子が気を利かせて、黙々と準備を進めている……と、
「横山クン、 SETI は知っているかな?」
「はい?」
祥子は背中で返事を返す。
「異星人の……でしたっけ?」
「うむ……オズマ計画が皮切りだった。地球外知的生命体を探るプロジェクト……」
……あの日から 15 年。
藤岡の眉間に皺が寄った。
「あれから 15 年。なにもなければ……と思うのだが。我々は、よもや抱えきれない危険な物を釣り上げてしまったのではないか……」
その疑問が、涼介の記憶に隠されている筈だ。
あの船より発見されたのが涼介。血液採取による DNA 鑑定でも、正真正銘のモンゴロイドと確定した。そして、警察の行方不明者リストにも照会。良かったのか悪かったのか……謎の失踪をした家族の一人であることが判明したのだ。
つまり……公然と政府管轄下に置き、監視を続けられるということだ。
あらゆる手を尽して覚醒まで 10 年の歳月を要した。
危機管理室から分派した GDS 。既にその顧問として名を列ねていた藤岡が、涼介の保護観察を任された。藤岡としても願ってもないことだった。この話がなければ、自ら引き取ることを申し出るつもりであったのだ。
沈欝に押し黙る藤岡へ、祥子は険しい視線を向けた。
「まさか教授、それが目的で涼介くんを引き取ったんですか?」
藤岡は顏を真っ赤にしてかぶりを振った。
「まさか!それだけの理由なら監視でも付けて、何処へでもやればいい」
この少年を……出来る限り自由に、普通に過ごさせてやりたい。
「ただ、不憫で……」
「不憫……ね」
俯いてくっくと笑う祥子。医務室側に言い争う元気な声が乱入した。
「その不憫で脳天気な子が来たようですよ」
医務室の戸が勢い良く開けられた。
「いいだろ、記憶なくたって俺はそこそこ幸せなんだし」
「なぁに呑気なこといつまでも言ってんのよぉ」
……どのへんが不憫なのやら。
祥子は再び笑いの虫に襲われた。
「はいはい二人っとも、先客あるんだから静かになさい!」
この子はどこでも順応出来る。
祥子は改めて確信を持った。




