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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
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修学旅行・洸一の奇妙な冒険~北の大地でランデブー篇~




『洸一さん、修学旅行はどうですか?』

受話器の向うから、既に聞き慣れて深層意識にまで刷り込まれた、のどかさんのか細い声が響いて来る。


「た、楽しいですよ。……それなりに」

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「のどか先輩のお陰で、リッチな宿に泊まる事が出来て感謝していますデス」


『良かったです…』


「ハッハッハッ…――と、ところで、どうしてこの電話に俺が出る事が分かったんです?」


『……秘密です』


「そうなんですかぁ…ハッハッハッ」


『洸一さん、目で見たもの全てが現実とは限らないのです。簡単に言えばです、その電話機その物が、具現化したテレパス能力の一つだと思えば、説明が出来るとは思いませんか?』


思いません。

「い、いやぁ~……俺、馬鹿ですから、難しい話はちょっとねぇ。それよりも先輩、そっちはどうですか?みんな元気にやってますか?」


『……寂しいです』

のどかさんの言葉に、少しドキッとした。


「そ、そうなんですか?」


『洸一さんがいなくて、姫乃さんや優貴さん、ホムンクルス達も退屈そうにしています』


「そうですかぁ…」

うぅ~ん、こんな俺でもいないと寂しいのか…

なんか少し、照れるにゃあ。

「あ、ところでまどかは?」


『……殴る相手がいなくて、欲求不満状態です。洸一さんが戻り次第、取り敢えず殴ると言ってました』


「ギャフン」

俺の存在って、なんだろう?

パンチングマシンか?


『さて洸一さん。お話はもう終りましたか?』


「へ?」


『ではそろそろ、本題に入ります』


「せ、世間話だけじゃ終らないんですか?」


『終りません』

のどかさんの声は、どこか無情だった。

『洸一さん。お仕事の時間です』


「あぅ…」


『既に宿の者に詳細は話してあります。後は酒井さんと供に、任務を遂行して下さい』


「任務、ですか。僕チャン、修学旅行のラストナイトを満喫したいんですが……」


『10年早いです』


「ひ、酷ぇ…」

10年経ったら、もう修学旅行には行けないじゃんかよぅ…


『大丈夫です、洸一さん。簡単なお仕事です』


「そ、そうですか?その言葉に騙されて、僕ちゃん何度も煮え湯を飲まされた記憶があるんですが……気の所為かなぁ?」


『……やるのです、洸一さん。やらないと、減点どころかお仕置きが…』


「やるであります、大佐」



「ったく、なんだかなぁ…」

俺は旧館と呼ばれている、宿の敷地の一番奥まった所にある、良く言えば年代的な、悪く言えば朽ち果てた廃旅館のような建物の中にいた。

裸電球が灯った薄暗い廊下を、キシキシと床を軋ませ、肩に酒井さんを乗せて歩きながらぼやく。

「全く、なんで修学旅行に来てまで、オカルト研究会の務めがあるんだか…」


「キーキーッ!!(お黙り洸一。それがアンタの務めでしょうが)」


「務めと言われても、俺は別に好きでオカルト研究会に入ったワケじゃねぇーのに……」


「キーーーッ!!(そう言う愚痴を溢すから、情け無い男って言われるのよ)」


「別に愚痴じゃねぇーよ。ただ俺は、平凡な学生生活を送りたいだけなんだよ。なのに何故、こんなラノベのような相当なファンタジーな体験をせなきゃならんのか……それを疑問に感じているだけだい」


「キ~…(それを口に出すから、情け無いって言ってるのよ)」


「くっ…」

確かに……悔しいが、酒井さんの言う事はもっともだ。

与えられた現状に、文句を言っていても何も始まらない。

男子足るもの、黙して行動せよだ。

例えそれが、どんな理不尽な事でもだ。

「……ってゆーか俺、今日はやけに酒井さんの言葉が分かるんじゃが…」


「キーーー(洸一の霊感が、少しだけ上昇したのよ)」


「そんなスキルがUPしてもちっとも嬉しくないよぅ…」


「キ…(また愚痴を溢す)」

肩に乗っている酒井さんは、ペシペシと小さな手で俺の頭を叩いた。

「キー…キー(それよりも洸一。やるべき事は理解しているわよね?)」


「一応はな」

俺は懐から、一枚の何やら未知な文字が書かれた御札を取り出した。

「要は、古い御札をこの新しい奴に貼り替えるんだろ?」


「キー(そうよ。猿にでも出来る簡単な仕事よ)」


だったら猿にやらせりゃ良いじゃん。

と思いつつも、それを口に出さない従順な俺。

そんなこんなで、俺はやがて廊下の一番奥にある部屋の前に着いた。

扉には、何やら仰々しく無数の御札が貼られている。

見ただけで、この部屋の中に化け物がいるです、と言うのが良く分かる有様だ。


「……命の保証は、あるんだよね?」


「キーー(当たり前よ)」


「そっか……でも酒井さん?何故に顔を逸らして答えるのかなぁ?」



部屋の中に入り、取り敢えず明りを点ける。

中は古いけど、それなりに造りはしっかりとしていた。


「あれか…」

床の間に視線を送る。

そこは太い注連縄で遮断されており、その向うに、何やら数字が苦手な大魔王が封印されているような壷が飾られてあった。

どうやらアレが、問題の代物らしい。

酒井さんが言うには、あの壷の中に悪い精霊を封じ込めてある、との事だった。

壷を封印している御札の効力は3年ほどなので、時期が来る度に張替え作業を行うとの事だ。


「さ~て、とっとと片付けますか…」


「キーーー(慎重にね)」


「慎重にって言ったって、この御札をペタって貼るだけだろ?そんなもん、余裕ですたい」

俺は言いながら、問題の壷に近付く。

さて……

「あれ?」

俺は立ち止まった。

「酒井さん。あの壷、何だか小刻みに揺れているんですが…」


「キー?(そんな事は有り得ないけど…)」


「め、目の錯覚じゃないですよ?マジで動いてます。それに……前の御札かな?何だか破れているんですが…」


「キ、キー…(ネズミが齧った痕があるわ。……でも大丈夫、今ならまだ間に合うわ。早く札を貼りなさい洸一)」


「OK、ボス…」

俺は深呼吸を繰り返し、ゆっくりとその壷に近付いた。

壷は依然、カタカタと揺れている。

これだけでも充分、立派な心霊現象だ。


お、落ち付け俺…

ペタッとお札を貼るだけだ。

それだけの事だ、気楽にやれ…

「そりでは行きます」

俺は御札を手に、ゆっくりと壷に向かって手を伸ばす。

と、その手が注連縄を潜り抜けると同時だった。

いきなり壷の中から、まるで枯れ木のような皺くちゃの腕がニュ~と現れ、俺の手を掴んだのだ。


「フギャーーーッ!!?でで、出やがったッ!!」


「キーーーッ(落ち付きなさい、洸一)」


「お、落ち付けるかーーーッ!!」

掴んでいる異形の物体を振り解こうと、力任せに腕を振る俺。

そして案の定と言うべきか予想通りと言うべきか……

俺の腕が壷にぶち当たった。


「あ……」

スローモーな動きで壷が倒れる。

スローモーな動きで壷が砕ける。

スローモーな動きで砕けた壷から白い靄が立ち上る。

そして物凄い勢いで俺はその場から飛び退った。

「ややや、やっちまったッ!?!取り返しの付かない事をしちまったよーーーッ!!」


「キーーー(大丈夫、まだ封印は解かれてないわ)」


「ほ、本当か?」

俺は床の間に視線を走らす。

割れた壷から抜け出した白い靄のようなものは、何時の間にか消えていた。

その代わり床の間の前には、ETのようなバランスの崩れた肉体を持った爺さんが座っており、俺と視線が合うや、ニヤリと嫌な笑みを溢した。

「で、出たーーーッ!!?よよよ妖怪が出たーーーッ!!」


「キーーキーーッ!!(大丈夫だって。冷静になりなさい洸一。あんな小さな皺だらけの爺さんの、何が怖いわけ?)」


「ぬ、ぬぅ…」

そうだ……落ち付け、洸一。

妖怪とは言え、小さな爺ィに何をビクついてるんだか……

俺はタイガーだ。

強い男だ。

あんなモンは所詮、リアルタイムフルポリゴンだと考えれば、ちっとも怖くないではないか。


「よ、良し。もう怖くないぞ」

俺は呼吸を整え、爺さんに向き直った。

「この妖怪野郎め……オカルト研究会期待の新人、蒼き閃光の洸一様が、ブブイーンと貴様を調伏しちゃうぜッ!!」


「……」

爺さんな妖怪は、乱食歯を剥き出しにニヤリと笑みを溢した。

そして次の瞬間、その姿が掻き消えたかと思うや、いきなり俺の眼前に現れたのだ。


「あ…あぅ……」

ジョロリと、熱い物が下半身に広がる。

凄く怖い。

怖過ぎて体が動かない。

タイガーどころか借りて来た猫状態。

もう僕は、ダメです。


「フォフォフォッ…」

爺の妖怪はバ○タン星人の様に笑った。

「フォッフォォフォッッ!!」


「ンヒィーーーッ!!?」

俺はその場で土下座した。

「スンマセン、スンマセンッ!!もう逆らいませんから、せめて命だけは……く、故郷には、年老いた母と父がいるんですぅ。僕が生きて帰らないと寂しくて死んじゃうですぅぅぅ」


「フォォォォォォッ!!!」


「――ひぃぃぃッ!!?」


「ってまぁ……そんなに驚くな」

爺さんはニヤリと笑みを浮べた。

そしてその骨と筋が浮いた手を俺の肩に置き、ポンポンと優しく叩きながら、

「50年振りに外界へ出たからな。ちと悪戯したくなっただけじゃよ」

そう言って、もう一度ニヤリと笑みを浮べたのだった。



ちょこんと正座している俺の前に、よっこらせと腰を下ろした痩せこけた爺さん(非人類)は、その見るからに寒そうな頭をツルリと撫でながら、

「いやいや……驚かせて、すまんかったのぅ」

どこか茶目っ気な感じで、そう言った。


ぬぅ……この妖怪、一体どーゆーつもりだ?

と、俺の膝の上に乗っている酒井さんが、手をバタバタと振りながら、

「キーキーーーキーッ?(失礼ですが……貴方は何者です?結界を易々と超えて来るなど、とても単なる地方妖怪には思えませんが?)」


「フォフォフォッ……生き人形とは、こりゃ珍しい。呪縛に囚われて成仏出来ないのかね?」


「キーーーッ!!(私の事はどうでも宜しい。質問に答えていただきたいッ)」


「おやおや、気の短いお嬢さんだ」

爺さんは低い声で笑った。

「ワシの名前は、オキクルミ。……この地に住まう地方神……土地神の端くれじゃ」


「ち、地方神?」

この薄汚い爺さん、神様だったのか?

・・・

まぁ、世の中不景気だから、神様も色々と大変なんでしょうねぇ…


「キーキーーーー?(なるほど……その力、あながち嘘ではないようですね。しかし何故、土地神ともあろう御方がこのような所に封印なされているのです?)」


「うむぅ……恥ずかしい話じゃが、50年ほど前のワシは、これでも名うてのプレイボーイでのぅ。モボのオキクルミと言えば、村の娘達はキャーキャーと騒いだものじゃわい」


「う、嘘臭ぇ…」


「まぁ、今のワシは神力を吸い取られ、枯れておるからのぅ」

爺ィの神様は、大きな嘆息を漏らした。

「話を戻すが、そんなプレイボーイじゃったワシは、いつものように村娘達をナンパしとったワケなんじゃが、ある日のぅ……意気投合した娘がおったんじゃが、これがちょいと性質たちが悪かった」


「ほぅ…」


「その娘、なんとアエオイナカムイに仕える巫女だったのじゃ。ワシ、そんな事知らんがな……」


「アエ…オイナカムイ?」


「キーー(アイヌの神様よ)」


「でじゃ、まぁ……その娘と、色々と楽しい事をしておった訳なんじゃが……それがバレての。罰として、この壷に封印されたのじゃ。オキクルミ、一生の不覚だったわい」


「なるほど…」

何だか、物凄く情け無い神様だなぁ…

「で、俺がその封印を解いてやったと」


「まぁ…自力でも脱出は出来たがな。近頃は封印の効力も弱くなってきておったし……どうやらアエオイナカムイの怒りも、少しは収まって来たようじゃ」

オキクルミと名乗る神様は、そこで一旦言葉を区切り、ズズィっと身を乗り出してきた。

「ところで人間の若人よ。一つ相談じゃあるんじゃが……」


「断わる」

俺は即答した。


「つ、つれないのぅ……爺ィの頼みを無下に断わると、バチを当てるぞ?」


「ふん、どうせそんな力も残って無いんだろ?」


「フォッフォッ……意外に頭が良いな」


「キーーッ(どちらかと言うと、中途半端に頭は悪いわ)」

酒井さんは失礼な事を言ってくれる。

「キーキーーー(それで神様。この洸一に頼みごとって、一体なんなの?)」


「なに、簡単な事じゃ。一時ほど、その体を使わせてくれんかのぅ……と思ってな」


「断わるッ!!」

俺はもう一度即答した。

「このボディは、俺様だけのものだ。何人たりとも、自由に使う事は許さんっ!!」


「キーー?(理由を聞いて良いかしら?)」


「――っておいッ!?さ、酒井さん、何の権限があって俺様のボディを……」


「キーーッ!!(お黙りなさい洸一ッ!!オカルト研究会に入った以上、貴方の身も心も、全てオカルトに捧げるのよッ!!)」


「……僕、今日限りで退部したいんですが……」


「キ~キ~キキキ(良いわよ。ただしオカルト研究会を抜ける時は、百鬼夜行のリンチを受ける決りになってるけど……それでも良いのかしら?)」


「……」


「キーーー(OK、良い子ね洸一)」

酒井さんは肩によじ登り、項垂れている俺の頭を優しく撫でた。

「キーキーーー(で、神様。話を戻すけど……洸一の体で、何をする気なの?)」


「別に大した事では無いよ、お嬢さん」

そう言ってオキクルミは痩せこけた自分の体を軽く叩き、

「ワシの体は、長い間封印されとったせいで殆ど神気が失せてしもうたからのぅ。それでその若い男の体を使うて、少しの間ナンパを……」


「ア…アホかあんた?」


「何を言う?ただのナンパじゃないぞ?ナンパした若い娘から、少しだけ精気を分けてもらう神聖な儀式じゃぞ?」


「精気?」

俺は首を捻った。

「精気を分けてもらうって……どーゆー事だ?よもや、まさか……尊師のエネルギーを体内で昇華させる儀式じゃ、とかヌカして女達を手篭めにする気じゃねぇーだろうなッ!!」


「ば、馬鹿を言えッ!?ワシはこれでも神じゃぞ。そのような無体は、するわけなかろうが…」


「だったら何をする気だ?」


「なに、ちょっとだけスキンシップをな。ほんのちょっと、ちょっとだけ……接吻を交すだけじゃ。唇から、少しだけ精気を分けてもらう……それだけで充分なのじゃ」


「なんだ、チュウするだけか…」


「そう言う事じゃ」


「そーゆー事か…」


「そうじゃ。実に簡単な事じゃ。で、どうだお若いの?」


「断わるわッ!!」



「全く、本当に大丈夫なんだろうなぁ…」

のどかさんの特命によってやって来ていた旧館を出た俺は、満天の星空の下を、我が校の生徒が泊まっている本館に向かってブラブラと歩きながら独りごちた。


「キーキキー(まぁ…何とかなるでしょ)」

俺の肩にチョコンと腰掛けている酒井さんが、まるで他人事のように言う。


(心配ない。大丈夫じゃあ…)

心の中で、あのオキクルミなる自称神様のしゃがれた声が響いた。


「くっ、根拠も無いのに…」

俺は溜息を吐き、ガックリと項垂れた。

いや、項垂れた気持ちになった。

そう……今の俺は、眼球と口以外、その統制力を失っている。

体の殆ど全ては、オキクルミが操っているのだ。

「本当に……本当に大丈夫かなぁ?」

俺はまた、後悔の言葉を吐く。

どうも誤った判断をしてしまったみたいだ。

時間が経つほど、自責の念が強くなって行く。


俺は断固として拒否した筈なのだが……

酒井さんが、『のどかには黙っておいて上げるから、やりなさい。オカルト研究家として、これは見逃せない事例よ』とか何とか言うし、オキクルミはオキクルミで、『頼む若いのッ!!ワシは……ワ、ワシはもう一度、青春を取り戻したいんじゃーーーッ!!』と叫んで号泣する始末。

まぁ……そこまで言われると、俺もどちらかと言うと人が良い方(自称)だから、渋々了承してやったのだが……

名誉の為に言っておくが、決してオキクルミが、

『なぁ若いの……ちょっと考えてごらん?お前さんはまだキスは未経験なんじゃろ?これはチャンスじゃないかな?ワシが操ってやると言う事で、複数の可愛い娘チャンとキスが出来るんじゃぞ?しかもじゃ、その責任は全てワシに擦り付ければ良いではないか……これは降って湧いた幸運じゃとは思わないか?』

等とこっそり耳打ちして俺をその気にさせたからではない。

枯れた神様の頼みだからこそ、聞いてやったのだ。

善意からの行為なのだ。

そもそもこの硬派な俺がたくさんの女の子とキスなんて……

おっと、何故か口の中に唾が一杯、溜まってしまったわい。


「でもなぁ……本当に、後でフォローしてくれるんだろうな?」


(任せておけ…)

心の中でオキクルミは、自身満々に答えた。

(ワシはこれでも神じゃぞ。神様、嘘吐かない)


「それが既に嘘臭いんだが……」

俺はもう一度、溜息を吐いた。


まぁ……ここまで来たら、仕方がない。

後は運を天に任せよう。

それにイザとなったら、のどかさんに泣き付いて何とかしてもらって……

あ、酒井さんに騙されたと言い張るのいも良いかも知れんのぅ。


と、心の中で黒い事を考えていると、不意にオキクルミが

(――ムッ!?可愛い娘ちゃんを発見ッ!!)

と叫んだ。


「可愛い娘ちゃん?」

俺は視線を向ける。

ってゆーか、顔もオキクルミが操っているので、ただ俺は見るだけだ。

うぅ~ん、暗くて良く分からんが……

本館の出入口のところに、誰かがいる。

二人だ。

背の高さからして……男と女だろう。

しかしこんな所で何を……って、まぁ決っているか。

俺の聴覚は、オキクルミによって性能がUPしているのか、離れた所にいるのに声が良く聞こえる。

どうやら、誰かは知らんが男が女に告白しようとしているらしい。

その証拠に、『あ、あの……その……実は僕は前から、その……』と、妙に吃っている男の声が鼓膜に響いている。

いやはや、青春だねぇ……


(と、突撃じゃーーーーーッ!!)

俺の体はいきなり全力疾走しだした。

(可愛い娘ちゃんの唇に、ドッキングなのじゃーーッ!!)


ま、待て待て待てーーーーーいッ!!?

この馬鹿神、告白の場に乱入する気か?

それはさすがにマズイだろッ!!


(ムォォォーーーッ!!進め一億火の玉じゃーーーッ!!)


あ、聞いてねぇ……

俺はグングンと、その影に近付く。

こ、これはイカン。

さしもの俺も、良心が咎める。

いくら操られているからと言って、他人の恋路を邪魔するのはちょっと……


「に、逃げろーーーッ!!逃げるんだーーーッ!!」

俺は叫んでいた。

今の俺には、声を出すしか手がない。

頼むから、この邪神の魔の手から逃げ出してくれぃ……


「……え?」

「……?」

俺の声に、驚いた二人が同時に振り向く。

男女とも、見た事はないが俺と同じ高校の生徒だった。

男の方は背がひょろりと高いモヤシみたいなヤツで、女の方は……リッ○ドムみたいな女だった。

可愛い娘ちゃんどころか、既に人類ではない。


ど、どこが可愛いんだか……

「に、逃げろッ!!早く逃げろッって!!」


(キェーーーーッ!!)

オキクルミが叫んだ。

そして男に凄い蹴りを放ち、女を思いっきり突き飛ばす。

(ふぅ……悪は滅んだぞい)


ア、アホかーーーッ!!?

なにしてんだよッ!!

二人とも白目剥いて伸びてるじゃねぇーかッ!!


(ワシの勘も、鈍ったものじゃのぅ…)

お、おいおい……言う事はそれだけか?

(フォッフォッフォッ…これまた、青春じゃ)


他人に殴り飛ばされるのがか?

どんな青春だよ……


(――ムッ!?可愛い娘ちゃん、発見)

俺の顔がまたもや自動的に動く。

視線の先には、女の子が一人立っていた。

しかも俺が良く知っている女だった。

怪訝そうな顔で、

「洸一……こんな所で何をしている?」


「ま、真咲しゃん…」

俺の頭上に、死兆星が瞬いていた。



「何をしてるんだ?」

学園の守護者にして破壊大帝と言う、二つの顔を持つ史上最強の女子高生である二荒真咲さんが、小首を傾げ佇んでいた。

「洸一をずっと探していたのに、こんな所で何を……」


背中に冷たい汗がブワッと浮ぶ。

「ま、真咲……実は話せば長いようで短いんじゃが……」

なんて言い掛けている間にも、俺の足は勝手に真咲さんに向かって進んでいた。


――ま、待てオキクルミッ!!

彼女は……ダメだ。

危険だ。

マジでヤバイぞッ!!


(か、可愛い娘ちゃんじゃあ……べ、別嬪さんじゃあ……)


あぁん、テンパってる…

俺は泣きたい気持で一杯になった。

選りにも選って、まさかこの場面で真咲さんが登場してくるとは……

「ま、真咲ッ!!逃げろッ!!全力で逃げ出せッ!!」


「はぁ?」

真咲はキョトンとした顔をし、そしてクスクスと笑いながら、

「相変わらず、洸一は何を言ってるんだか…」

と、逆に近付いて来た。


――い、いかんッ!!

真咲に無理矢理チュウなんて……それはズバリ、死を意味するッ!!

おい、爺ィッ!!

良く聞けよ……彼女はダメだ。

死んでしまう。

死ぬ確率は、九連宝燈を上がった時と同じくらいなんだぞッ!!


(こ、こんな可愛い娘とキス出来るのなら……この命、惜しくは無いッ!!)


――俺の命だよッ!?


「な、なぁ洸一」

真咲は微笑んでいた。

「その……良かったら、今から散歩にでも……」


「真咲ッ!!早く逃げろってッ!!今の俺は、俺じゃねぇーんだッ!!」


「はぁ?…――って、キャッ!?」

不用意に射程距離に入って来た真咲に対し、俺の腕は素早く彼女の腰に回り、グイッと力強く引き寄せていた。

まるで獲物を狩る肉食動物のような俊敏さだ。

「こ…洸一?」

突然の事に戸惑い、そして恥じらう真咲さん。

旅館の窓から仄かに差し込む光の下、彼女は首筋から耳元まで、真っ赤になっていた。

「な、何だいきなり…」


「い、いや、実はその……」

必死になって弁明を試みるが、はて……何と言ったら良いものか……

等と考えている間にも、俺の手は当然ながら勝手に真咲の後頭部を押さえ付け、そして……

「――ッ!?」


「――ッ!?」

それはいきなりだった。

ともすれば強引とも言えるそれは、オキクルミが『ちょっと触れるだけじゃあ』と言っていたのとは違い、イタリア人ですら赤面しそうになるほど、情熱的だった。

キスとかチュウとか接吻とか……そんな生易しい感じでは無い。

これぞ漢の『口吸い』だ。


ま、真咲しゃんと……キ、キスしてる……

彼女は身を、鉄のように固くしていた。

キス……俺様のファーストキス……

心臓のトルクが上がる。

俺はまた一歩、大人の階段を上ってしまった…

しかも二荒真咲とだ。

なんだかちょっと、嬉しいような恥ずかしいような……不思議な気持だ。

だがしかし、俺の心の中にはそんな甘酸っぱい気持とは別に、逆ベクトルに流れる思考も存在していた。

ど、どえらい事をしちまった……

おしっこチビリそうだ。

こんな犯罪確定のやり方、正義の人である真咲さんが許す筈がない。

彼女は純なのだ。

たかがキス、では済まされない問題だ。

下手をすればこの俺様、この北の大地で屍を晒す事になるかもしれん。

もう二度と、生きて故郷の土が踏めないかもしれんッ!!


チュポン……

と淫靡な音を立て、俺の唇が真咲の唇から離れた。

永遠とも思えるほど、長い時間だった。


(ふぅ~…えがった)

お、おい、お前……なんちゅう事を……なんて事をしてくれたんだよぅぅ…

真咲は呆然と佇んでいた。

ぼんやりとした色の無い瞳で、俺を見つめている。


真咲しゃん…

「だ、大丈夫か?」

俺は恐る恐る、声を掛けてみる。

彼女の体が、ピクンと微かに動いた。

瞳に、段々と色が戻ってくる。

「ま、真咲しゃん?あの……実はこれには深~いワケが…」


「キス……された。洸一とキス…」

真咲の体が小刻みに震える。

それと同時に、辺りの空気がキーーーンと張り詰めた。

紛れも無い、これは……殺気だッ。


「い…いきなり……いきなり何をするかーーーッ!!」


「――ンひぃぃぃッ!!?」


「こ、このバカがーーーッ!!」

ゴォォォォーッと、まるで地下鉄のような音を立て、彼女の拳が近付く。


――さ、さらば故郷よッ!!


(やれやれ、お転婆なお嬢さんじゃあ)

呑気なオキクルミの声が頭の中に響くと同時に、俺の体は真咲の攻撃を皮一枚で躱していた。

そして更には手を伸ばし、彼女の顔に触れながら、『チュッ♪』と今度は優しいキスを一つ。


「あ…」

サッと身を離した真咲は、口元を押さえ、泣いているようなそれでいて嬉しいような怒ってるような……そんな不思議な顔で、俺を見つめていた。


「ま、真咲…」


(うむ、満足じゃあ。次行ってみよう、次ッ♪)

俺の体は、スキップしながら彼女の元を離れた。



「や、やっちまった……遂に、取り返しのつかない事をしちまった…」

旅館内に戻った俺は、廊下を歩きながら大きな後悔に駆られていた。

「ま、まさか真咲さんとキスしちゃうなんて……しかも無理矢理に……」


(やれやれ、過ぎてしまった事をいまさら悔むな)


「――張本人が何を言うかッ!?」

俺は『ハァァァ~』と大きな溜息を漏らした。

「なぁ、酒井さんよ。俺……今更だけど、とんでも無い事をしてるんじゃないか?」


俺の肩に腰掛けている酒井さんは、不機嫌な顔で小さく頷いた。

「キ~~~(少し、軽率だったわ。まさかあんな強引にするなんて…)」


「ど、どうにかならないもんかねぇ?具体的に言うと、もう一度封じ込めるとか……」


「キーキキー(今となっては、ちょっと無理ね。ここは潔く、彼に身を任せるしかないわ)」


「くっ…そんなにアッサリと……」


(フォッフォッ……どこかに可愛い女子はおらんかのぅ♪)

神様は脳天気だった。


あ、あのなぁ…

(なんじゃ?キスの一つが、そんなに気に病む事かの?)

俺はアンタと違って、真面目なんだよッ!!

それにだ、相手が真咲だったなんて……


(ん?お若いの……もしかしてさっきの可愛い娘ちゃんに、惚れておったのか?)


「そんなんじゃねぇーよッ!!」

俺は思わず叫んでいた。

「なんちゅうか……色々と難しいんだよッ!!」

あぁ…この修学旅行で、真咲との仲が近付いたと思ったのに……

そりゃあ俺だって男だから、真咲みたいな美人と、理由はどうあれキス出来たことは、これは非常に幸運な事だけど……


(ふむふむ、ワシのお陰じゃな。感謝せいよ)

ば、馬鹿野郎……

キスするにも、それなりに手順ってモンがあるだろうに……

(そんなまどろっこしい事をしているヒマはないんじゃよ)

オキクルミの声が、脳内に響く。

(それにじゃ、ワシはこれでも神様じゃぞ?ある程度は、人の心ぐらいは読めるわい)

……どーゆーこと?

(つまり、本当にお前さんを嫌っている相手にはキスをしないと言う事じゃ)

ん?んん??

(経験不足のお前さんには、女心はまだ分かるまいて。フォッフォッフォッ…)

よ、良く分からんが…

しかし大丈夫かなぁ、心配だなぁ…

(やれやれ、チキンじゃのぅ)

アンタは知らねぇーんだよ。

俺の置かれた立場っちゅーモンが。

真咲とキスしたなんて、他のみんな……特にまどかや優ちゃんやのどかさんや穂波にバレてみろ……

自分でも何だか分からんけど、物凄く悪い事が起こるような気がするぞ。


(――ムッ!?可愛い娘ちゃん発見ッ!!)


またかよッ!!?ってゆーか、少しは俺の話を聞けよッ!!

等と心の中で抗議する間も無く、俺の意思とは裏腹に、顔の向きがクルリと変わる。

「あぅ…」

視線の先には、六甲の赤い稲妻こと、伏原の美佳心チンがいた。


「なんや?こないな所におったんかぁ」

委員長は当然と言えば当然ながら、無警戒に近付いて来た。


(め、眼鏡ッ娘じゃあ……し、しかも巨乳様じゃあ……たたた堪らんのぅ)


こ、この邪神め…

「ミ、ミカチンッ!!」


「ミカチンって言うなやッ!!」


「そんな事はどーでも良いッ!!は、早く逃げろッ!!俺の傍から離れろッ!!」


「は、はぁ?」

美佳心チンは目をパチクリとさせ、次にキシシシシと笑った。

「なんやそれ?もしかして、また何か悪巧みでも考えとるんか?」


「ち、違うッ!?そーじゃなくて……」

とか言ってる間にも、俺の足は既に駆け足だった。


(くぅぅぅ~、昔に比べて現代ッ娘は発育がエエのぅ)


「す、すまんミカチンッ!!」


「またミカチンって――キャッ!!?」



「な、なんや?いきなりなにするんや??」

冷静クールな美佳心チンにしては珍しく慌てふためいていた。

ま、それも当然だろう……

俺はいきなり彼女の両の腕を掴み、廊下の壁に押し付けていたのだ。


「ご、ごめんよ美佳心チン……」


「な、なんやねん。洸一くん、謝ってるのになに笑うてるねん……き、気味悪いで」


クッ、オキクルミの野郎……

「す、すまねぇ。ワケは後で話すけど、取り敢えず今は、すまねぇ……」


「スマン言うんやったら、さっさと手を離さんかいッ!!」

壁に押し付けられている美佳心チンは、俺を睨みながら身を捩った。

「ったく、一体なんの遊びやねん。こないなところ誰かに見られたら、どないするねん…」


「うぅぅ……ごめんよぅ」


「せやから、謝る前に離せっちゅーねんッ!!こら、そこの魔人形ッ!!このアホをどないかせいやッ!!」

だが、俺の肩に乗っている酒井さんは無言で首を横に振った。

「な、なんやねん……って、アホッ!!?か、顔を近づけるなッ!!」

美佳心チンの顔が、段々と接近してくる。

その瞳には、僅かに怯えた色が浮んでいた。

「こ、洸一くんや……じょ、冗談は止めぃ。冗談は――ンンッ!!?」


あ…あぁ……やっちまった……

唇に触れる、熱い感触。

そして脳内に響く、歓喜の声。

(い、いやっほぅぅぅぅぅぅぅッ!!)

オキクルミは、俺様の頭の中で独りパレード状態だった。


「んん…ん……」

美佳心チンは瞳を閉じ、必死に耐えていた。

ぬぅ…なんだかちょっと、興奮する……


(じゃろ?)

あ、あぁ……って、そんな事を言ってる場合じゃねぇーよッ!!

(やれやれ…)


俺の唇は、ゆっくりと彼女から離れた。

「あ……」

美佳心チンの口から、大きな吐息が漏れる。

彼女の顔は、耳朶まで真っ赤になっていた。


さ、さて……また一つ、大問題を引き起こしてしまったワケなんだが……


「ウ、ウチの初めてが……洸一くんに奪われてもうた……」

美佳心チンは呟いた。


あぅ…

「ス、スマンッ!!で、でもな、なんちゅうか……これにはワケがあるんですよ?」


「……払えや」


「はい?」


「慰謝料……払えやーーーーーッ!!」

フンガーと鼻息も荒く、美佳心チンは暴れ出した。

「いきなり何さらすんやッ!!このダボがぁーーーッ!!」


(ち、血の気の多いお嬢さんじゃのぅ)

そりゃあ、赤い稲妻だもの……

ってゆーか、早く逃げろよッ!!

傷付くのは俺様のボディだぞ。

(そうじゃのぅ…)


「離せッ!!さっさとこの手を離さんかいッ!!簀巻きにして、神戸港に沈めたるッ!!」


それは勘弁願いたい。

「わ、分かってる。それは充分に分かってるんじゃが……」

とか言ってる内に、俺の手は勝手に動いて彼女の腕を解放するが、

――ムニュ……

今度はその大人気ない大きさとも言うべき彼女の胸を、優しく包み込む様に揉みしだいていた。


「……キャーーーーーーッ!!」

館内に響き渡る乙女の悲鳴。

俺は脱兎の如く、その戦線から離脱していた。


ななな、何してるんだよーーーーッ!?

(い、いや……アレを見せつけられて触れないのは如何なものかと……)

ば、馬鹿野郎が……キスだけって言ったじゃんッ!!

美佳心チンの胸に触るなんて……

俺、完全に殺される。

性犯罪者確定じゃんッ!!


(しかし大きかったのぅ…)

おいおいおいおいおい……

なに浸ってるんだよ、お前は?

(――ムッ!?可愛い娘ちゃん、発見っ!!)

またかよッ!!?

何人襲えば気が済むんだよッ!!


「あれ?コーイチ?」


ゲッ!?しかも智香かよ……



目の前に、お馬鹿の代名詞とも言える智香が、相変わらずの片目隠しヘアーで、ニヤニヤとアホ面下げて立っていた。


(うぅ~ん、これまた中々に可愛いお嬢さんじゃあ)

はぁぁぁ?

相手は智香だぞ?

俺様フレンズの中では、下から2番目ぐらいに頭が不自由な女なんだぞ?

(馬鹿者。お主は目が腐っておる)

あ、アンタは根性が腐ってるじゃねぇーか……


「ちょっとコーイチ。なに独りでブツブツ言ってるのよ?」

目を細め、どこか警戒した感じで俺を見つめる智香。


ぬぅ…

確かに……見た目だけに限れば、それなりに可愛いか……

「い、いやぁ~…ちょっとな」


「ふ~ん…、相変わらず脳が病んでいる男ね。それはそうとコーイチ。アンタ、二荒さんに何をしたのよ?」


「は、はい???」


「二荒さん、生はげみたいな形相で『洸一はいねぇがぁ』って探し回っていたわよ」

智香はそう言って意地悪く笑うと、

「あんなに怒ってる二荒さんは、初めて見たわ。こう言っちゃなんだけど……コーイチ、見つかったらアンタ、半殺しだけじゃ済まないかもね」


「あ…あぅ」

そ、そっか……真咲姐さん、僕を捜しているのか……

やっぱり、生きて故郷へは戻れないのかぁ…

悲しいなぁ…


「ねぇねぇ、アンタなにしたのよ?ちょっとだけ、この智香ちゃんに教えなさいよぅ」

智香の馬鹿は、全くの無防備で俺に纏わり付いて来た。

己の身に不幸が降り掛かるのも知らずに……

「ねぇねぇねぇ、誰に言わないからさぁ。二荒さんを何で怒らせたのよぅ」


(気さくで可愛い娘じゃなぁ…)

落ち付け、オキクルミッ!!

まだ早い……暫し落ち着けッ!!

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「智香……教えて欲しいか?」


「当たり前でしょ?」


何が当たり前なんだろう?

「そっか……だったらキスさせろ」


「…………はい?」

智香は高速で瞼を瞬かせ、そしてどこか珍獣でも見る目つきで、

「コーイチ……アンタなに言ってんの?」


「だからぁ……キスさせたら話してやる」


「へぇ~…」

智香の目が細まる。

俺を試すような目つきだ。


ハァ~……逃げてくれれば良いのにねぇ……

多分智香は……

「ふふん……良いわよ♪」

ほら、俺の予想通りに言いやがった。

彼女にしてみれば、いつもの気さくな俺様ジョークだと思ったのだろう。

俺達は、長年そーゆー付き合いをしてきたのだから。

「その代わり、ちゃーんと全部話してね」

智香はケタケタと笑い、「ほれ、早くしろ」と言わんばかりに、瞳を閉じて頤を上げた。

はい、言質を頂きました。

これで幾分か、俺の罪悪感も少なくなると言うもんだ。


(むぉぉぉッ!!可愛い娘ちゃんが自ら求めて来おったぞいッ!!)

あ~…はいはい、良かったな、オキクルミ。

(では、いただきますッ!!)

いつもの冗談だと思っている智香に対し、オキクルミは何の躊躇いも無く情熱的なキスをした。

電光石火の早業だ。


「――んんッ!!?」

智香の目が、驚きで大きく開かれる。

そして俺を突き飛ばし、逃げ出そうとするが、

(まだまだぁぁぁッ!!)

俺の腕と唇は、彼女を放さない。

それどころか、

「――んんんッ!!??」

ニュルンとした感触を、舌先に味わった。


あ、凄い気持ち良い……

って、そうじゃねぇーーーーーーーッ!?

なに舌まで入れてるんだよッ!!?

反則だろ、それはっ!!


(え?いや……良いかな、と思って。拙かったじゃろうか?)

あ、当たり前だろッ!?

(そっか……そりゃ悪い事をした)

オキクルミは名残惜しそうに智香の咥内を弄ると、ゆっくりと唇を離した。


ぬぅ……

俺の唇と智香の唇の間を、銀色の糸が結んでいる。

ちょっと淫猥な光景だ。


「あ…あんた……何してくれてんのよ……」

智香は声を震わせながら、口元を押えた。


「何って……チュウ」

しかもディープだ。


「な、なんでこの智香ちゃんの初めてをコーイチなんかに……」


「い、いやぁ~…まぁ、ねぇ?この件に付きましては、色々諸事情があるワケでして……そもそも、ちゃんと許可は取ったじゃんかよぅ」


「ば、馬鹿ーーーーーーーーッ!!」

智香は絶叫した。


(か、かしましい娘さんじゃのぅ…)

なんでお前はそう呑気なんだ?

「お、落ち付け智香。話せば分かるッ!!……と思う」


「コーイチッ!!アンタと言う男は……ア、アンタと言う男は……」


うへぇ、智香がマジで怒ってる……

こんなに怒った彼女を見るのは、中学時代、とある情報を歪曲して穂波にチクった時以来だ。

ま、さすがにいきなりキスでは、智香の馬鹿でも怒るか……

どないしよ?


(――ムッ!?)

な、なんだよ今度は……

(高エネルギー体接近じゃッ!!)

はぁ?

と、心の中で首を捻る俺の前に、サッと二つの影が躍り出た。

「こ、ここいたか洸一ッ!!」

「逃さへんでッ!!」


「―――ハゥァッ!!?」

目の前にはいたのは、学園の破壊大帝と六甲の赤い稲妻だった。

ご両人供、まるで仁王様のようなお顔をしていらっしゃる。


(おぉ、先ほどのお嬢チャン達ではないか。お主、中々にモテモテじゃのぅ)


ア、アホかーーーッ!?

さっさと逃げだせッ!!!

捕まったら最後、間違いなく生きながら地獄の業火に放り込まれるぞッ!!



俺は駆けていた。

広い館内を、俺がキスを施してやった女達の鬼気迫る執拗な追跡から、逃げ回っていた。


ハァハァ……み、右だッ!!そのまま真っ直ぐ……次の角を左ッ!!!

俺はともすれば荒くなる呼吸を整えながら、マイボディを操っている自称神に命令する。

今の俺は、体は自由に動かないけれど、有難く無い事に痛みや疲れは感じる事が出来る。

荒ぶる3人の女の子達に追っ駆け回され、既に心身ともに疲労困憊状態だ。


(りょ、了解じゃ…)

オキクルミも、ゼーゼーと心の中で荒い息を吐いていた。

何でも、魂を宿した肉体を操るのは、それはそれで疲れる事なのだとヌカしていたが……


よ、良しッ!!あの部屋へ飛び込めッ!!

俺は扉を開け、室内に転がり込んだ。

「ハァハァ……」


「あ、あれ?洸一?」

同部屋の野郎どもとトランプに興じていた豪太郎は、いきなり血相変えて部屋に飛び込んで来た俺に、驚いた顔を向ける。

「どうしたの?そんなに慌てて……」


「ど、どうもこうも…」


相変わらず尻にアイスノンを乗せている多嶋の馬鹿も、布団の上に寝そべりながら、不思議そうな顔で俺を見つめ、

「何処に行ってたんだ、神代?」


「少し……冒険をしにな」

俺は呼吸を整えながらそう言うと、机の上に置いてあった急須を引っ掴み、そのままダイレクトに口を付けた。

冷めたお茶が、渇き切った喉を潤す。


(よ、ようやくに一息吐いたわい…)

確かにな。

「ふぅ~……ちょびっとだけ生き返った」


「大丈夫、洸一?凄く疲れてるみたいだし……顔色も少し悪いよ?」

と豪太郎。


「……顔が蒼褪めているのは、これから先の事を考えると不安でいっぱいだからだ」

俺はそう言って、心の中に巣食う、神と名乗るオキクルミに詰問する。

おい、あと何人襲えば気が済むんだよ?

(失礼な事を言うな。そんな言い方をされると、まるでワシが犯罪者のようではないか…)

――ドアホッ!!

強引なキスに乳揉みにディープキス……既に犯罪確定のラインナップじゃねぇーかッ!!

(……あと少しなんじゃあ)

オキクルミの情け無い声が、脳の中に響き渡った。

(あと3人……いや、あと2人で、ワシは甦る。甦ったら……街に繰出してナンパ出来るんじゃあ)

クッ、この色情因縁霊め……

洸一チン、ちょいと後悔だ。

やはり甘言に惑わされる事なく、あの壷にちゃんと閉じ込めて置けば良かった……


(ムッ!?可愛い娘ちゃんの気配を感じるぞいッ!!)

す、少しも反省してねぇーし……

心の中でガックリと項垂れていると、部屋の扉がコンコンッと軽やかにノックされ、

「洸一っちゃん、いるぅぅぅ?」

中へ入ってきたのは、史上最悪の生物だった。


ギャーーーーーーッ!!?

遂に来ちまったッ!!

今、世界で最も会いたくねぇ女がやって来ちまったーーーーッ!!


「こ、これは榊さん……」

多嶋の馬鹿がいそいそと布団から立ち上がろうとするが、俺のボディは、当然ながら俺の意思に反し、そんな多嶋の背中を踏み付けながら、入って来た穂波をジィーッと見つめていた。


(べ、別嬪さんじゃあ……)


ヒィィィーーーッ!!?

たたたた、頼むオキクルミッ!!

穂波は……彼女にだけは、手を出さないでくれッ!!

(無理じゃ)

ぬぉいッ!?

(あんな可愛い娘を放って置くことは、ワシのプライドが許さん)

お前のプライドなんか生ごみの日に出しちまえッ!!

いいか良く聞け……アイツはダメだッ!!

あの女に手を出したら、俺の人生、エンドロールへまっしぐらだッ!!

(なんじゃ?あのめんこい娘は、お主のそんなに大事な想い人なのか?)

眠れなくなるような事を言うなッ!?

穂波に恋心を抱くぐらいなら俺は――って、足動いてるッ!?

おい、オキクルミッ!!近付くのを止めろッ!!

(ハァハァ……可愛い娘じゃあ……)


イヤーーーーーーーーッ!!?

助けてお母さんッ!!



「えへへ、光一っちゃん♪」

穂波はニコニコと……ニコニコと、見る人が見たら一発で『脳の病です。素直に病院へ行って下さい』と言っちゃうようなヤバイ笑顔で、近付いて来る俺を見上げていた。

「探してたんだよぅ」


だ、誰か助けて……


「えへへへへへ~…今日が最後の夜だね、光一っちゃん」


……多分、僕の人生でも、最期の夜だ……


「それでね光一っちゃん。良かったら、夜のお散歩に……」

僅かに頬を染めた穂波に対し、オキクルミが操る俺のボディは、ゆっくりと両の腕を広げた。


(うんうん、可愛いハニーじゃあ)

か、神のくせに見た目に騙されやがって……

穂波はなぁ……この女は心の中に26人(推定)の使徒を飼っている猟奇的生物なんだぞッ!!

(純情そうな女の子じゃあ)

あぁん、聞いてねぇ……


俺の腕はゆっくりと、優しく包み込むように穂波を抱き締めた。

「こ、洸一っちゃん……?」

少しだけビックリしたような穂波の顔。

部屋の中にいた男子生徒が、『うぉう…』と奇妙な声を漏らし、多嶋に至っては、『じ、神代ーーーーッ!?』と魂の叫びを上げる。


ほ、穂波を抱き締めちまった……

もう終りだ……


「洸一っちゃん…」

彼女もキュッと、俺を抱き締めてくれた。

彼女の匂いと体温が伝わる。


(おほっ♪意外に積極的じゃなぁ)

ど、どアホが……

おかしいと思わないのか?

他の女は叫んだり怒ったりしたのに、コイツは抱き締め返して来るんだぞ?

ヤベェ女だって気付かないのかよッ!!


(めんこいのぅ…)

オキクルミは全く聞いていない。

俺の手を操り、穂波の顎に指を掛けて軽く持ち上げる。


やめろ…やめてくれぇぇぇぇ……

穂波の瞳が、異様な程キラッキラッと輝いていた。

頼むオキクルミッ!!他の女ならどんなのでも良いから……こ、こいつだけは……

(そんなに、この娘っ子が嫌いなのか?)

いや、好きとか嫌いとかの問題じゃなくて、命に関わる問題と言うか……

(いただきます)

うわッ!?全然聞いてねぇーよッ!!?


俺の顔はゆっくりと穂波に近付く。

ヤバイぐらい潤んだ瞳に、朱に染まった頬……

そして、してやったり、とでも言いたげな淡いピンクの唇。

そんな彼女の顔が、徐々に、そして確実に近付いて来る。

洸一滅亡まであと数センチだ。


うぅぅ……な、なんで俺がこんな目に……


―――チュッ♪


さらば青春ッ!!

俺の唇と穂波の唇が触れた。

どこか躊躇いがちなキス……ではない。

あろう事か穂波は、いつの間にか俺の首に腕を回し、強引に引き寄せているのだ。


や、やっちゃった……

って言うか、やられちゃった……

僕、汚されちゃったよぅぅぅ。


多嶋も含め、部屋の中にいた男子連中は、音も無しに熱いキスを交している俺達を見つめている。

全く、言い逃れの出来ない状況だ。


終った……

俺の愉快で楽しい学園生活が、今、終わった……


――チュポン…

艶かしい音を立て、俺と穂波の唇が離れる。


「洸一っちゃん…」

穂波はうっとりとした表情をしていた。

涙腺器官に異常が発生したのか、過度に瞳を潤ませている。


(よ、良し。もう少しじゃあ……もう少しでワシは……)

うるせーよ、この大馬鹿野郎が……

「ほ、穂波?あのな、取り敢えずは落ち付いて俺の話を聞いてくれ。今のキスはな、実はその…」


「洸一っちゃんと……キスしちゃった」

ポッと頬を赤らめる穂波。

はにかんだその笑顔が少しだけ可愛い……と思った瞬間、いきなり彼奴はラジオ体操の如くその体を思いっきり後へ仰け反らせ、

「ケェーーーーーーッ!!」


「――ギャッ!!?壊れたッ!!?」


「苦節16年ッ!!洸一っちゃんと遂にランデブーだよぅッ!!」

穂波はそう叫ぶや、いきなり俺を突き飛ばし、そのまま窓から表の日本庭園に飛び出した。

そして満天の星空に向かって、

「ムキョーーーーーーッ!!」

と盛大に吼える。

どうやらただでさえ少ない理性が、キスによって全て崩壊してしまったようだった。

とても同じ国の義務教育を受けてきたとは思えない。

ってゆーかアレ、元に戻るんだろうなぁ?



テンパり、夜空に向かって吼え続ける穂波を尻目に、オキクルミは心の中で

(もう少し……あと少しでワシは甦る)

等と他人事のように呟いている。


こ、この大たわけが……

周りに視線を走らせると、豪太郎達は唖然とした顔をしており、多嶋の馬鹿は……燃え尽きて真っ白になっていた。

おい、オキクルミ。この状況、どうしてくれるんだよぅ……

(も、もう少しなんじゃッ!!可愛い娘チャンは……可愛い娘チャンは何処ッ!!)

あ、あのなぁ……

(可愛い娘ちゃんは――っと、おおっ!?良く見れば、こんな所におるではないかぁ♪)

は、はい?

気が付くと、俺の手は何時の間にか、肩に乗っていた筈の酒井さんを握り締めていた。

ぬぉーーいッ!?

お前なに考えているんだよッ!?

マニアックにも程があるじゃねぇーかッ!!

(可愛い魂をしておるのぅ)

オキクルミは当然の事ながら、聞いてない。

(この娘で最後なんじゃあ。ワシは……ワシは……)

こ、この妖怪爺ぃめ…

「さ、酒井さん?」


「キーーーーーーーッ!!(こ、洸一ッ!?これは一体なんの真似よッ!!)」

俺の手に挟まれている市松人形は、手足をばたつかせて暴れていた。

「キーキーッ!!(離しなさい洸一ッ!!のどかに言いつけるわよッ!!)」


「そ、そんなこと言っても、俺の意思じゃないのは知ってるじゃないかぁ」


「キキーーーーッ!!(この邪神ッ!!早く私を放しなさいッ!!)」


(ツンツンしている娘は可愛いのぅ…)

「……酒井さん。オキクルミのアホは全く聞いてませんよ?」


「キーーーーッ!!(は、放せッ!!私の貞操を汚そうなんて…)」


(では、いだきます)

オキクルミは問答無用で、俺の顔を酒井さんに押し付けた。

唇が、彼女の顔面全体を嬲る。

これはもはや、断じてキスとは言えない悪魔の所業だ。


あぁ……もう、どうにでもなれ……

(――良しッ!!神通力が甦って来おったぞ)

俺の手は酒井さんを解放した。

「お、おい……大丈夫か?」

畳の上に、ぼんやりとした感じで座っている酒井さん。

気のせいか、少しだけ泣いているように見えた。

・・・

もっとも、泣き叫びたいのは俺の方なんだが……


「酒井さん?」


「……(……やる)」


「は、はい?」


「キーーーーッ!!(訴えてやるーーーッ!!)」

酒井さんはおもむろに立ち上がるや、俺を睨み上げながら、

「キキーーッ!!(泣き寝入りはしないんですからねッ!!)」

そう叫んで、部屋から出て行ってしまった。


うぅ~む……

元はと言えば、オカルトの為だとか何とか言っていた酒井さんの自業自得的な気がするが……

とその時、不意に何かが俺の肩に触れ、

「き、貴様と言う奴は……貴様と言う……」

灰になっていた筈の多嶋が、鬼の様な形相で俺を睨み付けていた。

「ゆ、許さんぞ神代ッ!!榊さんに強引に……俺の純情を弄びやがって……」


「……やかましいーーーーッ!!」

洸一キック炸裂。

多嶋の馬鹿は、部屋の隅まで吹っ飛んで行った。

「ったく、事情も知らない馬鹿のくせに……」

――って、あれ?

俺は自分の手を見つめた。

動く?

指も……手も腕も、足も……俺の思い通りに動くぞ。

おい、オキクルミ?

心の中でそう呼び掛けるが……反応は無かった。

あ、あれ?

あれれれ?

もしかして……俺は自由?

って言うか、あの邪神は……どこ?

ひょっとして……逃げた???


「――話しが違うじゃんかッ!?」

後でフォローしてくれる約束だったじゃんッ!!

ど、どうするんだよ、俺……

真咲に美佳心チンに智香に、そして穂波や酒井さんまで襲っちまったのに……

心神喪失状態と言うことで、何とか無罪に持って行けるか?


「い、いかんッ!?こんな所で途方に暮れてる場合じゃねぇーッ!!」

俺はキョトンとした顔で突っ立ている豪太郎や他の生徒を押し退け、部屋から逃げ出そうとするが、

――カチャ……

扉が開き、そこには3人の、年頃美少女的死刑執行人が佇んでいたのだった。



―――ヒィィィッ!!?

半分ほど腰を抜かし、俺は部屋の中央に慌てて退避。

二荒真咲、伏原美佳心、早風智香の3人は、それこそ僕の見たことの無い鬼の形相で、ズカズカと部屋に上がり込んできた。

見るとドアの片隅に、恨めしそうな顔で酒井さんが佇んでいる。

どうやら彼女が、この御参方を招き入れたようだ。


クッ、酒井さんめ……俺を売ったなッ!!

だが、そんな事はもうどーでも良い。

今、この俺が為すべき事……

それは、この致死性の高い状況から如何に逃げ切るか、と言う事だ。


――ゆ、許せ皆の衆ッ!!

俺は踵を返し、窓から外へ逃げ出そうとするが、

「ここここここ洸一っちゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ♪」

その窓からヤバイ女が舞い戻って来た。

「決めたよッ!!子供の名前は熊吉と熊美にしよっ♪」

しかもチンプンカンプンな事をヌカしてくれる。

これではもう、逃げ出すことは出来ない。

完全に退路を断たれてしまった。

どうしましょう?


――お、落ち付け俺ッ!!

考えるんだ……

冷静になって考えれば、必ず脱出方法はある筈だッ!!

閃け、俺の脳よッ!!!


★洸一・脳内シミュレート★

プラン1/惚ける

「はぁ?キス?僕はそんな事、全く知りませんなッ!!ハッハッハ…」

穂波:「酷いよ洸一っちゃんッ!!目撃者もいっぱいいるのに……死んじゃえぇぇぇぇぇッ!!」


プラン2/実は他人

「スマンッ!!俺は神代洸一に似ているが、実は別の人物なんだ」

美佳心:「ほか。ま、誰でもエエわ……どうせ死ぬんやからな」


プラン3/全てはあの人の差しがね

「ご、ごめんよぅ。アレは俺のせいじゃないんだよぅ。実はのどか先輩の陰謀で、俺は巻き込まれただけで…」

酒井さん:「キーーーーーッ!!(のどかに罪を擦り付けるなんて……オカルト研究会の名において、洸一に天罰を下すわッ!!)」


プラン4/事実を話す

「じ、実は…かくかくしかじか…俺はオキクルミと言う神に操られて云々……」

智香:「だったらその神とやらに会わせてよ。え?もういない?ふ~ん……コーイチ、死ぬ前の嘘だったら、もう少し上手に吐く事ね」


プラン5/開き直る

「キスの一つや二つでギャーギャー喚くなッ!!俺様がしてやったんだ……感謝しろぃッ!!」

真咲:「……」

――論外。

★脳内シミュレート:終了★

結果:死亡確率98.5%


うわぁぁーーん、悔いの残る一生だったーーーッ!!

俺はその場にへたり込んだ。

四面楚歌……

どうせこうなる運命なら、キスよりもっと凄い事をしておけば良かった……


「神代洸一…」

真咲さんの、怒りを押し殺したような低い声が響いた。

「これは一体、どう言う事だ?」


顔を上げると、こめかみ辺りをピクつかせた真咲姐さんが、腕を組みながら俺を見下ろしている。

無茶苦茶に怖い。

僕の命は、超デフレ傾向だ(意味不明)。

「え、え~と……その……なんと言って良いのやら……」


「私一人だけならともかく……他の女まで襲うとは何事かッ!!」


「――ハゥッ!?」

あ、尿が漏れちゃった……


「……せやな」

美佳心チンが冷やかに頷く。

「誰か一人やったら、まぁ……許したるわ。せやけど、一度に複数っちゅうのは……どないな事やッ!!」


「あ、あぅぅ……しょのぅ……」


「しかもウチは乳まで揉まれたんやでッ!!世間ではそれを、強姦未遂っちゅーんやッ!!」


「そ、そんな大それた事は……」


「私なんかいきなりディープキスよ。舌まで入れられたんだからね」

智香が頬を赤らめ、俺を睨み付ける。

「コーイチ……どーゆー事か、ちゃんと説明してくれるんでしょ?」


「う、うん。実は……」

俺は信じてもらえないかもしれないけど、例のオキクルミの事を話そうとするが、

「ちょ、ちょっと待ってーーーーーーッ!!」

背後からキ○ガイが叫んだ。

「洸一っちゃん。どーゆー事かな?……かな?」


「ほ、穂波しゃん…」


「私以外にも、キス……したんだ?」


「……まぁその……」


「二荒さんの唇を、奪ったんだぁ」


「う、うん……」


「伏原さんのお乳まで揉んだんだぁ」


「つ、ついそこにあって……」


「智香の口に舌まで入れたんだぁ」


「き、気が付いたら大人のキスを……」


「そっかぁ……だったら仕方ないね♪」

穂波は微笑んだ。

「二度と悪さが出来ないように、その舌と指をチョン切っちゃわないとね♪クスクス…」


「い、いやぁぁぁッ!!?」

腰が抜けた。

マジだ……あの目はマジだッ!!

「お、落ち付け穂波ッ!!実はこれには、凄い訳があるとですよーッ!!」


その時だった。

部屋中に響き渡る、重々しい声。

「――それまでじゃ」

こ、この声は……オキクルミか!?



突如として部屋中に響き渡る、力の篭った重い声。

二荒達も、そして部屋に居合わせた野郎どもも、キョロキョロと辺りを見渡す。

もちろん、俺もだ。

「オ、オキクルミッ!!どこだ?早く出て来て俺をヘルプッ!!」


「慌てるな」

声の発信元は、俺のマウスからだった。

「今行くぞ」

口がそう勝手に動くや、俺の体は淡い光に包まれた。

「う゛っ…」

眩いばかりの閃光が、部屋中に染み渡る。


あ、今なら逃げ出せそう……

そんな考えが脳を過るが、

「何処へ行く気だ、洸一?」

いつの間にか真咲さんが、俺の首根っこを掴んでいた。


やがて、部屋の明りが元に戻る。

その男は、静かに俺の隣りで佇んでいた。

「オキクルミ……」

あの妖怪みたいだった爺ィは、力が甦ったのか、神々しかった。

アイヌ的民族衣裳に身を包んだその肉体は瑞々しく、顔は涼やか。

ただ、頭部方面が少し砂漠の嵐作戦状態なのは、今だ復活が100%ではないのだろう。


「待たせたな、神代洸一」

低く、男らしい声。


俺は涙目で頷き、

「コイツが犯人ですッ!!」

ビシッとオキクルミを指差した。


「だ、誰なんや……」

と、美佳心チン。

皆、突如として部屋の中に現れたその男に、訝しげな表情を送っていた。


「……我が名はオキクルミ。この地を治める大神に列なる者だ」

そう言って神は俺の肩に手を置くと、

「故あって封印されている所を、この若者に救われた」


「ってゆーか、俺の体を乗っ取ってキスしまくっていたんだよぅぅぅ」


「こらこら、話しを端折るな」

オキクルミは溜息を吐いた。

そして唖然としている皆を見渡し、

「ま、この若者の言った通り、そなた達に接吻を繰り返してた張本人は、私だ。許せ」


「ゆ……許せるかーーーッ!!」

そう叫んだのは真咲さんだった。

美佳心チンもフンガーと鼻息を荒げ、一斉にオキクルミ&俺に飛び掛ってくる。


「お、落ち付きたまえ」

と、オキクルミが手を翳した瞬間、彼女達の動きが止まった。

キス魔と言えどもさすがは神、少しは超常的パワーを有しているようだ。

「神に飛び掛ってくるとは……お、恐ろしい女子達よのぅ」


「だからそう言ってるじゃんかよぅ」


「ふむ……うら若き乙女達よ、許せ」

オキクルミは素直に頭を下げた。

「これも全て、この神代洸一なる若者の肉体を以ってそなた達に接吻を施したのは我が神通力を取り戻す為。許されよ」


「そんなんで済むかーーーッ!!」

委員長が、物凄い形相で叫んだ。

さすが六甲の赤い稲妻……例え相手が神でも、一歩も引く気はないらしい。

なんて恐ろしい…

「ウチの初めてなんやッ!!神だか何だか知らんへんけど、謝って済む問題かーーーッ!!」


「その通りだ」

真咲さんも鬼のような形相で頷く。

「理由はともかく、私達の意思を無視してまでキスをするなんて……女の敵めッ!!成敗してくれるッ!!」


「おおお落ち付きたまえ」

さすがの神であるオキクルミも、彼女達の怒りの凄まじさに、声を上ずらせた。

ちなみに俺なんか既に、おパンツがビショビショのグシャグシャだ。

「わ、私とて……取り敢えずは神の端くれだ。問答無用、手当たり次第にキスをしたワケではない」


それ、凄く嘘臭いんじゃが……


「あ?どこがやねんッ!!手当たり次第にしとるやないけーーーッ!!」

と、美佳心。


「そーよッ!!」

と智香の馬鹿も叫ぶが、オキクルミは少しだけ困ったような顔で一瞬だけチラリと俺に視線を走らせ、

「乙女達よ……本当に、そう思うかね?」


「ど、どう言う意味だ?」

真咲が僅かにたじろいだ。


「私はこれでも神だ。人の心ぐらいは、ある程度読む事は出来る」


「う…」

「そ、そうなんか……」

真咲に美佳心、そして智香はお互いに見詰め合う。

ちなみに穂波は……独りクスクスと笑っていた。

場の状況が良く分かっていないらしい。


「つまり私は、この神代洸一なら……と考えている乙女にしか手を出さな――」


「――も、もう良いッ!!」

真咲さんがオキクルミの声を遮るように叫んだ。

何故か顔中が真っ赤だ。

「やった事は許せないが……過ぎてしまった事だ。もう良い……」


「せ、せやな」

美佳心チンも頷く。

「見知らぬ男やったらまだしも……洸一くんなら、後で賠償請求出来るし……」


え?俺?


「そ、そうね」

と、智香。

「コーイチが初めての相手って言うのは屈辱だけど……他に相手がいるわけじゃないし……」


よ、良く分からんが……俺、助かったのか?

無罪放免なのか?


「クスクス……お話は終ったぁ?」

それまで沈黙を通し続けていた穂波が、いきなり俺とオキクルミの前に現れた。

「じゃあ洸一っちゃん。早くその舌と指をチョン切らないと……」


あぅ…

「オ、オキクルミ。まだ話の分かってないアホな娘が一人おるんじゃが……」


「む、難しい年頃よのぅ…」


どうやら今日は、長い夜になりそうだ……










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