全容、掴めず
まだ完成すらしていない一糸纏わぬ首無しの等身大の人形に欲情する保志。上着を完全に脱ぎ捨て、ズボンをずり落としていた矢先だった。
「おーい保志」
ノックもせず兄である広志が部屋へ入ってきたのである。そして彼が目にしたのは首無し全裸の人形と対面しつつ、上半身裸でパンツ一丁と化していた、自身の弟の姿である。一瞬にして言葉を失ったのは言うまでもない。
「・・・・あっ」
保志に弁明の余地は無かった。異性の姉妹とかならそのリアクションはより悲惨なものになっていただろう。皮肉にもこの時ばかりは同性の兄弟であった事が幸いした。広志は深くは追求せず、とりあえず服を着ろと保志に催促するとこの首無し人形について保志に説明を求めたのである。
「そういうことか・・・」
広志は一応納得してくれた。とはいえこの奇妙すぎる珍事ゆえにまだ現実感を帯びていない様子でもあった。
「うん。正直最初は無我夢中だったよ。疑問はあったけどパーツが届く限り作ろうとは思って、気付いたらこんな感じになってた」
「そうか・・・。でもこんな精巧で、おまけに殆ど等身大の人形って事は、お前金はどうしたんだ?」
「払ってないよ。譲ってもらった創刊号の定期購読のハガキを全巻って丸付けて送ったら、ずっとこんな感じ。振込用紙も全くなし」
「俺も普通に宅配もらってるから着払いって事もなさそうだしなぁ・・・となると」
広志は持ってきていた大きめの小包を保志に見せた。
「・・・これは?」
「多分、今日の分じゃないか。パーツ的におそらく」
それは保志宛に届いていた『週巻彼女を造る』編集部からの代物だった。
保志は広志から小包を受け取り包装を開けていく。すると中には案の定、人形の首から上の頭部と、一枚の紙が入って居たのである。頭部の詳細より先に、同封の紙を取り出す保志。
「振込とか請求書か?やべぇな一気に来るんじゃねぇのこういうのって」
「いや違う。」
保志は用紙に書かれた内容を一読する。編集部から保志様へという定期購読している(買っているわけでは無いが)保志に宛てた手紙の様な内容だった。それによれば既に『週巻彼女を造る』は廃刊していて、編集部に残っている冊子と付録をを保志に送っているとのことだった。そして次号で最後であるということと、編集部からのご厚意であり代金はいらないという、あまりにも出来すぎた話だった。
「うさんくせぇな・・・。しかもなんか怪しいな」
広志が言う。
「でもパーツは届いてるし・・・・」
「タダより高いモノはねぇよ保志。この編集部とやらはこっちの住所知ってるし、この調子でとんでもないモノ要求されたりしたら面倒だぜ」
「わかってるよ。もしそうだったら無視すればいいし、クーリングオフだって考えるさ。」
「通販だろ。これ」
「契約なんてはじめから無かったさ。向こうが勝手に送ってきてる訳だし」
「そりゃそうだが・・・」
ややたじろく広志。一方で保志は臆面もせず、頭部を取り出し、胴体に黙々と取り付けていた。
「出来た・・・」
保志は言った。遂に完成した人形。大きさは保志より背丈が少し小さいほどで、ほぼ実寸の同年代少女と同じくらいだった。顔はさすが人形だけに破綻なく整っていて、正に美少女といって刺し違えない。
「二次元っぽくねぇなと思ったけど、ガチで三次元な感じの人形か。目をつぶってるけど今にも起きそうだなこれ」
「随分淡白な感想だね兄貴」
「三次元はどうでもいいからな。しかし・・・・」
広志はそう言いながら人形の胸を触ろうとする。すかさず保志はこれを制止した。
「何しようとしてるんだよ」
「別にいいだろ。本物じゃないんだし」
「下手に汚されると返品できないだろ」
三次元は別とか言いながら少女の人形を触ろうとした兄に、呆れた口調で保志は言った。
「もうあっち行ってくれ。」
「そうかよ。わかったわ。お前も下手に汚いイチモツの汁ぶっかけるなよ。返品できてもライト当てりゃ即バレっからよ」
そう捨て台詞を吐いて広志はその場を去るのだった。
(うるせぇよ。てめぇなんか毎度ゴミ箱ティッシュ包みまみれじゃねぇかよこのシコ猿がよ・・・)
保志は内心で吐き捨てるように兄に対し悪態をつきながらも、母親の帰宅時刻が近づいていることもあり、黙々と完成した少女の人形にゴミ袋を簡単に加工した袋で包みクローゼットにしまい始める。保志はふと少女の顔がどこか以前夢で見た少女の顔に似ていたように感じたものの、その夢自体も大分前のことであり、ほぼうる覚えと化していたことも相まって、あまり大きな印象にはなっていなかった。しかし微妙に残る既視感が、何か保志の頭の中で、引っ掛かり続けていたのだった・・・・。