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明日は雨か

     2

   Now,at present(現在)


  - 大根大学八王子校舎 -

 夕焼けに赤く燃える空に、一文字の飛行機雲。遥か上空で延び続けるそれは、金色に輝いていた。

 「明日は雨か」

  4 階の教室で、彼は小さく笑みを浮かべた。

 大根大学八王子校舎。

 既に学生の姿はまばらである。

 「涼ちゃん、帰らないの?」

 彼、藤岡涼介が振り返ると、戸口で髪の長い少女が首を傾けていた。

 「香織さぁ、ちゃんで呼ぶのやめようよ。俺、男だよ」

 赤城香織。同学年であり、家も隣の仲である。

 家……とは言っても、彼にとっては本当の家ではない。

 記憶と家族を失った涼介を、養父の藤岡尚志が引き取ったのである。

 ただ……藤岡が引き取る経緯に、政治的思惑と期待も込められていたのだが。

  15 年前のあの日、正体不明の物体が落下した丹沢。その内部で冷凍睡眠状態で発見されたのが涼介だった。謎の鍵として覚醒を急がれたが、目を醒ましたのが 5 年前。保存システム、回復力など奇跡と言っても過言ではない状況であったが、重要な物が欠けていた。

 ……記憶。

 以前の記憶が欠落していたのだ。そこで、保護観察の意味も込め、当時の調査団である藤岡元教授が引き取り、現在に至っている。

 「ダメダメ。涼ちゃんにカッコイイ呼び方は似合わないよ」

 香織に明るく言い放たれた涼介は、しかし苦笑を浮かべた。

 「ま、しょーがないか」

 鞄を持って教室を出た。

 「今日は年1の検診だから、先帰ってていいよ」

 後に続く香織は一瞬呆と視線を泳がせた。

 「そっか、ねぼすけ涼ちゃんが起きて、もう5年か。いいよ、付き合う」

 「来ても面白いことないけどなぁ」

 香織は首を傾げ、涼介を覗き込む。

 「保護者だよ」

 別に涼介が頼りない訳でも、香織が大人びている訳でもない。ただ、やはり記憶のない涼介に対する保護意識なのだろう。

 「記憶、戻るかなぁ」

 廊下を医務室に向かう香織の呟きに、しかし当の本人は、

 「まぁ、なるようになるって。それにしても、今時記憶喪失だもんなぁ」

 気楽に笑う涼介へ一言、

 「自覚がない!」



 校庭に植わる楠木の枝が、ざわりと揺れた。

 枝振りの多いそれの、一部が僅かに、ほんの僅かに不自然な色を見せていた。

 「あはっ。気楽だねぇ、ひとの気も知らないで」

 髪を後ろで無造作に束ねた女性が苦笑した。

 インカム一体型のスコープを覗きこむ彼女、その身は森林迷彩のツナギを着込んでいた。

 デジタルスコープに表示される情報に、素早く視線を走らせる。

 ……異常なし。

 映像に合わせて耳に届く音声……他愛ない会話にも特記事項はなかった。

 彼女は口許を歪め、インカムに苦情を漏らした。

 「こちら minx( ミンクス ) 。 phantom( ファントム ) へ。異常なし。いつまで監視すんのよ」

 『 phantom だ。真面目にやれよ』

 彼女は、ふん、と息を吐く。

 「あたしは地味なの向かないのよ」

 『先刻承知だ。ただな、 joker( ジョーカー ) もそっちだ。抜かるなよ』

 「あらま……。大げさね」

 『どうもパラナル天文台から嫌なデータが来たらしくてね。 spade( スペード ) が現地とやり合ってる』

 「それホント?詳しく教えなさいよ」

 彼女の口許が明るく微笑んだ。

 『やけに嬉しそうだな』

 「やだ、分かる?」

 イヤホンの向こうで溜め息が聞き取れた。

 『詳しくは知らん。 tomcat( トムキャット ) を向かわせた。それまで我慢しろ』

 「りょーかい」

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