しあわせはいずこに
「昨日の心霊のやつ見たぁ〜?」
「あぁ! みたみた! あれ怖かったよね〜」
「おい、一年の石田が補導されたってさ!」
「馬鹿だなぁあいつ」
「あいつほんときもいよねー」
「あれ、俺のスリッパ誰が隠した?」
「教科書貸してくんない?」
「みくちゃん彼氏できたって〜。いいよねー」
「俺この前バイトやめちった! ははは」
がやがやがやがやがやがやがや。
煩わしいクラスメイトたちの声は、がんがん頭に響いてくる。
「ねぇ、文子ちゃん。次の授業なんだっけ?」
前席に座る女子の声は甲高く耳につき、より気分を不快にさせる。
だが、この子が悪いわけじゃない。その声と私の捉え方が悪いだけだ。
「そんなの時間割表見れば分かるでしょ。数学よ」
「あ、そうなんだ。ありがとう!」
そう言っていそいそと数学の教科書を机上に置く。それを横目に窓の外を見る。
晴れ渡っているでもなく、曇りきっているわけでもない微妙な空。
嫌いな天気だ。
「文子ちゃんは何してるの?」
暇を持て余したのか声をかけてくる。大して仲良くもないのに。
正直、喋ることはない。けれど、無視をするわけにもいかない。孤立して目立つようなことはあってはならないのだ。
女子ってほんと面倒。男子のように能天気でありたい。もしくは男になりたいとすら思ってしまう。
「いや、晴れないかなって......」
「えっとたしかねー、今日は曇りのち雨だったかな?」
「そう。じゃあ、晴れそうにないね」
そんなことは知っていたが、素知らぬ顔で頷く。
天気という瞬間的な話題であったため沈黙が訪れるかと思ったけれど、目の前に座る同級生は話したがりであった。
「ねぇ、昨日何見てた?」
ふわふわとしていて主語のない言葉だ。まったく。
おそらく、テレビのことだと思われた。
「私は、まあ、ニュースかな......」
ニュースでは話題など見つからないだろう。自分自身でも、どう切り返せばいいのか分からない。
しかし、コミ力の高い同級生にとっては朝飯前らしかった。
「へぇ、なんか面白いニュースあった?」
面白いニュースとな。
はてさて、ニュースに面白いものなどあっただろうか。
どれも他人事でしかないため、すぐには思いつかない。いや、いくつか思いつきはするのだが、それが面白いのかつまらないのかが分からない。
とりあえず、自分たちに近いニュースを振ろう。
「えっと......、高校生が自転車で人をひいちゃった、とか?」
「あっ、それ知ってる! 怖いよねー」
笑顔で同調しながら言える内容ではなかったと思うのだけれど。
スマホをいじりながら自転車を漕いでいて、老人にぶつかり死亡させた事故。
決して、怖いという一言で済む問題ではない。
しかし、そんなことは言わない。
だって、ニュースの内容は所詮他人事でしかないから。
「そうだね、気をつけないとね......」
「ゆりー! ちょっと来てー、これ面白いよ!」
「あ、うん!」
そして、すぐさま目の前から立ち去る。
ちょうど良いタイミングだった。彼女もいつ抜け出そうか悩んでいたのだ。
もう一度空を見る。わずかながらに見えていた青色は、灰色と黒色の雲に覆われていっている。
もうすぐ、雨が降り始めるだろう。
教室は、今もなお騒がしい。楽しげに、嬉しげに、能天気に、笑っている。
明日は我が身かもしれないというのに。
まるで、羊のように思えた。
きっと彼ら彼女らは従順に順調に大切に育てられ、社会の歯車となっていくのだろう。
そして、毛皮という名の税金を死ぬまで払っていくのだ。
その事に関して思うことはない。
他人事でしかないし、私も同じように育ってゆくのかもしれないのだから。
しかし、それは幸せと呼べるだろうか。
よく両親に言われる。「社会は死にたくなるほど厳しい」と。
ならば、一定の幸福得てから、苦しまずに死んだ方が楽で幸せではないのかと思ってしまう。
そう思ってしまうのは、喜びも悲しみも何もかも、全て一過性のものにしか過ぎないと私が感じているからだろうか。
疑問は尽きない。
思考の坩堝に嵌りそうになった時、チャイムが鳴り響く。
とりあえずは、考えても仕方がない。馬鹿の考え休むに似たりとも言うし、私は少々考えすぎなきらいがある。
今は学生。この比較的自由な立場を楽しむとしよう。
今日もまた、同じような日々が過ぎてゆく。
誰かにとって幸せな、誰かにとって不幸せな日々が。
ああ、願わくば、私に幸福を。
このままでは、壊れてしまう。