〜僕は後ろで見守るただのモブ〜
僕は高木 悠。
そして今は、高校1年、秋。
同じクラスの元住 花苗さんに、僕は一年もの間報われない片想いをしている。
ある日、学校から帰る途中、偶然にも彼女の秘密を知ってしまう。
「魔法少女!マジカルリボンハートッッ!」
声高らかに名乗りをあげる彼女は、華やかな衣装をまとい、魔法の力で悪の組織と戦う"魔法少女"だった。
*
「いってきます」
今朝も早く起きて、学校に向かう。
僕、高木 悠は私立レインボウ学園に通う高校1年生だ。
学園名については家族も友人も誰もつっこまないのが不思議だが、明るく校風の良い、素晴らしい学校だと思う。
さて、僕が毎日こんなに早く登校する理由だが……
「「「いーち、にー、そーれっ、そーれっ、にー、にー、そーれっ、そーれっ」」」
テニスウェアを着た女子達が一列になってグラウンドを走っている。
あの中で最も輝いている女の子……それが、元住 花苗だ。
ほどよく日に焼けた健康的な小麦色の肌、ちょこんと頭に乗ったハーフツインのお団子。そして、誰からも愛されるぱっちりとした黒い瞳。
校舎2階の1年C組の教室の窓からは、ちょうどよくグラウンドを見下ろせる。
彼女がテニス部に入部してからは、いつものようにここから彼女のことを眺めている。
ストーカーまがいのことをしているというのは、自分が一番わかっている。
だが、同じクラスだというのに話しかける勇気もない僕は、遠くから見ているだけで充分幸せなのだ。
ピッピーーー
「「「おつかれさまでしたー!」」」
朝練が終わったようだ。
テニス部の女子たちは、タオルで汗をぬぐいながら部室棟にぞろぞろと歩いていく。
僕は自分の席につき、カバンからノートと参考書を取り出した。
せっかく早く来たのだから、1時間目の英語予習をしておこう。
僕は勤勉な高校生なのだ。
ぽつぽつと他の生徒達も教室に集まってきた。
朝練組の部活生たちも大きなスポーツバッグを肩にさげてやってきた。
元住さんは、僕のいる窓際の席からやや離れた右斜め前の教卓のそばの席についた。
キーンコーンカーンコーン……
始業のベルが鳴る。担任の堀内先生が扉を開くと、がやがやしていたクラスが静かになった。
僕も開いていた本などを閉じ、机にしまった。
「みんな、おはよう!今日はいきなりですが、転校生を紹介したいと思いまーす!」
転校生?
静かだった教室がまた一気にざわめきはじめた。
男?女?
夏休み終わってから1ヶ月経つのに?
どんな子だろうね。
色々な声が飛び交う中、元住さんはぼうっと先生の顔を見ていた。
こういう時、元住さんは真っ先に反応して周りとしゃべり始めるタイプだが、今は他のことでも考えているのだろうか。
ガラッ、と教室の喧騒を割るように扉を開けて入ってきたのは、胸下まであるおさげの女子だった。
少し緊張した面持ちで教卓のそばまで歩き、それから教室全体を見渡した。先生が自己紹介するようにとその子をうながすと、こくりと頷き、前へ出た。
「こんにちは。宮代 エレナです。先月までヨーロッパにいました。よろしくお願いします」
たちまち教室で、拍手が起こった。お調子者の生徒がピューッと口笛を吹いた。
宮代さんは、まさにお嬢様というにふさわしい外見と振る舞いだった。
学校指定の制服の白いベストが、彼女のおとなしそうな雰囲気にとてもよくマッチしていて、よりお嬢様感を演じさせていた。
「じゃあ、宮代は元住の隣!先生のすぐ目の前で悪いけど、今はそこしか空いてないから!」
元住さんは、元気な声でよろしくね!と宮代さんに声をかけ、椅子を引いてあげていた。
人見知りのない彼女は、大人しそうな転校生ともすぐに打ち解けるだろうと先生も他の生徒も考えているだろう。
それにしても、元住さんの隣に座れるなんて、なんて羨ましいことだ。
僕も転校生になりたかった、なんて取り留めもないことを考えていると、隣の席のハルが、僕の机をトントンと指で叩いた。
「おしとやかな感じだけど、めちゃくちゃかわいくね?あのテンコーセー!」
ハルは、本名を斎藤 悠という。僕の名前と同じ字だが、読み方が違う。
そんな縁で、入学したばかりの頃から仲がいい。
「そうかな、僕は……」
元住さんの方が、といいかけて、すぐに口をつぐんだ。
ハルはそんな僕の様子になど目もくれず、宮代さんとラインを交換するためになんて話しかけるか、とかそんな事を話していた。
僕は、元住さんのことをハルにも、誰にも、話してない。
恐らく周りは、僕のことを勉強ばかりしていて女にも興味がないやつだと思っているだろう。
そう見えても仕方がない。
だって僕は、元住さん含め、クラスの女子と一度も口を聞いたことがないからだ。
男子たちとは結構気軽に話せるとは思うが、クラスの中で目立つようなキャラではないと自覚している。
それからあっという間に、今日の授業はすべて終わり、放課後の鐘がなった。
生徒たちは続々と教室を出て行く。元住さんやハル、宮代さんらもその波とともに消えていった。
僕はこのまま帰宅の途につく……訳はなく、グラウンドで部活動をする元住さんを見るために、教室に残った。
しかし、いつまで経っても、グラウンドにテニス部が現れることはなかった。
時刻はもう18時半。もしかしたら、今日はお休みだったのかもしれない。
僕は、教室を後にした。