春川リコ
曇天な空の下での昼休みの事だった。天気予報によれば雨自体の降る可能性は低いらしく、実際この時は降ってもいなかった為保志は屋上で一人弁当を食べていた。そんな保志の下にとても彼には似つかわしくない来客がやってくる。春川リコだった。向こうの様子的にも一緒に弁当でも食うとかそんなシチュエーションではなさそうだ。利き手に二枚ほどプリントを持っている。彼女はそれを保志に手渡した。
「藤井君これ。昨日の八木沢先生の課題プリント。昨日貴方休んでたでしょ。」
随分と丁寧な気遣いである。人形の服が届いて兄である広志と色々あったというのもあるが、純粋に面倒だったため風邪でもなく昨日休んだのだった。その日のうちに配布物は自身の机に本来は入って居るのだが、春川リコ曰く、保志が休んでいるのをいいことに中原ら一部の男子達が紙飛行機にしたり、くしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てたりしていたらしい。
(そういや空だったわ。今朝の俺の机。まぁ今日に限った話じゃないけど)
「ご親切にどうも。でもあんま接点ない俺なんかにここまで親切でいいのか?もしかして春川さんって俺に気があるのかな?」
そんな春川におちょくりと八つ当たりと皮肉と冗談をこめた一言を言う保志。
「別に。八木沢先生って提出物厳しい上にプリント一度渡したら絶対何があっても二枚目渡さないから。それに最近副委員長になったし、そのポイント稼ぎも兼ねてよ」
「そういや高橋退学したんだったけか・・・・」
高橋とは前任のクラス副委員長を務めていた少女である。保育士志望で活発だったが、元々喫煙と飲酒の常習犯だと噂されていた上に、アルバイトと称して売春に手を染めており、補導をキッカケに自主退学したのだった。英語教師であると共に進路指導でもあった40代独身の八木沢は高橋の退学以降、非常に機嫌が悪く、異性である男子生徒中心に差別まがいの真似を度々授業で行っていた。割と軽率な行動が多かった中原の様なタイプの男子は格好の餌食となり、クラスメイトの退学や噂の雰囲気も手伝って最高潮にクラスの状態は(元々そんなに良くないとはいえ)悪化していったのだった。噂によれば八木沢は高橋の事をかなり気に入っていたそうだ。元々の偏屈さも相まって、もし保志がプリントの提出をしなかった場合(まだ出すか保志自身決めていないとはいえ)、槍玉になった可能性は高いだろう。尚高橋退学後に春川がクラスの副委員となったのだった。
「提出期限は来週の火曜までだから。さっさと出しときなよ。あ、プリントの事は気にしなくてヘーキよ。コンビニで私の奴コピーしといただけだから、多分八木沢先生も気づかないわ」
「あざっす。しっかしメンドイ課題。問題数多すぎだろ。」
「まぁ穴埋めだから。それに藤井君そんなに馬鹿じゃないでしょ」
「馬鹿に決まってるだろ。第一こんなの単語と文法暗記してるかだし、大して勉強してない俺にはしんどい限りだわ」
「でも中学の頃は神童とか言われたそうじゃない。K高(進学校)受けてたって話もあるし」
「昔過ぎ。所詮中学までのあほくさい栄光だよ」
「そうかなぁ・・・藤井君結構できそうな気もするけど」
春川の謎の買い被りぷりである。その理屈はどのあたりから沸くのか保志には甚だ疑問だった。皮肉かもしれないのだが、イマイチそんな雰囲気でもない。この時の保志にとっては彼女は非常にいけ好かなかった。
「同じトコ落ちた身としてはそうあって欲しいって奴かな。春川的に」
故に保志は彼女をこう皮肉った。一瞬ムッとした表情を見せた春川だがすぐに普段の感じに取り直し保志の問いにもう高校受験の事は気にしてないといった旨の返答をしてきた。
「じゃあ。頑張ってね。」
微笑んだ後そう言って春川は去っていた。
「よく分からねぇや・・・・」
まっさらな状態の課題プリントを眺めながら保志はそう呟いた。春川リコ。保志と同じ第一志望落ち。母子家庭で、奨学金を加味しても私立高を受けるのは厳しかったらしく、追加募集のかかっていたこの都立に進学したそうだ。それでもキツイらしく本人はアルバイトもして模試やスカラシップなどの制度を利用しつつ予備校や進学に向けての資金を調達しているそうだ。にも拘わらず文武両道の美少女と、まるでラノベだった。だからだろう。こんなあまり優秀とは言えない高校の中で数少ない優秀な異性でありながらも、保志は春川リコという人物が、彼女を裸にして犯そうとする妄想すら屈辱に感じ、一瞬血迷って連想しても直ぐに憎悪で無に帰すくらいに嫌いだった・・・・。