謎の男
昼休みが終わり、午後の授業も適当に過ごした後の放課後。部活に所属している訳でもないので保志はそのまま帰路についていた。そんな折、保志は前に『週刊(俺の)彼女を造る』を譲り受けた古本屋の通りを横切る。いつも何気なく通過している通学路の道に過ぎないのだが、ふとその古本屋を覗こうと考えて居たところ、古本屋にはシャッターが掛かっていた。真ん中に一枚の張り紙が貼られている。
『都合につき閉店致します。長い間ご愛顧を賜り本当にありがとうございました』
素っ気も無さげな悲しい一文である。元々保志が始めて立ち寄っていた時点で店の状況はあまり良いとも言えなかったのである意味仕方が無かったといえるだろう。
「・・・反応なしか」
保志の横で不意に独り言をつぶやく男の姿があった。まだ冬でもないのにコートを羽織っていて、サングラスに帽子とやたら胡散臭げである。シャッターを見つめながら男は独り言をそのまま続く。どうやら男は保志の存在に気づいていない。
「二か月前に同志から連絡を受けて駆け付けたはよかったが少し遅かったか。対象は別の場所に移ったと考えるのが妥当か・・・・・ん」
男は保志の存在に気付く。やや引き気味の保志を見て、男も少し赤面した様子だ。サングラスをかけているとはいえ割と表情が出やすいのか先ほどの口ぶりに反して慌てている。
「き、君、こんな所で何をしてるんだいっ」
「どうも何も通学路ですよ。ここ」
「あ、あはは。そうだねっっすまないなぁ。ゴメンの」
それ以上特に言わず、男は足早に去っていった。
(変な奴過ぎる・・・・)
内心そう思いつつも保志は特に気に留めず、そのままその場を後にしたのだった。
一方、同じ時間帯での保志の部屋。そこでは兄広志が弟の机を許可も無く物色していた。その真下には破られた保志宛の小包と、一糸も纏わず横たわる例の人形の姿が。広志は無我夢中で机を物色し続ける。
「・・・・・これか」
広志が探していたのは、『週刊、彼女を造る』の創刊号に入って居た鍵である。これを見つけた後、広志は横たわる人形を抱え、頭部のうなじ部分の髪をより分ける。するとそこには鍵穴の入るくらいの穴があった。
「おらよ」
広志はその穴に鍵を突っ込む。
「!!?俺は・・・いったい何を?」
その直後である。広志は思い出したかのように我に返ったのだ。周りを見渡す。その光景に広志は驚愕した。いつもなら自室で寝転がっているはずなのにいるのは弟の部屋で、辺り一面に机から出されたモノが散らかっている。よく見ると部屋のゴミ箱も横になっておりゴミが散乱している。広志自身、ダメ人間であることには多少自覚はあったが、他人の部屋をここまでしないし、身内とはいえ他人の部屋や物品を物色するような下劣なことはしない。それだけに一連の状況が理解できなかった他、記憶にある弟の部屋荒らしにも全く見当がつかない状況だった。自分自身ですら驚き、呆然と座り込んで罪悪感にさいなまれ始めた時、ふと、先ほど人形のうなじ髪をかき分けていた手を見つめる。その時抜けたであろう人形の髪が付着していた。そして彼は異変に気付く。直前まで横たわっていた人形がいないのだ。
(あのラブドールまがいは・・・)
そう考え振り向いた直後だった。
ガッ
と広志は首を絞められた。絞めているのはあの少女の人形である。ゾッとするような恐怖に襲われる。
「ぐっ、はっ」
広志の意識が朦朧とする。抵抗しようともがこうとしたとき、人形は勢いよく彼を壁に叩きつけた。激痛に悶絶する間すら与えられず、さらに彼女は無意識のうちに広志が持ち込んでいた台所の包丁を彼の腹部に突き刺す。倒れこむ広志。そのままそれは保志の部屋の窓を突き破りベランダへ。飛び散った破片の一部が広志の頭部に突き刺さる。人形はそこから一瞬で飛び降りていく。消えかかる意識の直前で広志が見たのは、あの実寸大の人形が動いて、自身に襲い掛かるというとんでもないものだった。何よりその時の人形は、人形とは言えず、ほぼ現実の少女と変わりない生き生きしていたということである。しかしその瞳にハイライトは全くなく、行動は殺意に満ちていた。そして直後、広志は広がってゆく血だまりの中で意識を失うのだった・・・・。