幻だってかまやしない
- 月面 -
瞬きのない徨然たる星の下、荒涼とした月面砂漠の一点に突き建つ銀の楔。
ツェルコフスキー基地を襲ったトランスプラント・セルだ。
そこに、一艇の小型機が漂着した。
「おぅ、 Kastor 。機動隊長のご帰還だぜ」
「茶化すな」
Pollux( ポルックス ) と Kastor 。 Pavor 母身の親衛隊だ。
「 Syleus の実力は知っていよう。彼がここまでやられるとは……」
培養槽に浸かる洋介。意識のない彼の左肩は裂け、力なく蠢く心臓…… Pavor が僅かに露出していた。
「俺たちは二代目の Pleiades と殺り合っちゃいないからなぁ。実力は分からん。兄弟だ、手が鈍ったんだろうよ」
「ならいいがな」
この Kasor と Pollux 、 16年前の戦いでは、涼介の父に行動不能の深傷を負わされた。だから、涼介の Pleiades のことは殆んど知らなかった。
「とにかく、東京のセルが墜ちた。 Syleus が復帰するまでに、代わって準備をする」
Kastor は目を眇めて Syleus を見つめた。
……また暫く、母身の護衛に戻れなくなったか。
「よりによって、 Syleus が墜とされるとはな……」
- 朝霞駐屯地 -
眠りたい……。
拷問にも似た検査に、涼介の心は体以上に疲れ切っていた。
光の一切差し込まぬコンクリ打ち放しの監禁室。動く度軋みを上げるベッド。
しかし、そんなことは苦にならなかった。
湿った毛布の端を握り、声もなく震えた。
……恵美さんは死んだ。直哉も、そして遊撃隊の人も、父さんも母さんもみんな死んだ。香織は?香織が死ぬなんて耐えられない。
もう、何も思い出したくない。何もしたくない。
眠れば、眠ることさえ出来れば、幸せだったあの時に帰れる。
幻だって構やしない。いっそ、その幻の中で過ごしたい……。
不意に、鉄扉が開く。
「食事だ、食え」
それだけ言うと、男は素っ気なく立ち去った。
……腹が鳴る。
こんな時でも腹は減る。
涼介はもそもそとベッドより這い出し、床に打ち捨てられた盆に手を伸ばす。
冷たい……にぎり飯だ。
口に運び噛み締めると、固く味気無い。
しかし、やけに思い出されるのだ。出撃前に食べた、あの温かな鮭にぎり。
「……うぅ」
切なく熱い物が胸に込み上げた。
「香織……」
鳴咽で頬を濡らしながら、冷たいにぎり飯を詰め込んだ。
-GDS 医務室 -
「むほん~ !? 」
父、赤城修三より告げられた事実に、思わず香織は噸狂な声を上げた。
目を覚ましてより1昼夜、我が GDS はどんな魔法を使ったやら、体力までがほぼ回復傾向にあった。
製薬開発の鬼、小林先生曰く、「だって、折れていた訳じゃなし。矯正してしまえば後は簡単ですよ。科学の力、なめてはいけません」
正直それが不安……。
「あの渡瀬がぁ !? 」
医務室には主要幹部が丸椅子を集めて車座に額を寄せた。
「でも……何でこんなとこで監禁されてるの?」
香織の疑問ももっともだ。一同の視線は腕を組むシンに集まった。
「そこの偉そうな優男のおかげさ。シンに治療が必要だ、と強攻に主張したらね、監禁場所がここに決まった訳だ。お前のことを思えば幸いだったよ」
シンはウィンクを送る。
「お礼はデートで」
「すいません、スケジュールはお父さんに確認取って下さい」
ちらと赤城へ視線を送る。
長官職を失職した父親の殺気は本物だ。
「やだなぁ、長官も香織ちゃんも。洒落だってば……」
「本気だったらまた小林先生の世話になってるとこだったがな」
あまり冗談を言わない男だけに、赤城の言葉は笑えない。
「でも、どうしてなの?」
代わって藤岡が応えた。
「奴の入れ知恵でもあろうが、正直政府としても GDS を自衛隊に組み込みたかったんだろ。君の親父さんは政府の意向などお構い無しだからね」
白木補佐官と相良参謀はくっくと笑う。
「理由はどうあれ」
赤城が場を取り返す。
「奴が GDS 本部を掌握したのは事実だ。このままでは身動きが取れん」
そして、相良が大きく息を吐く。
「恐らく各支部に攻撃命令でしょうな。あの楔を一気に攻略する気だ」
「トランスプラント・セルだそうです。問題あるんですか?」
香織は首を傾げた。
「率直に言って、君はAMだけでアレを攻略出来ると思うかね?機甲体の Vega と Syleus を退けたのは、涼介くんだろ。彼がいなければ、全滅は必至だ」
相良の言葉に、香織は大切な存在を強烈に意識した。
「ねぇ……涼ちゃんは?」
香織の質問に、誰もが息を呑んだ。目が合わせられない。
「藤岡先生、涼ちゃんどうしたんですか?あたしを運んでくれて……それに、恵ねぇもいない」
藤岡は無理に作った笑みを向けた。
「涼介は生きてる。ただ……陸自の朝霞駐屯地に連れて行かれた」
生きてる。その言葉に胸をなで下ろす。
しかし、何かが変だ。
「連れて行かれたって?」
シンが嫌悪明らさま顏で言った。
「埒だ。人体実験だよ。あるいは、その力が怖いのかもな」
「そんな……。許せない!だって涼ちゃん、一番の功労者でしょ!しかも本当は最初の犠牲者なんだよ!なのにその仕打って何 !? お父さん、藤岡先生、いいの、それを許して!恵ねぇなら黙ってないですよ !! 」
……あれ?
自分の台詞に違和感を覚えた。
香織は不安な視線で、一人一人にこの違和感への答えを求めた。
空気が冷たい。誰も目を合わそうとしないのだ。
この空気……最悪の予感が胸を締め付けた。
やっと、父が香織を正面より捉えた。
「北条恵美隊員は、 Vega と刺し違えた」
……刺し違えた?
目眩を覚えた。ゆっくりと、その言葉が形をなす。
「し……」
言葉が出ない。まさかそんな。
しかし言葉と反し、目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
「めぐねぇ……」




