俺は、地球人なんだ
-GDS 東病棟待合室 -
寂漠とした空気が心に重い。
夜の 22 時を回った病棟は、館内の照明全てを落とし、常夜灯のみの薄暗い空気が人の心に侵食する。
肘周りが少し痛い。重い足を引きずりながら、香織は眉を寄せた。
……完敗。
AMは3機とも解体整備へ。そして涼介も……。
「暗いわよ、お元気娘」
目を上げると、ソファに恵美が座っていた。
「恵ねぇ……」
いつもと雰囲気が違う。
頭に包帯を巻いているから……いや、香織と同じく長かった髪が、今は肩口にも届かない。
「あ、これ?」
香織の視線に気付き、恵美は小さく笑う。
「あの機械男のせいよ。熱で焼けちゃって。ま、このくらいで済んで良かったかな」
香織の目頭が熱くなった。
怪我らしい怪我をしなかったのは香織だけなのだ。恵美は打撲多数、そしてシンは未だ診察室だ。
「なんて顏すんのよ。こっち来なさい!」
こくり、と頷き、香織は恵美の隣に腰かけた。
「オルコックさんは?」
シンは意識不明の重傷だったため、 Life save mode のAMを装着したまま病棟に運ばれていた。
あの爆発……AMを装着していなければ間違いなく死んでいただろう。
「まぁ、AMの生命維持装置の有効性は証明されたわね。右腕を剥離骨折って言ってたかな?あと、肋骨と内臓らしいけど、AM内で応急処置されてるから。心配ないって。技術部のオヤジ、東山さんが、AMより軽傷だ、って笑ってたわ。新開発のアミノ酸と蛋白質、それと Ca 加速剤大量投与するとかって、先生張り切ってたから。医局長と技術主任で、どっちが先に仕上げるか、ってんで賭けに出てたのには笑ったわね」
恵美は意地悪く、にやにや笑う。
「あの野郎なら人体実験にもってこいね」
しかし、香織は中々笑えない。
「何も……出来なかったね」
恵美は口端を大きく歪めた。
「気にしないの。あんたはあたしたち以上に良くやったじゃない」
「駄目だよ……」
香織は目を爪先に向けたた。靴が、ぼろぼろだ。
「嫌だった。こんな日が来るの。この日のために訓練するの、すごく嫌だった……。ただ、ありもしない脅威を笑い飛ばしながら、涼ちゃんの護衛も任務だってこと忘れてたかった……」
恵美は眉を寄せた。
「その割にはさぁ、あんたAMの成績、トップだったじゃない」
香織は苦笑した。
「ただ、負けず嫌いなだけだよ」
「あらま、たったそれだけの理由で」
「もっと巧く使えれば、大学の先生たち巻き込まなくて済んだかもしれないんだよ!」
顏を両手で覆うと、後は声にならなかった。
……まさか、本当にこんなことが。
恵美は香織の頭を抱き寄せて溜め息を吐いた。
「そうね」
……この娘にゃ酷だわ。
「……でも、それを言うならあたしもだよ。AMの性能差、で片付けるには悔しいよね。それに、もう始まっちまったんだ。あんたはまだ守る者、あんだろ。だから……」
「泣くなよ、香織」
……え?
不意に割り込んだ声に、香織は顏を上げた。
「涼ちゃん……」
目の前で涼介が何事もなかったかのように笑顔を見せていた。
「泣いてちゃつまんないぜ。笑ったほうがいい」
香織はぽかん、と口を開けてしばし言葉を失った。
「なんで……もう、いいの?」
驚きを隠せない香織に比べ、涼介はからからと笑い飛ばした。
「もう大丈夫。スッキリしたよ。条件付きで帰っていいってさ」
「だって、あんな……」
すると突然、恵美が大きく笑いだした。
「いい、あんたいいよ!気に入った !! 」
恵美はすっと立ち上がる。涼介よりも僅かに背が高い。
「あたしは北条恵美。恵美でいいよ。コードネームは minx だ。さっきは助かったよ」
おもむろに差し出された右手に、涼介は戸惑った。そこへすかさず香織の助け舟。
「ほら、AMの……」
「あぁ、なるほど。でも、大したこと出来ませんでしたよ」
しかし、恵美は涼介の右手を強引に掴み、大きく振った。
「助けられたことには変わりないさ。あたしもシンも……香織もね」
すると涼介は口許を大きく弛めた。
「ひょっとして、俺ってスゴい?」
香織の一喝、
「調子に乗らない!」
「でも……条件付きって?」
涼介は大きく溜め息を吐いた。
「香織と一緒じゃないと、ここから出られない」
恵美はくすくす笑う。
「あらま、保護者同伴か」
「ひどいなぁ、恵美さん。保護者はないでしょ」
ふと、香織が眉を寄せた。
何処かで……。
「ああ!恵ねぇ聞いてたでしょ !! 」
恵美はくるりと目を回し、すっとぼける。
「さぁて、なんのことやら。任務中のことは口外出来ないのよね」
「さいてぇ。覗き魔」
香織は舌を出して反撃。しかし、恵美は笑うばかりで相手にならなかった。
「……で、帰るって言っても、今日は帰れないよ」
「え、何だよそれ」
「あたし、待機命令出てるし……」
「おいおい、帰れなきゃ学校は……」
ふと、涼介の表情が固まった。
「しばらく休講になると思うよ……多分」
明るかった涼介の顏に影が射す。
……覚えている。
自分のせいで破壊された校舎を。自分が破壊した周辺地域を……。
「俺が……」
軽い頭痛が再び襲い始めた。息も苦しい。いや、これは胸が締め付けられるような痛み。拍動が耳にうるさい程だ。
「俺……変だよな」
苦痛に顏を歪める涼介が、無理に言葉を紡ぎ出す。
記憶が、少し戻ってきたのだ。
本来涼介の記憶は喉から手が出る程欲しい。しかし余程のことなのか、無理をすることにより苦痛が襲う。
言葉は悪いが、涼介は貴重な情報源だ。潰す訳にはいかない。
しかし、 Eridanus の出現により、プロテクトが外れ始めたようだ。
「思い……出したの?」
「少しづつ……」
苦痛と苦悩がないまぜになったような、涼介の目がやり場を失った。
「見ただろ。俺、あいつと同じなんだ」
「……でも、あたしたちのAMはそれを基礎に」
「違う。違うんだ。あれは Pavor への対抗策…… Guardian (ガーディアン)」
「パウォル !? 」
汗が吹き出した。血の気も下がる。
「いい、もういいよ涼ちゃん。今は……」
香織の制止にかぶりを振った。
「良くない……俺は裏切り者なんだ。でもこれだけは……」
血を吐く思いで、それでいて力強く、倒れながらも言った。
「俺は、地球人なんだ……」




