地球は狙われている
第 1 章 邂逅
15year's ago ……(15年前)
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- 丹沢 -
新月の夜……静まりかえった暗黒を、突如矢のような光芒が斬り裂いた。
終焉の光……。
8 月の深淵たる夜空に、天の川を中心とした星たちが鮮明に煌めいていた。
その日は世界のスカイウォッチャーに語り継がれる日となった。
数日来続いた謎の天文ショー。夜空に花のような光が咲き乱れていたのだ。
NASA や ESA 、そして JAXAの観測システムも、吹き荒れる電磁波により使用不能。当然有人による大気圏外飛行も禁止された。地球人類には計り知れぬ、宇宙の神秘が空を塗り上げていたのだ。
そんな天体ショーも、唐突に終りを告げた。
一つの流星。
いや、流星など生易しい。まるでハレー彗星が大気圏に突入したような、巨大な火の玉だ。
それは関東平野に音速の衝撃波を残し、丹沢山中へ衝突。一瞬の閃光の後、その衝撃は地震となって近隣の建造物を倒壊させた。
ラスト・インパクト。
その衝突はそれより 15 年、そう呼び馴らされた。
ただ、知らなかっただけなのだ。
それが始まりだということを……。
これだけは分かっていた。
その衝突を境に、夜空を覆う天体ショーと、強烈な電磁波が終息した。
memory first
チキュウハ ネラワレテイル……
- 丹沢翌早朝 -
轟音と共に吹き荒れる風に、騒めく木々の葉が宙を舞う。
8 月の炎天下、うだる暑さに汗を流す赤城秀三は、積乱雲の空を見上げた。
……来たか。
ローターの出力を下げつつ降下を開始したヘリが、逆光を受けて黒く迫る。
厚木の自衛隊に派遣要請したシー・ホーク。乗るのは大根大学の面々だ。
丹沢のダムに敷設されたヘリポートへ高度を下げるそれへ、赤城は急ぎ駆け寄った。
「よぉ、赤城クン。スマンね」
惰性で回るローターの風圧に顏を伏せる赤城へ、ヘリの中より初老の男が声をかけた。
「いえ、これも仕事ですよ」
「つくづく役人ってのは因果なもんだな」
笑いながら降りたその男、大根大学宇宙人類学部教授、藤岡尚志である。
ヘリの扉より降り立った藤岡に続き、不健康に蒼ざめた老人が 4 人、顏を出す。
同じく大根大学の物理学、地質学、生物学、言語学教授である。
「……あの、藤岡教授」
藤岡は赤城に口を歪ませて見せた。
「まぁ急かすな。うちの頭脳を総ざらえしよう、てぇんだからな。ミュンヘンや北京で講演やってるのも居る。残りは明日だ」
赤城は頷いた。
大根大学は政府御用達の有識者集団だ。教授連の給料は高いが、有事の際には招集される。
しかし、全学部の教授が招集される事態は初めてだ。
ただ、目の前の事態こそが、前代未聞の事態なのである。
「それより、問題の場所に早く行きたいのだが……」
藤岡の背後で今にも吐きそうな教授たちも頷いた。
「はい。ではジープに分乗して下さい」
赤城の示す先に停まる、いかにも不整地を駆け抜けた泥だらけのジープ。
4 人の教授の脳裏に三半規管の悪夢が蘇り、恨みがましい視線を向けた。
ことは昨夜の隕石衝突。マスコミでは、「ラストインパクト」と見栄えのする呼称を、頼んでもいないのに準備しているそうだ。
丹沢山系に被害をもたらしたそれは、森林を多く内包する山様を大きく変質させた。即時内閣直属の危機管理室が現場へ急行。死者行方不明者の調査もそこそこに、警察と消防の立ち入りが禁止された。
異様な現場に政府は戸惑ったのだ。
専門家による慎重な解答……それが生存者の確認よりも優先された。
- 衝突孔 ( クレーター )-
「赤城クン、こいつぁ……」
関東ローム層の特徴たる赤土を剥き出した、すり鉢状の不毛地帯。未だ熱を帯びるその場に立つ 5 人の教授はしばし言葉を失った。巨大な長方形のなにかが、横たわるように埋もれている……ようだった。
「な……何だねこれは」
「あれだけの隕石で、あまりにも被害が少ないとは思っていたが……」
その驚きよう……赤城は昨夜の自分を見ているようであった。
「どうします、入りますか?」
隕石などではない。これは明らかに人工物……。
「入れるのか?」
赤城の思わぬ申し出に、藤岡は僅かに狼狽した。
「安全は確認済みです」
面前に屹立する建造物は、黒焦げていようと滑らかな金属であることを知らしめた。
「開けます」
赤城が無造作に壁面の一部に触れると、扉がスライド。教授たちは期待と不安に固唾を飲んだ。
- 内部 -
足を踏み入れた途端、その内部は光に満たされた。
「こ、これは !? 」
「乗組員を関知して、自動で点灯するようです」
……ほぅ。
感心しかけた藤岡は、その内容に違和感を覚えた。
「乗組員だと?」
赤城は顎を引いた。
「それも、恐らく異星人の……」
「……本気かね?」
「えぇ、本気です」
ブリッジらしき空間に出た。
「そして、これが問題なのです」
床に指を差す。
「……な」
チキュウハ
ネラワレテイル
「まてまてまて……。いいかい、キミは異星人の船と言う。しかもここはブリッジと。なのに何だね、日本語だ。英語でもなくフランス語でもなく、中国語でもない。ましてや概知外の文字では決してない。これは日本語の片仮名だぞ!」
ひとしきり腹の底を吐き出した藤岡は、室内をざっと見回した。
地球人類と変わらぬ身体特性を思わせる座席が5脚、計器の埋まる壁面に沿って配置されていた。そんな中、右端のコンソールへ赤城が無造作に歩み寄る。
「確かにその疑問も尤もです。しかし、これを聴いてみてください」
たどたどしい彼の指がキーを叩く。
すると……
「これは !? 」
一同にどよめきが生じた。
「日本語です」
冷静に応える赤城の向こうで、スピーカーより『ありがとう……こんにちは……』などの基本的な日本語が流れ出した。しかもその後、仏語、英語、独語、広東語……世界各国の言語が続けられた。
地球外知的生命体と人類のありかたを研究する藤岡の記憶に、以前参加したフォーラムが思い起こされた。
各国原語、宇宙、船……。
我々は孤独ではない。
そんなキャッチフレーズだった。
「赤城クン、これは異星人の…… SETI 計画なのか !? 」
「それ以前、ボイジャーかオズマ計画の名残かと……。それを踏まえた上で、貴方たちに判断していただきたいのです……このコンタクトを」
「しかし……」
藤岡の喉が渇きに張り付いた。
……なら何なのだ、この床の文字は !!
驚愕の思いに混乱する中、突如危機管理室のスタッフが駆け込んだ。
「室長、来てください !! 」
張り詰めた空気が炸裂するような勢いだった。
「どうした !? 」
赤城の声も、緊張に高くなる。
「人です !! 調査第5区画にて発見 !! 人です !! 」
恐れていたことが……
地球外知的生命体。
永きに渡り疑われてきた、その存在が遂に……。
赤城は慎重に言葉を選んだ。
「異星人が……生存して、中に居るのだな?」
教授たちの、背筋が粟立った。命の危険がひしひしと背筋に迫る。
「はい……あ、いえ……」
「どっちなんだ !! 」
赤城の一喝に、スタッフは大きく呼吸をして落ち着いた。
「冷凍睡眠と推測される装置の中に、僅かな脳波を残し、日本人の生存者1名、発見しました !! 」
「なんだと……」
どういうことなんだ !?
混乱する一同の目が、再び床に吸い寄せられた。
チキュウハ ネラワレテイル