空箱
帰宅後、家では保志の母親が台所に立って水仕事をしていた。
「お帰り、遅かったわね」
「ごめん。ちょっと寄り道してた」
「そう。でもほどほどにしてね。」
「分かった。ところで兄貴は?」
「サークル活動だって。何がいいんだか・・・もっと他の事もあるだろうに。教師になるっていうから無理して大学行かせてるのに教職課程も途中で止めちゃって・・・ほんと何考えてんだか」
「・・・・」
相変わらず糞な長男だと思う保志。
「行く意味無いなら辞めさせたら?」
「出来るならしたいわよ。それで先月あたしがそれ言ったら『ふざけるなよ。俺が頑張ってるのを阻害するつもりか』ってものすごい勢いで怒鳴り散らしたじゃない。母親のあたしに。近所にだって丸聞こえよ。ほんと情けない。それにもう二年。お父さんもあたしも何とか通わせたのよ。二年通わせるだけでも相当お金がかかってるのよ。ここまで来たら卒業してもらうわ。もし留年や中退なんて言い出したら、この家から追い出してやる!」
「ごめん。とにかく落ち着こうよ母さん」
深い意味無く保志はいったつもりだったのだがどうやらかなり母の琴線に触れてしまったらしい。元々そんなに気長な性分ではないのだが今日はいつになく不機嫌だ。
「仕事大丈夫だった?」
「大丈夫なわけないじゃない!先週からずっと早番か遅番ばかりのシフトを入れられてこっちはもうクタクタよ!」
「そういえば店長が変わったって言ってたね。その影響?」
「そうよ!山田(母親のパート先の店長名)!!あいつ若い子にばっか色目をかけて、あたしらおばさんパートをシフト表の駒位にしか思ってないのよ。新商品について聞いても全然答えないし、おまけに(ry」
母親のパート先での愚痴タイムが始まる。ほぼ保志の一週間の日課の一つと化していた。学校が終わり、家に帰ると、親の仕事の愚痴で晩飯の直前まで付き合わされる。無論毎日ではなく、母親が帰宅するのが早い一週間の内の2~3日そう言った事があるくらいだ。とは言えパート先の店長が変わって折り合いが悪くなっていたらしく、非常に厳しいシフト体形が組まれてからはその頻度は増大していた。しかも兄の大学の一件があるため迂闊にシフトを外すのは難しく、更年期バフがかかっていることもあり、日中接する機会が相対的に多い保志は安定のサンドバックだったといえる。兄自身はそれが分かっていたこともあり、母がいる時間を極力外に出て誤魔化していた。母の愚痴を聞きながらも保志自身、内心兄への恨みは募っていた。
しばらくして愚痴が終わり自室へと入る保志。帰宅中スポーツバッグにしまっていた『週巻(君の)彼女を造る』をようやく取り出した。改めて中身を拝見する。
「空じゃん・・・」
絶句した。パーツが入っていたとされる部分には何も入って居なかった。冊子自体は入って居たのだが他に何もない。店主の言っていた中身だけ無いパターンの代物だったようだ。
(だが重さは多少感じた。なんか入って居るハズ・・・)
再び保志はくまなく空箱と化した中身を探す。するとどうだろう。空箱を振った時にポトンと何かのカギらしきものが落ちてきたのだった。
「これって・・・・」
保志はカギを凝視する。家の鍵にしては小さいため自転車や小型の金庫とかに使うようなモノだろか?いずれにせよ、この鍵だけでは重みの証明にはならないし、冊子に書かれてる付録内容とは全くの別軸のものであるということは明白だった。しかし結局その後も何も見つからず、成果は無駄に大きい空箱と付属冊子、用途不明の鍵だけだった。家の鍵などであれば警察に届けるなどするつもりだったが、明らかにそういった類ではなかった為、結局保志自身の机の引き出しの中にしまっておくのだった・・・。