表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/63

幻だってかまやしない

     - 月面 -

 瞬きのない徨然たる星の下、荒涼とした月面砂漠の一点に突き建つ銀の楔。

 ツェルコフスキー基地を襲ったトランスプラント・セルだ。

 そこに、一艇の小型機が漂着した。

 「おぅ、 Kastor 。機動隊長のご帰還だぜ」

 「茶化すな」

  Pollux( ポルックス ) と Kastor 。 Pavor 母身の親衛隊だ。

 「 Syleus の実力は知っていよう。彼がここまでやられるとは……」

 培養槽に浸かる洋介。意識のない彼の左肩は裂け、力なく蠢く心臓…… Pavor が僅かに露出していた。

 「俺たちは二代目の Pleiades と殺り合っちゃいないからなぁ。実力は分からん。兄弟だ、手が鈍ったんだろうよ」

 「ならいいがな」

 この Kasor と Pollux 、 16年前の戦いでは、涼介の父に行動不能の深傷を負わされた。だから、涼介の Pleiades のことは殆んど知らなかった。

 「とにかく、東京のセルが墜ちた。 Syleus が復帰するまでに、代わって準備をする」

  Kastor は目を眇めて Syleus を見つめた。

 ……また暫く、母身の護衛に戻れなくなったか。

 「よりによって、 Syleus が墜とされるとはな……」


    - 朝霞駐屯地 -

 眠りたい……。

 拷問にも似た検査に、涼介の心は体以上に疲れ切っていた。

 光の一切差し込まぬコンクリ打ち放しの監禁室。動く度軋みを上げるベッド。

 しかし、そんなことは苦にならなかった。

 湿った毛布の端を握り、声もなく震えた。

 ……恵美さんは死んだ。直哉も、そして遊撃隊の人も、父さんも母さんもみんな死んだ。香織は?香織が死ぬなんて耐えられない。

 もう、何も思い出したくない。何もしたくない。

 眠れば、眠ることさえ出来れば、幸せだったあの時に帰れる。

 幻だって構やしない。いっそ、その幻の中で過ごしたい……。

 不意に、鉄扉が開く。

 「食事だ、食え」

 それだけ言うと、男は素っ気なく立ち去った。

 ……腹が鳴る。

 こんな時でも腹は減る。

 涼介はもそもそとベッドより這い出し、床に打ち捨てられた盆に手を伸ばす。

 冷たい……にぎり飯だ。

 口に運び噛み締めると、固く味気無い。

 しかし、やけに思い出されるのだ。出撃前に食べた、あの温かな鮭にぎり。

 「……うぅ」

 切なく熱い物が胸に込み上げた。

 「香織……」

 鳴咽で頬を濡らしながら、冷たいにぎり飯を詰め込んだ。



    -GDS 医務室 -

 「むほん~ !? 」

 父、赤城修三より告げられた事実に、思わず香織は噸狂な声を上げた。

 目を覚ましてより1昼夜、我が GDS はどんな魔法を使ったやら、体力までがほぼ回復傾向にあった。

 製薬開発の鬼、小林先生曰く、「だって、折れていた訳じゃなし。矯正してしまえば後は簡単ですよ。科学の力、なめてはいけません」

 正直それが不安……。

 「あの渡瀬がぁ !? 」

 医務室には主要幹部が丸椅子を集めて車座に額を寄せた。

 「でも……何でこんなとこで監禁されてるの?」

 香織の疑問ももっともだ。一同の視線は腕を組むシンに集まった。

 「そこの偉そうな優男のおかげさ。シンに治療が必要だ、と強攻に主張したらね、監禁場所がここに決まった訳だ。お前のことを思えば幸いだったよ」

 シンはウィンクを送る。

 「お礼はデートで」

 「すいません、スケジュールはお父さんに確認取って下さい」

 ちらと赤城へ視線を送る。

 長官職を失職した父親の殺気は本物だ。

 「やだなぁ、長官も香織ちゃんも。洒落だってば……」

 「本気だったらまた小林先生の世話になってるとこだったがな」

 あまり冗談を言わない男だけに、赤城の言葉は笑えない。

 「でも、どうしてなの?」

 代わって藤岡が応えた。

 「奴の入れ知恵でもあろうが、正直政府としても GDS を自衛隊に組み込みたかったんだろ。君の親父さんは政府の意向などお構い無しだからね」

 白木補佐官と相良参謀はくっくと笑う。

 「理由はどうあれ」

 赤城が場を取り返す。

 「奴が GDS 本部を掌握したのは事実だ。このままでは身動きが取れん」

 そして、相良が大きく息を吐く。

 「恐らく各支部に攻撃命令でしょうな。あの楔を一気に攻略する気だ」

 「トランスプラント・セルだそうです。問題あるんですか?」

 香織は首を傾げた。

 「率直に言って、君はAMだけでアレを攻略出来ると思うかね?機甲体の Vega と Syleus を退けたのは、涼介くんだろ。彼がいなければ、全滅は必至だ」

 相良の言葉に、香織は大切な存在を強烈に意識した。

 「ねぇ……涼ちゃんは?」

 香織の質問に、誰もが息を呑んだ。目が合わせられない。

 「藤岡先生、涼ちゃんどうしたんですか?あたしを運んでくれて……それに、恵ねぇもいない」

 藤岡は無理に作った笑みを向けた。

 「涼介は生きてる。ただ……陸自の朝霞駐屯地に連れて行かれた」

 生きてる。その言葉に胸をなで下ろす。

 しかし、何かが変だ。

 「連れて行かれたって?」

 シンが嫌悪明らさま顏で言った。

 「埒だ。人体実験だよ。あるいは、その力が怖いのかもな」

 「そんな……。許せない!だって涼ちゃん、一番の功労者でしょ!しかも本当は最初の犠牲者なんだよ!なのにその仕打って何 !? お父さん、藤岡先生、いいの、それを許して!恵ねぇなら黙ってないですよ !! 」

 ……あれ?

 自分の台詞に違和感を覚えた。

香織は不安な視線で、一人一人にこの違和感への答えを求めた。

 空気が冷たい。誰も目を合わそうとしないのだ。

 この空気……最悪の予感が胸を締め付けた。

 やっと、父が香織を正面より捉えた。

 「北条恵美隊員は、 Vega と刺し違えた」

 ……刺し違えた?

 目眩を覚えた。ゆっくりと、その言葉が形をなす。

 「し……」

 言葉が出ない。まさかそんな。

 しかし言葉と反し、目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちた。

 「めぐねぇ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ