おにぎり
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- 更衣室 -
気付けば昨日から着替えていない。
涼介は隊長の東郷に促され、更衣室に連れ込まれた。
「意外に背が高いな。サイズは 175 ……くらいか?」
へぇ……と涼介は感心した。
「よく分かりましたね」
「自慢にもならん。これを着ろ」
投げ渡されたのは、東郷も着る黒のツナギだ。ボディー・アーマーも付随し、重いことこの上ない。
「本格的ですね。ドキドキしてきまし……」
突然東郷がロッカーを殴りつけた。
「 Syleus を知っているのか?」
「……え?」
睨み付ける東郷には、殺気にも似た迫力があった。
「お前と Syleus はどいう関係だ!返答次第では……」
しかし、息を詰めるようにして逃げ場を探す、あまりにも脆弱な涼介に、東郷は先を飲み込んだ。
……こいつが機甲体だと !? 切札だと !?
そんな事実と、彼の過去が交錯した。
記憶を失い、冷凍睡眠中の 10 年を失い……恐らく家族も。恐らく家族も連れ去られ、運悪く……。本来なら、自分たちが守るべき弱者なのだ。そして、目の前の涼介には、肉体的にも、精神的にも、 18 歳の大人に成り切らぬ脆さがあった。
迂濶にも東郷はその時、彼を引き取った藤岡の心情を理解した。いや、分かってしまった、と言うべきか。
「くそ!」
東郷は振り上げた拳の代わりに悪態を吐いた。
「まぁどっちでもいい。奴からの伝言だ。『計画は発動した、永田町で待つ』だそうだ」
…… Syleus が。
涼介は唾を飲み込んだ。
「俺は……」
「関係ない」
東郷は背を向けた。
「お前が奴とどんな関係だろうと知らん。しかし、私は奴を殺る。やつを殺るのは私だ。近江の敵討ちを邪魔するなら、貴様とて容赦せん !! 」
東郷はもう一度ロッカーを殴り付けると、先に更衣室を退室した。
残された涼介は、
「まいったね……」
ツナギと格闘しつつ、眉を寄せて呟いた。
-GDS 集中発令所 -
「 Pixy からの映像、来ます」
正面に展開する大型ディスプレイにノイズが走る。数秒おいて、航空写真のような映像が鮮明に現れた。
首都高4号線と 国道246 号線に挟まれた、新宿区霞岳町……神宮だ。そこに、砲火と見られる光点が集中していた。
「さっさと拡大しろ!」
赤城の一喝に、神宮外苑前、 JR 信濃町駅が拡大された。そこに……。
「機甲体か!」
10 を越える機甲体。対して陸上自衛隊が防衛線を張り、装甲車と銃火機を用いて応戦していた。
それもあと何分保つのか。
「神宮外苑には何人の民間人が待避している !? 」
「約3千人です!」
赤城は相良をみやる。相良は顎を引いて受話器を持った。
「陸自に要請。前線を維持しつつ、民間人を連れて後退!後は GDS が引き受けた !! 」
そして赤城は格納庫に連絡。
「東山さん、 Wyvern へAMの搬入、急いでください!」
『急かすな。全 10 機には間に合わん。積み込みには6機が限界だ。いいな !? 』
飲むしかない。
Sound only の通信に、赤城は無言で頷いた。
- 待機室 -
更衣室を出た涼介は、しばし足を躊躇させた。
正面に大型のディスプレイを据えた室内に、折り畳みのパイプ椅子が雑多に並ぶ。そこで、黒いツナギの隊員たちが思い思いに雑談を交していた。
部外者には、にわかに立ち入り難い空間だ。
「涼ちゃん、こっちこっち」
右端の空間で手を振る香織。同じく黒のツナギに着替えていた。
その隣には恵美が腕を組む。
「おお、似合うじゃん」
香織の口許は笑っていた。
「からかうなよなぁ」
明らかに香織の方が様になっている。
「ぼやくと朝ご飯あげないぞ」
言われて初めて空腹を思い出した。
「座んな」
恵美は顎で香織の隣を示した。
「おにぎりだけど……」
三角形に海苔の巻かれた、ふわりと温かいおにぎり。掌に、ぽんと置かれた特大のそれを、喉を鳴らしてかぶりつく。
柔らかに握られた飯粒に包まれた塩鮭が口の中で鮮やかに広がり、心の内より熱い物が込み上げた。
「……どうしたの?」
胸が痛い。
涼介の心に様々な思いが交錯し、胸を締め付けた。
目に浮き上がり、溢れそうな涙を堪えながら、喉に押し込んだ。
「これ……うまい」
「うん、そうだね」
香織はただ、頷いた。
「でさ……」
不意に恵美に声を掛けられ、涼介は喉を詰まらせた。
「頬っぺた、ご飯粒付いてるよ」
「ふもご、ふもほも!」
混乱する涼介に、香織よりテルモスのお茶が渡された。
「東郷の兄さんに、何言われたんだい?」
喉を潤した涼介の動きが固まった。
「言われたんだね」
恵美に振り向いた涼介は、既に笑顔であった。
「いやぁ、俺素人だから、戦闘中の注意を少し」
恵美は舌を打つ。
「何を言われたか知らないけどさ、気にすんじゃないよ。あいつは思い込み激しいからさ」
「隊長のことになると姉さんは」
背後に煙草の臭い。
「元彼だからって、あまり喧嘩売っちゃぁいけないぜ」
恵美と香織が振り返る。
「シン!」
「オルコックさん!」
金髪の優男が白い歯を見せてウィンク。シン・オルコックだ。
「あんた、骨折いいの !? 」
「ね、どーなんしょ。どんな薬使ったやら、骨折や内臓の損傷が10 時間そこそこで回復しやがんの。勝手に実験台にしやがって」
喜んでいいやら悪いやら……。
しかし、楽観的なシンは気にしている風でもない。涼介の肩に手をかけ笑って見せた。
「君か、見掛けによらず強いってのは。俺はシン・オルコック、 tomcat だ。昨日は助かったぜ。よろしくな」
そして耳に口を寄せた。
「あの姉さん、美人のわりにゃぁキツい性格だ。隊長と別れたのもその辺らしい。気ぃ付けろよ」
「聞こえてるよ」
そして片目をつむる。
「ついでに地獄耳だ」
涼介と香織は思わず吹き出した。
「シン、ガラにもなく心配したんだから」
「光栄だね」
シンは恵美の隣に座る。
「恵姉さん、あんまり隊長につっかからんほーがいいぜ」
恵美は、ふんと鼻を鳴らした。
「つっかかっちゃないわよ。ただ、あいつのエラソーな態度にムカつくだけ」
「……これだよ。ほれ、噂のお人が来ましたぜ」
東郷隊長が正面の壇上に上がった。
「静かに、静かにしろ!おいシン、ここは禁煙だぞ!」
「ぅへぇ~い」
生返事を返すと、シンはポケットより携帯灰皿を出して煙草の火を押し付けた。
18 人からなる遊撃隊。昨晩の欠員により、ここに集まるのは 17 人……。
めいめいにくつろいだ雰囲気だが、張り詰めた緊張が痛い程伝わった。
「作戦方針が決まった」
東郷に視線が集中。
「昨夜より認識された機甲体を、侵略の意図を持つ異星人と断定、断固目的を阻止する」
隊員の一人が口笛を吹いた。
「いいね、エイリアンか。 GDS は地球防衛軍ってな」
「ふざけんじゃないよ」
恵美が釘を刺す。
「おやおや、惨敗した minx ちゃんかい」
「今ここで火遊びするかい?」
「やめろ!」
東郷が机を殴り付けた。
「私も惨敗した。そして、近江もな……」
水を打ったように静まった。
「AMの改装が遅れている。第一陣は私と minx 、 tomcat 、 rabbit 、 eagle( イーグル ) 、 elephant( エレファント ) だ」
一斉にブーイングが上がった。
「おいおい、殆んど負け組じゃねぇかよ!」
「元から壊れた機体の方が改装し易かったんだ!順次改装が終了次第、出撃してもらう !! 」
ぴしゃりと非難を抑え込み、神宮周辺の航空写真をディスプレイに表示した。
「まず、第一目標に、避難する民間人の待避支援。第二目標は永田町クレーターへの攻撃」
そして、機甲体の Eridanus と Syleus の映像に。
「見ての通り、異星人の機甲体はAMに類似している。敵味方識別コードを徹底しろ。それと……」
東郷は言葉を詰まらせ、映像を変えた。
「最も機甲体に類似した我が方の機体だ」
再びざわめきが。部外秘扱いだったが、この手の噂はまたたく間に飛び火する。既に知っている者が殆んどだ。
白地に赤のラインを引いた、スリムな機体。両目 ( センサー ) が青く光る。
涼介…… Pleiades だ。
東郷の視線が涼介に突き刺さる。
「第一陣に同行する。藤岡先生の御子息、藤岡涼介。機体コードは Pleiades 。識別コードを搭載していない。誤射には注意しろ」
東郷が同行に納得した訳でないのは見て取れた。
と、スピーカーより呼び出し音。
『格納庫より、 Wyvern の出撃準備完了。出撃要員は速やかに搭乗せよ!』
……来た。
涼介は胃に、掴まれたような痛みを覚えた。




