ニンニキニキニキ
軽く小寝した後、俺は飯を食いながら、まどかに良く似たプルーデンスと、真咲姐さんに良く似たリステインと言う名の魔界の住人に、事の経緯を簡潔且つ、如何にこの俺が可哀想な目に遭っているかと言う事を強調して説明。
リステインはウンウンと頷きながら聞いているが、プルーデンスは……俺の持って来たリュックを勝手に漁り、中に入っていた非常食代わりの菓子等をこれまた勝手に食っていた。
ちとビックリだ。
「……と言うわけで、悪しき魔女様に命令されて、哀れな子羊である僕チンはこの世界に迷い込んだのであります、まる」
「ふむ……なるほど」
リステインさんは腕を組み、ウンウンと頷いた。
「中々に災難だな。この魔界に人族が転移して来たと言う話は偶にあるが……意図的にと言うのは、ついぞ聞いた事が無いな」
「そうなんですかぁ…」
ってか、偶然に転移、と言うか迷い込んだりする事はあるんだ。
ふ~ん、転移系のラノベとかって、ご都合主義で少し馬鹿にしてきたけど、中々どうして……リアルに基づいていたとはね。
事実は小説より奇なりとは良く言ったモンじゃわい。
「で、その迷い込んじゃった人とかは、どーしてるの?」
「ん?ふむ……運が良ければ、普通に暮らしているな」
「……運が悪いと?」
と、俺が軽く身を乗り出して尋ねると、少々破廉恥なゲームに使われる国民的チョコ菓子をポリポリと貪っているプルーデンスが、軽く肩を竦めながら、
「ま、大半が奴隷ね」
「奴隷ッ!?」
「だって珍しいんだもん。噂だと、結構な高値で取引されてるらしいわよ。それ以外だと、絶望して自殺しちゃうって話だけど……人間って弱いわねぇ」
「……ぬぅ」
やっぱラノベとは違うわ。
現実は世知辛いよ……
「しかしグライアイが絡んでいたとは……」
と、リステイン。
「し、知ってるの?そのグライアイとか言う悪魔?」
「悪魔とか神とか、人族は良く分からない分類をするが……ふむ、これも神族の干渉における影響か」
「私は知らないわよぅ。上の方が勝手にやってるんじゃない?って言うか、人族が馬鹿なだけよ」
「……何の話?」
「ん?気にするな。それよりもグライアイだったな。あれは恐るべき魔神と言う二つ名を持つ、魔界屈指の実力者の一人だ」
「……え?」
恐るべき魔神?
え?何それ?
初耳ですよ?
って言うか、物凄くおっかないんですが……
交渉なんか出来るのか?
その場で問答無用で殺されないかね、僕?
「ふふ、まぁそんなに難しい顔をするな」
リステインが微笑んだ。
「グライアイが相手なら、何とかなるだろう」
「そうねぇ」
とプルーデンス。
「彼女も、今はそれ所じゃないだろうし……そもそも、そんな昔の契約、忘れてるんじゃない?」
「ふ、そうだな。アイツは結構、いい加減な所があるし……」
「あのぅ……もしかして、二人はグライアイの知り合い?」
「少しはな。私とプルーデンスは、この狭間の地で冥府の門の守護職に任じられている。故に、魔神や大神とも多少なりとも繋がりはある」
ぬ、ぬぅ……
予備知識が全く無いから、サッパリ分からん。
例えるなら、ファンタジィ知識ゼロでTRPGに挑むようなモンだぞ。
「え、えと……知ってるんなら話は早い。その…どこにグライアイとやらが居るのか、教えてくんない?」
「ん?構わんぞ」
「グライアイの領地はこの狭間の地の直ぐ隣よ。城も直ぐに見つかるわ」
「そうなのか?ってか、具体的には?」
「そうだなぁ…」
「歩いて5日ぐらいじゃない?あ、でも人族は歩くの遅そうだし、体力も無さそうだし……10日ぐらい掛かるかな?」
「マジかよ……」
無理だべ……あぁ無理だべ。
10日間、見知らぬ異世界で歩きっ放し?
テントも無ければ水も食料も無い状態で?
・・・
俺、男の子だけど……挫けそうですよ、母上様。
「しかしグライアイに用があるのなら、何で直接グライアイの所に送り届けなかったんだ、お前の言う魔女とやらは?」
「それもそうね。次元世界を跨いで転移させる事が出来るだもん。それぐらいは出来ると思うんだけど……何でここに来たの?」
「それは俺が聞きたいよ。ってか、あの女はツメが甘いと言うか最後の最後で何かヤらかすと言うかねぇ…」
しかも半ばワザとだと俺は疑っているぞよ。
「しかし、どうすっかなぁ……」
「ふむ……」
「あ、何か馬チックな乗り物とかある?あれば貸して欲しいし……はたまた転移系の魔法が使えるとかは……」
「乗り物は……無いな」
「転移魔法は上級魔法よ。扱いが難しい上に、ここは狭間の地。魔力が制限されている特殊な場所だから無理ね」
「……って事は、やっぱり徒歩ですか。トホホですね」
「ふむ……何だったら付いて行ってやろうか?」
「―うぇッ!?」
リステインの言葉に、俺は驚いた声を上げるが、それ以上に、
「何言ってるのよアンタッ!?」
プルーデンスが悲鳴にも似た大声を上げた。
「この馬鹿をグライアイの所に連れて行くって言うの?」
「まぁな。ここで出会ったのも何かの縁だ。それにこの人間、神代洸一をこのまま行かせれば、間違いなく死ぬだろう」
「それは、まぁ……死ぬか捕らえられて奴隷かのどちらかね」
悲惨な選択肢ですね。
「でも、良いんですか、リステインさん?何か申し訳ないと言うか……」
「構わんぞ。退屈な日常にも飽きてきたし、久し振りに街へ出て食料や日常品も買いたいし……ま、そのついでだ。気にするな」
と、リステインは笑いながら言った。
なんちゅうか、容姿も似ているが、性格もどこか真咲姐さんに似ている。
そして一方のプルーデンスは、
「え~~面倒だなぁ」
まどかに似ていた。
「ん?別に付いて来なくても良いんだぞ、プルーデンス」
「嫌よ。一人で留守番なんて退屈じゃないの」
彼女はそう言うと、俺に向き直り、何故か踏ん反り返りながら、
「そーゆーワケで、特別に私も付き合ってあげるわ。感謝して咽び泣きなさい、洸一」
「え、えと……それはアレか?今ここで君を殴っても良いよって意味?」
「――なに言ってのよアンタッ!?」
「それは俺の台詞だ。リステインさんが送ってくれると言ってくれたんだ……プル公は留守番してなちゃい」
「こ、この……人間の分際で……」
「お?なんだ?やるのか?言っておくが、俺は弱いぞ」
「……ふふ、随分と仲が良いな」
「――なに言ってるのよリステインッ!?」
「そうですぞ、リステインさん。って言うか俺はむしろ、プルーデンスより君と仲良くなりたい」
「む……いきなり求愛か。困ったな」
「なに馬鹿なこと言ってるのよッ!?それにアンタも変なことを言わないのっ!!全く……それよりも、行くのなら準備するわよリステイン」
「ふふ、分かった分かった。神代洸一、お前も準備を手伝え」
「了解っス。で、何をすれば良いんでしょうかねぇ?」
ちなみに段々と日が暮れて来ましたぞよ。
★
と言うわけで翌朝、何だか分からない内に、リステインとプルーデンス、両異界の住人と共に、一路グライアイの居城目指して旅立った僕チン。
代わり映えのしない、荒涼とした岩肌の大地を、延々と歩き続けている。
ただ、一人の時とは違い、二人からこの世界の色々な話を聞いたり、または俺が人間世界の話をしたりしていたので、退屈はしなかった。
狭間の地――魔族の治める魔界領と神族の治める神界領の間にあるこの地は、冥府の門と呼ばれる場所があり、二人はそれぞれ魔族と神族の代表で、それを監視する役を負っているそうだ。
ま、監視と言ってもここは非武装の絶対中立地域なので、特にやる事も無く、日がな一日ボォーっとしていたりするそうで……ま、それはそれは退屈な日常だという話だ。
確かにな、と俺も思う。
何しろこの周りの風景……実に何も無い。
こんな殺風景な場所で生活していたら、俺だったら一週間も持たずして精神に異常を来たしてしまうだろう。
もしくは腎虚。
そんな事を考えていると
「お……?」
少しだけ、風景が変わってきた。
岩の大地に少しだけ植物らしき物も見えたりする。
「もしかして、狭間の地とやらを抜けたのか?」
「まだだぞ」
と、リステイン。
帯を締めたカラフルな作努衣チックな和装、と言うような異世界の雰囲気漂う衣装の彼女は、軽く首を横に振り、
「まだ半分も来ていない」
「そうなんですかぁ……」
「そうよ。歩いて5日以上は掛かるって言ったでしょ」
そう言ったのはプルーデンス。
青を基調としたゆったりとした服に黒の皮ズボンと言う彼女は、どこか悪戯ッ気な瞳で
「それとも、もう疲れちゃったのかなぁ、洸一は」
「疲れてなんかいねぇーよ。単に、景色に見飽きただけだ」
「確かにな」
リステインが軽く鼻を鳴らす。
「狭間の地は魔力が制限されているからか、生命の活動には不向きな地だ。特に植物はな」
「ふ~ん…」
「ねぇ洸一。ところでさっきの話なんだけど……」
「さっきの話?この俺が如何にモテモテのリア充な学園生活を送っているかと言う話か?」
「そのアンタの残念な妄想話は別に良いの」
「妄想じゃないやいっ!!」
「まぁ、そう言う事にしといてあげるわ。深く聞くと可哀想になってくるから……」
「く…こ、この女……」
「それよりも、アンタがここに来てから出会ったって言う、鎧姿の男の話よ」
プルーデンスが微かに眉間に皺を寄せ、俺の顔を見つめる。
リステインも、些か小難しい顔だ。
「ん~~…さっきも言ったが、謎なんだよ。人間様である俺としては当然、この世界に知り合いが居るわけでもねぇーし……でも、何でか武器とかくれたし……そもそもあの人が道を教えてくれたから、俺はリステインさんやプルーデンスに出会える事が出来たんだぞ」
もし、道を教えてくれなかったら、多分……うん、死んでいただろうな。
「……どう思う、リステイン?」
「ふむ……分からん。結界で覆われているこの地に侵入すれば、気配を感じる事が出来る筈だが……何も感じなかったぞ」
「また洸一の妄想かなぁ?」
「またって何だよ?言っておくが、妄想じゃないぞ。現にこの武器とか貰ったし……や、そもそも侵入したら分かるんだろ?なのに何で俺の存在は分からなかったんだ?」
「あ、言われてみれば……」
「……ふむ。恐らくだが、神代洸一の場合は、外部からの侵入ではなく、人界より直接この地に転移して来たのだ。その所為で……と言う事じゃないか?」
「だったら、俺を助けてくれた謎の武者も、異世界から転移して来たとか……」
「その可能性もあるか」
「ん~…でも何で?まさかアンタも助ける為?」
「……分からん。が、もしかして……あの武者は実は女の子かも。そしてそして、どこぞで見初めた俺を助ける為に、ワザワザこの世界へ……うむ、あの顔を隠した面頬も、実は照れ隠しで……」
「あ~……うん、洸一。もう良いから黙って。これ以上あんたの妄言を聞いてると、正直な話ね、本気で泣きそうになるから。悪いことは言わないから、人界へ戻ったら治癒士にでも診てもらうと良いわ」
「……君が何を言ってるのか分からないな」
「アンタの妄想よりは分かりやすいわよッ!!」
「しかし、確かにプルーデンスの言う通り、気になるぞ」
リステインはそう言って、顎に指を掛け、
「人間である神代洸一の転移に、謎の戦士か……何か良からぬ事がこの地で進行しているのかも知れん」
「まさかこの馬鹿、何か疫病神的な?」
「失礼な言い方ですな。と言うかむしろな、ここで何か悪い事が起こりつつあって、俺は間の悪いタイミングでそれに巻き込まれそうになっている……そう考えるぞ。何しろ俺は、そーゆー意味では絶対的に運の悪い男だからな。保証できます」
「ふむ……分からん。が、丁度良い機会だ。グライアイの所で相談するとしよう。あれは魔神の中でも、数少ない信頼できる部類の者だからな」
★
てくてくてく……と歩き続けて数時間、やっとこさ陽が落ちて来ました。
体力的には、それほど疲れてはいない。
別に歩くのはね、まどかや真咲姐さんとの特訓に比べれば、全然平気ですよ。
ただ、なんちゅうか……喋り疲れました。
プルーデンスもリステインも、あのような環境に居た所為か、会話に餓えていると言うか……
お陰で僕チン、少々声が嗄れてしまいましたよ。
「しかしこれだけ歩いて、まだ半分も来てないとは……」
景色は少しずつ緑が増えては来ているが、それでもまだまだ殺風景だ。
ちっとも愉しくない。
俺は野宿の準備をしながら、
「ところでさ、水とか食料とか日用品とかはどうしてるの?まさかいつも、これだけの道を歩いて街まで買いに行くの?」
「偶にな」
とリステイン。
シートらしき物を広げ、寝床を準備しながら、
「通常は、魔界や神界から届けられたりするんだが……やはりあそこは退屈だからな。気分展開に街まで行く事もある」
と、事も無げにそう言った。
ふ~ん……なるほどねぇ。
確かに、いつもあんな何も無い牢獄のような場所に居るとなると、苦労してでも街まで行きたくもなるわなぁ……
「なんちゅうか、この世界って娯楽に乏しいよねぇ」
「否定はしないわ」
プルーデンスはそう言いながら、何やら魔法陣的なモノが描かれた小さな紙を取り出し、それを地面に置いた。
「特に今は神界も魔界も色々とゴチャゴチャしているから、遊んでいる余裕は余り無いのよ。と言うか、人族が享楽に走り過ぎるのよ」
「……まぁな。でもそれだって、平和な国だけだぞ。人間の世界だって色々とゴタゴタしている。紛争地域に住んでる人間はゲームの発売日に並んだりはしねぇーし……ってか、それ何?」
「火よ」
プルーデンスが指を鳴らすと、その魔法陣からポッと輪を描くように小さな焔が立った。
まるでガスコンロのようだ。
「ほほぅ……中々に便利ですな。魔界の住民は、皆こーゆーアイテムとか持ってるわけ?」
「え?ん~~どうだろう?」
「いや、都市部の一部か、冒険家とか傭兵の類だけじゃないか?普通は薪か火焔石を使うだろう」
「ふ~ん……良く分からん」
このアイテムは、人間界で言う所の……キャンプ道具的なモノかな?
「ふふ、私からすれば、人界の方が分からんぞ」
リステインは簡素な調理器具を出し、鍋を火に掛けたり何だり、晩飯を作って行く。
中々に手馴れたもんだ。
「神代洸一。お前が人界より持って来た食材を使わせてもらうぞ」
「どんどん使ってくれぃ」
セレスから手渡されたリュックの中には、食料として米やら干し肉やら乾燥野菜の類も入っていたのだが……
鍋とかの道具は一切、入っていなかった。
生で齧れとでも言うのだろうか。
さて、そんなこんなで独特の味付け……強いて言えば東南アジア的な酸味と辛味と苦味が融合したエスニックな風味の料理を堪能した後、ゴロリと横になって休憩。
眼前には、満点の星空が広がっている。
俺の知らない星空だ。
ってか、人類の知らない星空だ。
だって月が二つあるもん。
ハァァァ~……何かいきなり、ファンタジィだよねぇ……
狭間の地だか魔界だか、良く分からんけど、いきなり異世界で冒険とは……
いや、何も冒険してないけどな。
ただ歩いているだけだ。
しかも見目麗しの美少女達と……うん、立派なファンタジィだ。
取り敢えず戻ったら、のどかさんに文句を言おう。
って言うか、まどかは無事なんじゃろうか……
徒労に終わったら、俺、泣いちゃうよ。
自分が可哀想過ぎてな。
★
翌朝、飯を食った後に行軍を再開。
ブラブラと歩きながら、本日もお喋りを楽しむ。
しかし酔ってもいないのに、良くもまぁ話題が尽きないもんだ。
と感心しつつ、彼女達の話に耳を傾ける。
お陰で、この世界の事は少しは理解できたが……いや、理解してもなぁ……
だって人界へ戻れば、二度と使わない知識ですよ。
人前で使えば、「あ~~…」とか言葉を濁されちゃう類の知識ですよ。
しかし、よくよく考えれば、何で言葉が通じるんだか……
しかも妙に現代語っぽいし、中には英語チックな表現もあったりするし……今更ながら摩訶不思議なり。
この世界の理として、何かしらの特殊な翻訳機能とかがあるのかな?
聞けば亜人種とかモンスターとかもいるけど、言葉は通じるって話だし……
だとしたら、人間社会もそーゆーのがあれば良いのにね。
言葉が通じれば腹割って話す事も出来るし、そうすりゃツマラン諍いも減るだろうし……
何より、英語の授業が無くなるのが良いよね。
「しっかし、代わり映えしない景色じゃのぅ」
「そうでもないわよ。だんだん山とか増えて来たじゃないの」
「山って言うか、ただの巨大な岩じゃん。俺的には、もっとこう大自然に抱かれる気持ちになりたいって言うか、森林浴を楽しむ、そんなネイチャーな気分になりたいよ」
俺は苦笑いを浮かべながら、何気に後ろを見やると、リステインが難しい顔で立ち止まったままだった。
「ん?どうしたんだ、リステインさん?」
「……さん付けで呼ばなくて良いぞ、神代洸一。いや、それよりも……」
「どうしたのよリステイン?あ、もしかして……オシッコ?」
「馬鹿か貴様はッ!!」
「なによぅ」
「全く……お前は何も感じないのか?」
「へ?」
プルーデンスは小首を傾げ、横目でチラリと俺を見やると、
「ん~……この馬鹿は面白いけど……恋の予感を感じるにはまだちょっと……」
「本気の馬鹿か、貴様は……」
リステインはガックリと項垂れた。
ちなみに俺も、コイツはアカン子だと思う。
「なな、なによぅ」
「館方面で異常を感じた」
「え?」
館?
館って、あのログハウスの事?
「それ、本当にリステイン?」
「うむ。館周りで何かあれば感じる事が出来る。現に貴様が神代洸一に下着を見られて騒ぎになった時も、すぐに駆けつけただろ?」
あ、それでいきなり目の前にいたんですね……
「と言うか、お前も冥府の門の番人なら、常に警戒を……まぁ、良い。それよりもプルーデンス。貴様、リモートビューイング(遠隔視)が使えただろ?館の様子を見れるか?」
「え?どうだろう……ここだとかなり制限されるから……ん、でもやってみるわ」
言ってプルーデンスは両の手を前に付き出し、何やら囁き詠唱。
と、空間に顔面大ぐらいの鏡のような物が現れた。
「ん、やっぱ魔力制限でノイズが……あ、待って。え?ウソ……」
首を伸ばし、ちょいと覗き込んでみる。
ノイズと言うか砂嵐的なものが酷いが……お?おおぅ?
あのログハウスから黒煙が……お、おやまぁ……これはもしかして火事ですか?
「燃えているだと……」
リステインの眉間に、山脈ばりの皺が寄る。
俺はゴリゴリと頭を掻きながらプルーデンスを見やり
「ちゃんと火の元は確認してきたか?」
「馬鹿ッ!!良く見なさいよ!!……火は館の外側から広がってるじゃないの」
「む……確かに」
火はログハウスの壁を舐める様に燃え広がっているが、窓からは吹き出たりはしていない。
「放火か?」
「と、取り敢えず戻るわよリステイン!!」
「うむ、そうだな。何者かは知らぬが、只で済むと思うなよ……ふふ」
も、戻るのかぁ……
一日半掛けてここまで頑張って歩いて来たのに……
ってか、今から戻っても無理だとは思うんだけどなぁ。
しかし放火って……この世界にもあるんだね。
俺はヤレヤレな溜息をそっと漏らし、踵を返そうとするが……ん?なんだろう?
何かこう、心の奥から聞こえてくるような囁き声は……不安?疑心?疑念?
俺様の鍛え上げられた危機探知能力が、警報を発している。
しかもこの感じは、まどかや真咲姐さんが、俺を殴るぞ、と言う時に発する危険な気配。
はたまた穂波が俺の部屋に忍び込んだ時の感じ。
何だか知らんけど、超ヤバイです。
「ま、待て。ちょいとお待ちなせぃ、お嬢さん方」
「む、どうした神代洸一?」
「なにボーッとしてるのよ。早く戻るわよ!!」
「だから待てって。先ずは焦らず、状況を整理しろ」
「……どういう意味だ、神代洸一?」
「勘だ。ヤバイ予感ってヤツ。俺は自分の世界で、色々と巻き込まれたお陰で、事前に危険な香りを嗅ぎ分ける事が……ま、それは置いといてだ。あのログハウスは燃えている。誰かが火を点けた。そこまでは良いな?」
「うむ」
「アンンタも見たでしょ」
「理由は?放火の大半は愉快犯だが……あんな場所で?それは有り得んだろう。だったら理由は一つ……君達に恨み、またはそれに類した何かを君達に抱いている者の犯行……」
「……冥府の門の守護者を狙っていると?ふむ……しかしそれは有り得ない……事も無いか」
「上等じゃないの。ぶっ殺してやるわ」
「でも、だったら何で直接二人を狙わないのか……」
「それは私が強いからよ」
エッヘンと胸を張るプルーデンス。
ま、この馬鹿は放って置いて……
「あの家に何か秘密があるのか?」
特殊なお宝があるとか?
「無いぞ。私達が住んでるだけだ」
「……ふむ」
ならば怨恨からの嫌がらせ?
それで火を点けた?
いや、それだと直ぐに察知されて二人は犯人を見つけるだろう。
しかも彼女達は強い……プルーデンスの言葉じゃないが、物凄く強いと思う。
俺の危機探知能力が悲鳴を上げる程にだ。
見つかったら最後、犯人はフルボッコされて昇天だ。
だったら、何故……
犯人は、彼女達よりも強いと言う自信があるから?
いや、それだったら何で直接的に襲って来ない?
勝てると思うのなら、武道家ばりに『頼もぅ』とか言って戦いを挑ん来るだろ?
強いのなら家に火を点ける理由は無いだろう……
やはり恨みか?
しかし、もし違うとしたら……
「罠か?」
「罠?どう言う意味だ、神代洸一?」
「推測だ。犯人…君達に対しての敵対者だと想定する。そして君達を狙っている。火を点けたのは……多分、驚いて家から飛び出して来るのを待ってたから?家の中だと戦いには不向きだし、外で待ち構えていた……」
「……なるほど」
「そう?私達に勝てる自信があるんなら、火を点ける必要は無いんじゃない?無駄に怒るだけよ、私は。って言うか、本当に勝てると思ってるのかしら?魔力の制限されたこの地なら、魔神クラスだって私に勝てないわよ。ま、私は素でも魔神より強いんですけどね」
「……」
「ちょっと洸一。何でそんな難しい顔してるのよ。私の実力を疑ってるわけ?何だったらアンタが試してみる?うふふふふ、人間の洸一なら、私の指一本で消し飛んじゃうけどぅ」
「ちょいと黙っててくれぃ」
俺は両の瞼を軽く指で押さえ、溜息を一つ漏らした。
敵はそれほど強くない……
だから家に火を点け誘き出す……
理屈は分かるが、プルーデンスの言う通り無駄に怒りを買うだけだ。
それは些かリスキーだろう。
ならばやはり、それなりに実力がある。
火を点けたのは動揺を誘い、少しでも勝率を高める為……
いや……いやいや、待て待て。
前提を少し変えてみると……
「複数か?」
俺は顔を上げ、リステインとプルーデンスを見つめる。
「放火されたって事で、思考が単独犯に固まっちまった。敵は複数で、君達を狙って来た……それは確実に殺る為?はたまた捕らえる為?火を点けてパニくって出て来た所を一斉に……」
「ふむ……しかし神代洸一よ。複数の者がこの狭間の地に潜り込めるとは思えんぞ?この地への侵入者は、即座に私達守護者に察知される」
「でも俺や謎の鎧武者さんは察知出来なかったよね?何か結界に穴でもあるんじゃないか?」
「む……」
「だったらその鎧男が怪しいわよ」
「そうか?だったら何で俺を助けたんだ?奴等……敵対者側からすれば、俺の存在はイレギュラーだと思うぞ?」
「野盗の類ではないな。この狭間の地に一般神族や魔族が入って来るはずが無い。となると……組織だって仕かけて来たと言うことか?つまりそれは国家ぐるみ……」
リステインがそう言うと、プルーデンスはハッとした顔で、
「まさかあの女が?アイツが仕掛けて来たの?」
「前にグライアイと話した時、彼女も色々と危惧していたが……まさか本当にな」
「だとしたら、只じゃ済まないわよ。下手したら神界と魔界で戦争が起こるかも……」
「それはどうか分からんぞ?特に今の神界での状況だと……」
「あの女の手が回ってる可能性もあるかもね」
「二人とも、犯人に心当たりがありそうな感じだけど……相手は誰?」
「……プロセルピナだ」
「災厄の魔神の二つ名を持つ魔界最強……いえ、神界も含めて多分この世界最強の魔神よ」
書き上がり次第、随時UPしていきますぅ