暗がり
「藤井君!好き!」
「えっ・・・・?」
唐突にされた異性からの告白。反応に驚いたその刹那、藤井保志の懐に少女が飛び込んできた・・・・。
「・・・・夢か」
ある意味いつも通りの展開だった。これまでも片思い相手が夢に出てきたりといった事が全くなかった訳ではないのだが今回はやたら内容があっさりだった割に、告白相手である少女の顔が鮮明だった。その一方でこれまであったことのない顔だったこともあり、保志自身その子が誰なのか分からずじまいだった。しかしはっきり言えるのは美人だったということだろう。そんなこんなで気持ちを切り替えて保志は制服に着替え、自室を後にする。平日だし学校が終わるまで戻ってこれないわけだが。
「おはようヤス」
リビングで馴れ馴れしく保志に声をかけたのは兄広志。寛ぎながら朝にも関わらずアニメを視聴している。
「おはよう兄貴」
一応、兄弟だし返答する保志。
「母さんは?今日も早番」
「ういっ。レンジん中にラップかかってるやつ」
「さんくす」
大変だな。母さんと思いつつレンジ内にしまわれてた朝食を食べる保志。その横でアニメを見続け、寛ぐ兄広志。
「バイトは?」
「だりぃからバックレるわ。別口探すか検討中。四限午後だし余裕余裕」
あぁそうと内心呆れる保志。自分の兄だが持続力の無さに辟易してしまう。黙々と朝食を取った後、身支度を済ませ保志は自宅を後にした。
かれこれ高校生活も二年目。学校自体には慣れたがどこか無気力だった。というのもそれは諦観漂う藤井家の状況も大きいだろう。第一志望の都立の進学校に落ちた後、二次募集のかけられてた中堅(より少し低め)都立に入り込めたはいいが、一回挫折したという事実から立ち上がれずにいた保志。兄も中堅私大に入り込めたが、まともに勉強などせず趣味のサークルや二次元コンテンツに明け暮れる毎日。父親は管理職を外された上にやたら多忙な部署に回され連日残業続き。母は収入が減った我が家の家計と、馬鹿みたいに高い兄の大学の学費を補填すべく、日中はパートに出ずっぱりである。どこで狂ったのか分からない、にも関わらず何もかもがメタクソという日々。最近大きな地震があった影響で、計画停電なるものが公共機関などで実施されていた。その為、通勤中の電車は暗いし、学校も明るい日は極力消灯している事が殆どだ。保志の席が窓際で日陰寄りだったこともあり、割と明るい天候の日も暗かった。リベラル気取りの教員は「中々こういうのも悪くない。インフラの有難さを身を以て学ぶ事が出来る」とのたまう。確かにそうだが保志にとってこの暗さはまるで今の自身を取り巻く状況そのものみたいで好きになれなかったし、全く共感や学ぶ事なんて出来なかった。
「じゃあ次の問題、藤井」
「わかんねぇっす」
「おいおい、昨日の復習だぞ。じゃあ北条」
「はい」
保志が分からないといってパスした問題を北条という男子生徒がスラスラと回答する。藤井とは同じ中学の同級生だった。中学時代は目立たない感じで保志より成績も微妙で冴えない少年だったが、高校から一気に垢抜け今ではクラスの人気者である。別のクラスに割と可愛めの彼女までいる。中学時代とは状況が逆転したという皮肉な現実がそこにあった。
(こんなトコで頑張っても意味ねぇのにな・・・)
保志は生き生きとしている北条を横で見ながらそう思った。ただの嫉妬である。これほど空しいものは無い。それはほかでもない保志自身分かり切っていた。授業は続く。
「じゃあ、これ、今日の内容の総まとめみたいな奴だけど解ける奴いるか?ひっかけもあるから公式埋め込むだけだと間違えるぞ。まあおまえらじゃキツイかな・・・と思ったが春川なら出来るかな?」
くどくど言いながら教師は春川という少女に授業最後の問題を回した。相変わらずこの教師は意地が悪い。というのも保志が落ちた都立の出身らしく、授業では毎回保志やこの春川という少女に問題を当てていた。春川も保志と同じ都立に落ちたらしい。毎回この教師の数Ⅱはこんな調子だった。授業初めの問題を保志に聞き、最後の問題を春川に答えさせて締めるのである。
「はい」
そう言って春川は立ち上がって黒板へ向かい、スラスラと途中式まで丁寧な字で書き切った。
「ん。正解」
ややはにかむように教員は言った。直後に授業の終わるチャイムが響く。
「じゃ、ここまで。春川申し訳ないけど最後だし黒板消しといて。一人じゃきついだろから、今日最初に間違えた藤井も手伝ってやれよ。では解散」
そう言って教師は足早に教室を出て行ってしまった。黙々と黒板を消す春川。保志も仕方なく黒板へ向かう。
「リコー。手伝うよー」
「僕も手伝わせてくれ」
そう言って来たのは春川の友人の三好かなめと、好青年と化していた北条だった。
「ありがとう。カナちゃんに北条君」
三人が色々楽しそうに団らんしながら黒板を消している姿を保志は結局眺めるだけで終わってしまった。
「北条うぜぇ。彼女持ちのくせに相変わらず色んな女に優しくてよ」
そう悪態をつくのは保志の席の前に座る中原だった。彼は保志のほうに振り替えり言うのだった。
「北条は割と色んな奴にあんなだからな。だから許されてる感ある。それにごぼう(数学教師のあだ名)がいつも最後春川に黒板消させてるし」
「ほんとゴボー糞だわ。授業は理屈っぽくて全然言ってること分かんねーし。でも春川さん偉いよな。無視しないで毎回ちゃんと消してるわけだし。別にほっといたって北沢(次時限の教師)が消すだろうにさ。」
「真面目なんだよ。春川は」
「しかもすげー可愛いよね。なんでも出来るしさ。彼氏とかいるんかなー」
「いなさそうだけどね。この学校には」
「遠距離恋愛ってか!はぁああ悲しい。でもそれならNTRっていうのもそれはそれで(ry・・・・」
ぶつこら色々言っている中原。どうやら彼は春川にご執心らしい。
(無理そうじゃね?お前じゃ)
保志は内心そう思いつつも適当に中原の春川談議に付き合っていた。不意に前の方で女子グループの中にいる春川に目を移す。一瞬目があった時、彼女は保志に微笑んだ。保志と同じ第一志望落ちではあるのだが彼女も北条の様に、この学校でも楽しそうにやっている。中原の言うように彼女はかなりの美人だ。というかおそらく学年の中じゃ一番美人かもしれない。だが保志は彼女はあまり好きではなかった。タイプじゃないというとかなりおこがましいがそれが第一だろう。だが決定的に感じたのは無意識ではあるが、彼女と自分はきっと真逆というか、ダウナー過ぎる感傷にも近い何かを保志は彼女を見るたびに感じているのだった・・・・。
放課後になり、粛々と帰路につく保志だったが、そのまま直に家に帰ったところで何か良いことがあるわけでもないため、通学路をぶらぶらと時間をかけて散策していた。しかしこの学校に通って一年経ってることから分かるように既に、周りや地理は把握仕切っていたし、23区外で住宅地やスタジアム、競艇場といった郊外施設があるこの地域に一高校生男子の趣向を楽しませる店やコンテンツが有るわけがなく、結局は行きつけのコンビニで週刊誌を立ち読みするくらいしかなかったのである。しかし・・・
(マジかよ・・・・)
非情であった。立ち読み防止のためビニールが週刊誌にもかけられていたのである。保志以外にも学生が立ち読みしまくる事からの店側の対策だろう。通学路ゆえの仕方のない出来事だった。とは言え、保志に雑誌一冊買う余力は無い。買えないことはないが小遣いの制約が厳しく、加えて基本的に昼食代以外は渡されない為である。バイト禁止の校風ではないため、保志もバイトをしたいと考えたが、近所の風評への見栄か、親としての意地か、学業に専念してほしい保守的な思いか、両親の頑なな反対を受け続けている。進学を考えて欲しいという親心だっただろうが、保志の現在の成績では彼らの金銭状況に負荷を掛けずに済むような学校はほぼ狙えず、優待生や奨学金も怪しい所だった。奨学金は借りれるだろがどの道返済が待っている。多少生活が苦しくなっても兄の学費を稼ぐのは一重に父の同僚の娘の奨学金絡みの返済苦からの自殺を目の当たりにしたことが大きいだろう。不運にも彼女が卒業した年は前々年の金融危機などで就職先もかなり厳しかったそうだ。とは言え結局それら全て考慮したところで世間体からすれば「本人の努力不足」とかいう簡単だが人間らしい言葉で片付くものだ。加えて保志自身、目の前で親の苦労も知らず遊び惚ける兄の姿を見ていたこともあり、進学に意義を感じなかったのである。どっちにせよ今の藤井家は親の思いも、子の思いも最早我という概念だけの残った思惑の一つに成り下がっていたのは言うまでもない。
コンビニを出た保志は大人しく家に帰るべく駅に向かった。
(あそこじゃもう立ち読みも出来ないか・・・・)
ちょっとした落胆の中だった。保志がその店を見つけたのは。
「ここは・・・」
目にしたのは古本屋だった。存在自体は知っていたが妙に古めかしいし、置いてある本も中古の新書ばかりで、漫画は店の屋外の棚にかなり色あせたものが揃えられている位だった。店内の方は明かりもつけず非常に薄暗い。自主的に計画停電でもしてるのかと思いたい位だった。どうせ大したモノは置いていないだろう。そう思いながらも保志が棚を眺めている時だった。本棚下のシートの上に並べられた仰々しい大きさの本を見つけたのは。本というよりは雑誌のアレである。「週巻~を作る」「月巻~シリーズ」といったCMでお馴染みの大判冊子たちである。本屋などでもよく見かけたが古本屋にも流れ着くもんなんだなぁと何となく保志は感じた。内容はDVDだったり、車や飛行機のコレクションモデルだったり、船や城のスケールモデルを毎号組み立てるものだったり様々だ。例に漏れずこの古本屋に置かれているのもそれらのものだった。
そんな中で、保志は一つ気になるタイトルの冊子を見つける。
『週巻(君の)彼女を造る)』
(なんだよこれ・・・・)
裏の方を見る。
~何をかも冴えない人生の貴方へ~
そんなキャッチコピーとともに詳細な事がズラズラ書かれている。どうやら毎号組み立てていると最終的には等身大に近い大きさの人型の女性の人形が出来るらしい。
(兄貴辺りニヤニヤしそうな奴だなこれ・・・)
そんな事を邪推しながらもこの完成見本ともいうべき人形に心なしか既視感があった。保志が今日の夢で見た少女に何となく似ていたのである。人形と一応人間で違いは明白だが、一応完成見本は見本としながらも本物の人間に近い姿だったからである。正直、女優かモデル辺りをそのまま写真で撮影して貼っただけなんじゃないかとすら感じた。
「そんなに気になるならそれ持ち帰っても良いよ」
「!?」
後ろから保志に声をかけてきたのは古本屋の店主らしき初老の人物だった。
「いいんですか?でもこれ売り物じゃ・・・」
「この手のものは最近沢山来るんだけど付録が付いてなかったり、途中で途切れたりして欠けたりするからイマイチ買い手がつかないんだよね。集めるの熱心な人は新品買うし。やたら大きいから場所は取るし、うちの様な寂れた店だとこういうのも地道に引き取らないと売り手の縁の切れ目に繋がりかねない。坊ちゃんが引き取ってくれるならそれはそれで有難いものさ」
「・・・・・・・。」
しばらく考える保志。しかし直ぐにタダで貰えるなら別にいいかという結論に至ったのはまだ彼が子どもであるが故かもしれない。
「ありがとうございます。頂きます」
そう言って店主に一礼すると保志は『週巻(君の)彼女を造る』を抱えて足早にその場を立ち去るのだった。この選択が、保志の運命を大きく揺るがすとも知らずに・・・・・。
後日連載