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ワールドシェイパー 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 はっはっは、さすがのお前も、リフティングばかりは苦手なようだな。

 足先だけで、ボールがあっちゃこっちゃ飛んじまううちは、圧倒的な経験不足だ。まずは利き足使って、真っすぐ浮かせることを考えてみ? 角度とか力加減とか、自分にあったものを見つけてみろ。アドバイスを受けるとしたら、その先になってからだな。

 慣れれば……っと、こんな風に足以外の色々なところを使って、続けることもできる。

 代わってやりたいとこだが、体育の課題じゃあ仕方ねえな。ノルマ10回にどうにかたどり着いてくれ。


 しかし、ボールをつく遊びっていうのは、本当に古くから存在しているよな。

 手を使ったり、足を使ったり、果てにはこのサッカーみたいに、胸や頭を使ったり。人同士のスキンシップと同じで、ボールも始終触っていることで、相手との接し方が分かってくるもんだ。

 ま、人と違うのが、こいつらはどんな風に接しても、勘定や感情抜きで、無条件に俺たちを受け入れてくることだな。その分、見返りもうやむやにせず、きっちり用意してくれちゃうが。

 俺たちが行うリフティングもしかり。ボールつきの類に、一体どのような作用があるか、考えたことはないか? 

 俺自身、少し不思議な体験をしたことがある。休憩がてら、耳に入れておかないか?

 

 俺がサッカーをたしなむきっかけになったのは、両親がサッカー好きというところが大きい。

 当時の日本のサッカーは、発展途上レベル。機会があれば、海外で行われるサッカー試合の衛星放送を観戦していた。息子が世界のピッチに立てる大選手になることを妄想したら、ついつい食指が動いちまったんだろう。

 俺は両親の意向に流されるまま始めたクチ。それなりに上手くなったとは思うが、周囲には怪物クラスのセンスを持つ奴が多くて、すっかり埋もれちゃったな。家の中で特別扱いされながら育てられてきた俺にとって、初めて味わう「その他大勢」感だった。

 だが、そこで俺が腐らずに練習を続けられたのも、一緒に住んでいた祖父の影響が強い。

 

 祖父のモットーは「生涯勉強」。いかなることからも、何かを学び取ることが生きがいだと話していた。

 当時、ゆうに還暦を過ぎているにも関わらず、まだまだ元気でな。地域にあるシニアのバレーボールクラブで、熱心に身体を動かしていた。二回り以上の年下に混じって、だ。

 毎日、朝早くに起きて、家の庭でトスを上げる練習をしていたよ。オーバーハンドでもアンダーハンドでもワンハンドでも、狙った場所へ狙った高さで上げられるようにってな。

 一度、練習をこっそりのぞいて数えた時には、こなしたセット回数が1000を超えていた。

 それを見て、俺は驚くと同時に燃えた。周りが化け物ぞろいでも、練習量では負けられねえってな。

 実際、俺以上に練習を重ねている奴もいたろうが、それでも俺は自分が世界で一番、練習を積んでいると自負し、祖父の練習と並んで、リフティングに励んだのさ。

 近くに寄ってみて分かったんだが、祖父が打ち上げるボールは腕に触れるたび、「ザラザラ」と何かが転がる音がする。


 ――もしや、バトル漫画とかでよく見る、重りが入ったボール、なのか?


 祖父がミスしたり、機嫌を損ねたりして、重たいボールをぶつけられてはかなわない。練習中の祖父とは、常につかず離れずの距離を取っていたよ。


 あの時期、俺は携帯ゲーム機にうつつを抜かしていて、据え置きのゲーム機に関しては年をまたぐほど、ご無沙汰していた。そこへある日、祖父が「あのゲームで遊んでいいか?」と尋ねてきたんだ。

 パソコンが扱え、実際にゲームも含めた様々なフロッピーディスクを持っている祖父だが、テレビにつなぐ家庭用ゲーム機はまだやったことがないらしい。死ぬまでに知っておきたいとのこと。

「あいつらも構ってもらえないよりは、いいか」と俺は許可を出す。以降、俺が外出から帰ってくると、祖父は自分の部屋のテレビにゲームをつなぎ、遊んでいることがしばしばあった。

 祖父のスタイルは、ひとつのソフトを徹底的にやり込み、それが済むと別のソフトへ移って、二度とそのソフトを振り返らない、というものだった。

 更にはクリアしたゲームのロムカセットを俺の元に持ってきて、「買ってもいいか?」などと聞いてくる始末。事実、原価以上の値段を提示されて、俺は有頂天になる。

 いざとなれば、中古屋で買い直せばいい。そう考える俺は、相場以上の高値を出す祖父に言われるがまま、次々に古いゲームを祖父に払い下げていった。


 それから半年あまりが過ぎる。

 もう街路樹たちからほとんど葉っぱが切り離され、肌がむき出しになり始めていた。

 俺の入っていたサッカークラブは悪天候のプレーになれるため、荒天でもグラウンドをかけずり回る方針。冷たい秋の雨を浴びながら、ボールを追いかける俺たちだが、さすがに雷が鳴っては中止にせざるを得ない。

 親もびしょ濡れで帰ってくる俺のことを見越して、風呂には湯が張ってあるんだが、身体についた雨を拭うと、しばしば、べっとりとした泥の塊らしいものが付着していた。

 走った時に舞い上がった砂利の塊にも思えるが、やけにどす黒い色をしている。木炭や墨汁を混ぜ込んだかのようだ。

 祖父はというと、室内で高さをコントロールしながら、トス練習を欠かさなかったし、ゲームも抜かりなく取り組んでいた。

 もう、俺のものであるロムカセットの方が少ない。祖父は変わらず、すべてクリアしてからロムカセットを高額で引き取るということを続けている。

 

 久しぶりに雨が降っていない、朝早くのことだった。

 これもまたご無沙汰していた、室外での練習を、祖父と並んで行う俺。雨で濡れる中でもボールタッチを欠かさなかったためか、リフティングに関してはほぼ感覚でできるようになってきていた。

 祖父もいつも通りの見事なトスをあげている。けれどボールに関しては、祖父に長く付き合い続けたせいか、ところどころで乱暴にガムテープや、自転車のパンク修理に使うゴムがくっついていたりする。試合に使うわけではないから、修理方法が理にかなっているかどうかはともかくとして、すごい愛用ぶりだった。

 

 二人してボールをついていたが、空のかなたで、「ゴロゴロ」と耳障りな音が響いてくる。

 雷か、と俺も祖父も手を止めたが、空は東の方に朝焼けの赤がかすかに漏れ出しているばかりで、天気が変わってくるはずの西の空も含め、雲一つない晴れ模様。

 俺がいぶかしげな顔をする横で、祖父はそっとボールを胸に抱える。右腕でしっかりと包みながらボールを回していき、一番大きいガムテープを張った箇所を探り当てると、そこへ左指をかける。


「気をつけろよ。誰かがこの世界であることに、不満を抱いたみたいだ。間もなく、世界は生まれ変わる」


 再度、鳴り響く雷の音を聞きながら、祖父はいっそうボールを包む腕に力を入れたようだった。


「変化はいつも、後出しじゃんけん。焦ることはない、待ち受けるのだ。だが、のんびりもいけない。戻りきらなくなるからだ」


 そう祖父がつぶやいた直後、三度目の雷が鼓膜を揺らした。


 とたん、空を虹が走る。布の上に走らせたローラーを思わせる勢いで、これまで空に立ち込めた青が、波濤はとうを受けた浜の砂のごとく、七色にその身をさらわれていく。

 変化は空だけじゃない。空の真下に並ぶ、建物と地面にも表れた。建物は造形もそのままに全身を茶色く染め、一方の地面は銀色の輝きを帯びていく。その速さは文字通り、「あっ」という間のことだった。

 その一瞬で見た。丈夫な家々は、屋根も壁も柔い泥と化し、逆に地面は強固きわまりない鋼に姿を変えたんだ。俺たちをはるか後方へと置き去りにしていった七色の波頭なみがしらは、すでに見えなくなっている。

 びゅう、と風が吹きつけた。軟泥なんでいと化した家屋には、耐えがたい仕打ち。ぐらりと全体が傾げ、崩れるか否かという直前で。


 祖父がボールのテープを解いた。大きく開いたボールの穴からは、先ほどの七色とは正反対の、灰一色の煙が湧きあがった。

 バレーボールの中に、どうやって入り込めていたのか、と思うほどに湧き出す煙は、噴水かと思われるほどの勢いで空へと飛び立つ。そして我が家を中心として放射状に、先ほどの七色の波に負けない速さで広がった。

 また俺が「あっ」と叫んだ時には、空には青、家々には壁が、地面には土が戻り、ほんの数秒前と変わらない光景が広がっている。

 間近で祖父の動きを見ていなければ、錯覚だと思っていたに違いない。


「――やはり、注がれた愛がすごいな。混ぜ合わせたら、瞬く間に世界を取り戻してしまったわ。わしらがゲームで操ってきた英雄たちも、世界を愛していたのじゃろうなあ」


 そうつぶやきながら、ボールのテープを戻す祖父。だが俺はボールの穴の中身がちらりと見えた。

 その中には、ぐずぐずに溶けた緑色の基盤やフロッピーディスクのラベル。そしてロムカセットが持つ、本体との端子部らしいものが、詰め込まれていたんだ。


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