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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
3/27

修学旅行・洸一、北へ・・・



「リステイン…むにゃ…プルーデンスも、頼むから話を聞く前に殴るのは止めてくれぇ……ンにゃ?」

不意に、目が覚めた。

「うぁ…?」

寝惚けまなこで軽く首を動かし枕元を見やる。

蛍光塗料で暗闇の中でも見える目覚ましの針は、3時を差していた。

「…ま、真夜中か。修学旅行に興奮して目が覚めたのか……俺はガキかよ」

呟き、再び眠りの世界へと落ちて行く。

そう言えば……何か夢を……

思い出せないけど……懐かしい…物凄く懐かしい夢を見ていたような……




★5月09日(月)



朝が来た。

そう、学生生活最大のイベントである、修学旅行の朝が遂にやって来たのだ。

「パンツも良し。歯ブラシもタオルも良し。財布もOKっと……」

指差し確認で荷物をチェック。

準備は万端だ。

「にしても、普通の親なら修学旅行の小遣いをくれても良いと思うのじゃが……」

そのくせ、何故かお土産だけは要求されているのだ。

困ったもんである。

「ふむ、俺の予想だと、そろそろ穂波が呼びに来るかな?」

と呟くが早いか、玄関のチャイムがピンポーンと彼奴の来訪を告げる。


「開いてるぞッ」

居間から玄関へ声を掛けと、カチャリと扉が開き、

「ここここ洸一っちゅわぁぁぁーーーーーーーーん♪」

穂波が踊りながら登場。

今朝も彼女の精神は良く言えばハイ、悪く言えば神懸り的だ。


「よぅ、穂波…」


「あ、あれ?今朝は何だか、早起きだね?」

リアル熊公の写真が大きくプリントされたヤバイ旅行鞄を手に、穂波が居間へと現れる。


「まぁな。何か不思議な夢を見た所為か、あまり寝付けれなくて……どんな夢かサッパリ思い出せんのだけどな」

俺は苦笑を溢しつつ、欠伸一つ。

穂波はそんな俺を見つつも、フンフンと鼻息も荒く、

「良し。折角早起きしたんだから、学校へ行こうよぅ♪」


「フッ、慌てる乞食はものもらいが出来易いと言うではないか。取り敢えず、落ち付け穂波。先ずは飯を食ってからだ」

俺はそう言って、焼き立てのパンにバターを塗りたくる。

「しかし北海道か……実に楽しみじゃのぅ。ウヒャヒャヒャヒャ」


「洸一っちゃんも、北海道は初めて?」


「初めても何も…未だかつて、俺は本州から出た事がないぞ。もちろん、飛行機に乗るのも初めてだぞよ」


「あ、私も初めてだよぅ」


「うむ。何を隠そう一番の楽しみは、やはり飛行機だな。男の浪漫だ」


「ほ、北海道じゃないんだ…」


「何しろ俺の曽爺さんは、艦攻・天山に乗っていたからな。飛行機乗りの血が、俺にも少しは流れているのだ」

ちなみに曽爺さんは、マリアナ沖海戦で見事撃墜された。

その後、米の国に助けられて捕虜になったのだ。


「ね、ところで洸一っちゃん」


「あん?なんだ?ってゆーか、ちょっとカフェオレでも作ってくれ」


「うん」

穂波は冷蔵庫を開け、コーヒーと牛乳を取り出す。

「あのさぁ、洸一っちゃん。私達のグループの自由行動って、結局はどーなったのかなぁ?」


「……さぁ?」

俺は穂波からカップを受け取りながら、首を傾げた。

「その辺のことは、全部委員長任せだったからなぁ……ハッハッハッ」


「大丈夫かなぁ?」


「なに、委員長に任せておけば大丈夫だろ。ってゆーか、自由行動みたいなモン、ほんまに自由で良いじゃんか」


「相変わらず洸一っちゃんは、B型気質だね」


「うるせーよ」

俺はパンを口の中に放り込み、それをカフェオレで流し込む。

そして食器をサッと洗い、最後の指差し確認。

「水道もOKにガスの元栓もOK。鍵もOKで……深夜アニメの予約録画もバッチリだぜぃ」


「マメだね、洸一っちゃん」


「当たり前だ。俺は独り暮しだぞ?旅行から戻って来たら家が全焼していました、なんて事になってみろ……本当に家無き子になるんだぞ」


「そっか……空き巣にも注意しないとね」


「その辺も大丈夫。持てる知識を総動員して、トラップを仕掛けておいた。しかものどか先輩仕込のオカルトマジックも発動済だ。我が家に不法に侵入した不埒者は、怪我した上に呪いまで降り懸かると言う、ロッテで言う所のマイクログラインド製法のガーナチョコレートと言うわけなのさ」


「どーゆーワケか分からないよぅ」


「ま、良いさ。さて……そろそろ行くか」


「うん♪楽しみだね、洸一っちゃん」


「あぁ、そうだな」

俺は大きく頷いた。

「ただ、まだ朝の7時前と言うのが少し問題だがな」



結局、8時頃まで家の中でダラダラと過ごし、その後でいつもの通学路を、いつもとは違う大きなカバンを持って学校へと向かう。

途中で智香の馬鹿と落ち合い、そのまま取り止めも無い話をしながら校門をくぐると、

「やぁ、洸一」

人畜無害な笑顔を浮かべた危険生物の豪太郎が駆け寄ってきた。

「良い天気になって、良かったね」


「日頃の行いが良いからな、俺様は」

そう言って空を見上げると……うむ、確かに雲一つ無い良い天気だ。

これならば、今日のフライトに何ら影響は無いだろう。

……ま、俺が飛ぶワケじゃないがな。


「さて…」

俺は何気に辺りを見渡す。

と、校門の所でちょうど登校して来た優ちゃんを発見した。

姫乃ッチとラピスもいる。

「……ちょいとお別れの挨拶をして来るぜ」

豪太郎にそう言って旅行鞄を預け、俺は彼女達に駆け寄る。

「おぉーーーーい、我が美少女達よ」


「あ、先輩」

「神代さん」

「あぅ、洸一しゃん♪」

彼女達は立ち止まって、ニコニコとした春爛漫な笑みを溢してくれた。

豪太郎の偽者臭い笑顔とは違い、此方は本物の純真な笑顔だ。


「よぅ、オハヨーさん」

俺はラピスの頭をグリグリと撫でる。

「ま、なんだ……知っての通り、今日から4日間、俺様はいなくなっちゃうワケなんじゃが……後のことは頼むぜ。何を頼むのかは良く分からんが」


「はいッ!!気をつけて行って来て下さいッ!!」

と優ちゃん。

姫乃ッチも小さく頷き、

「あの……楽しんで来て下さい」


「おうよッ!!ところで、お土産は何が良いかにゃ?……って姫乃ッチは北海道生まれだったな」


「はい。旭川出身です」


「そっかぁ……ならばお土産は、何か特殊なモノにしてやろう」


「と、特殊なモノって…」


「ラピスはお土産、何が良い?」


「はゃぁ……ジンギスカンでしゅッ!!」


「……はい?」

ジンギスカンって……アレだよな、特殊な形の鍋を使う羊の焼肉だよな?

「え~と……それはマトンとかラム肉を買って来いと?それとも鍋を買うの?」


「違いましゅ。ジンギスカンを捕まえて来るんでしゅよぅ」


「ジンギスカン……捕まえるか」

意味が分からんぞよ?


「はゃぁぁ……これでしゅよ、洸一しゃん」

と、ラピスはやおら手にしていた鞄を漁りだし、そして教科書を広げるや

「これでしゅ♪」

ラピスが指差したのは、白の装束に身を包んだのっぺり顔のヒゲ男性だった。 


「――モノホンかよッ!?蒼き狼じゃねぇーかッ!?」


「捕まえて来るでしゅよ、洸一しゃん」


「偉大なるハーンに対してなんと畏れ多い事を……」

俺はヤレヤレと溜息を吐き、ラピスを姫乃ッチに押し付けながら、

「後で詳しく説明してやってくれぃ」


「それにしても……」

と優ちゃん。

「3泊4日は、少し長いですね」


「だろ?北海道に3泊なんてなぁ……俺も少しどうかと思うぞ」


「私達は来年、2白3日だと聞いていますけど…」


「それはまぁ……今年は、予算があるからな」

俺は苦笑を溢しながら頭を掻いた。

「何しろ、本来はオーストラリア旅行だったんだからな。それが諸事情に拠り、俺達は北海道になったのさ」


「諸事情って、なんですか?」


「……とある人が去年、かの地でちょいと軍を巻き込むほどの大問題を起こしてな。それでまぁ……今年から国内旅行に代わったワケなんだよ」


「そうなんですか。困った先輩がいるもんですね」


「……まぁな」

ってゆーか、その困った御人は、君が敬愛する人の姉さんなんだがな。

「ま、何はともあれ……ちょいと行って来るからな。優ちゃん、くれぐれも練習で怪我するんじゃねぇーぞ?」


「は、はいッ」


「姫乃ッチも暴走はするなよ?」


「だ、大丈夫です」


「ラピス……」


「はゃ?」


「……ジンギスカンではなく、チンギス・カンと言いなさい。もしくは義経」


「は、はゃゃゃ??」



学校からバスに乗って約1時間。

生まれて初めて、俺は空港なる場所へとやって来ていた。


「ちゃッちゃッちゃッ(土佐人風に)……こりゃあスゲェ」

ハイソでビッグでメカメカしい建物に、俺は圧倒されていた。

「いやぁ~……こりゃたまげた。空港っちゅうのは、もっとしょっぱい場所かと思っていたんじゃがのぅ」


「洸一君や……チョロチョロすんなや。田舎モン丸出しで、みっともないやんけ」

我が班のリーダーである美佳心チンが、苦言を呈す。

……

ってゆーか、リーダーは俺の筈なんだが…


「いや、だってよぅ……なんちゅうか、興奮するじゃん?生まれて初めての空港なんだぜ?こう……見方を変えれば、ここはまるで空軍基地じゃん?男ならアドレナリンが鼻からドバドバ出てきちゃうぜよ」


「安い男やなぁ……」


「俺は純朴なんだよ。ピュアなんだよ。永遠の3歳児なんだよッ」


「アカンやろ、それ…」

美佳心チンは眉間に皺を寄せ、これ見よがしな溜息を吐く。


やれやれ、これだからクールな女の子は……

「穂波ッ。お前なら分かるよな?この俺の燃える気持ちを、理解してくれるよな?」


「……綺麗なCAのお姉さんがいるから?」


「そうそう。って、違うわッ!!ドジでノロマな亀吉はどーでも良いんだよッ!!」

くそぉぅ……何故にこの機能美に溢れた空港のカッチョ良さが理解できんのだ?

穂波も所詮、女と言うことかなのか?

……

ちなみに俺は、CAさんより婦警さんの方が萌えるがなッ!!

「チッ、女どもは夢がないのぅ。豪太郎、お前なら俺と一緒に、この場所の雰囲気に燃える事が出来るよな?少年の心を忘れていないよな?」


「もちろんだよ」

親友の豪太郎はグッと拳を握り締め、強く頷いてくれた。

「渋い顔したパイロットのおじ様達が、たくさん歩いているからね♪観光に来た外国の子供もいるし…」


「何でも有りか貴様はッ!!」

思わず人中に一本拳を極めてやる。

「ったく、これだから特殊嗜好の輩は……おい、多嶋。お前も男なら、空港に燃えるよな?感動しちゃうよな?」


「……話し掛けるな。同類と思われるだろ…」


チッ…

どいつもこいつも、男の浪漫を解せぬとは……


「ほら、洸一君や。ちゃんと並びーや。外国のお客さんも、笑っているで?」


「なにぃ?」

見ると確かに、大きなロビーで屯している異国の観光客が、俺を指差しHAHAHA等とアルファベット表記でほくそ笑んでいた。

「……何がおかしいんじゃコルラァッ!!」


「お、落ち付きーやッ!?」

美佳心チンが俺を羽交い締めにする。

「一体、何をする気なんや…」


「決まっておろう。この俺様が誰か、拳で言って聞かせるのみッ!!」


「アンタ、とことん脳味噌が発酵しとんなぁ。騒ぎを起こして国際問題になったら、修学旅行どころやないで?」


クッ……

悔しいことに、確かに美佳心チンの言う通りだ。

こんな所で問題を起こしたら、間違い無く僕ちゃんはお家に強制送還だ。

が、しかし……あの毛唐ども、この俺様を見てニタニタと笑っていやがった。

英語でなに言ってたか分からんけど、これだから黄色のチビ猿は……とか何とか言っていたに違いないッ!!

うぬぅッ!!何たる侮辱ッ!!

日ノ本に住む男が、全て牙を抜かれたと思うなよッ!!

「ちくしょぅぅ……これが修学旅行じゃなかったら、ここが八百万の神々が住まう国だとその身に教えてやろうものを……」


「洸一君は、意外に排他主義なんやなぁ。……さすが田舎モンや」

美佳心チンが呆れて言うと、穂波が首を振りながら、

「違うよぅ、伏原さん。光一っちゃんは、自分より格好良い人が嫌いなだけだよぅ」


「しぇからしかーッ!!この俺がそんな尻の穴の小さい男かッ!!俺は単に、礼儀を知らんヤツが嫌いなだけだッ!!」


「洸一っちゃんが礼儀とか言っても…」


「クッ……まぁ良い」

俺はフンッとソッポを向きながら、小馬鹿にしたような笑みを浮べている外人の群れに向かって中指をピンッと立ててやると、

「マ○ーファッカーッ!!」

その瞬間、異国の人達の顔色がサッと変った。

白から青へ……そして赤へ。

凄い変身の仕方だ。

もしかして分身も出来るのか?


「お…おおぅ?」

ドドドッとロビーの床を踏み鳴らし、マッチョでワイルドな集団が、此方へ向かって走ってくる。

俺のスカウターは、物凄い戦闘数値を弾き出していた。

ぬぅ……ちと怖い。

「――行け、多嶋」

俺はボーッとしていた多嶋の尻に蹴りを入れて送り出した。


「……え?」

バスケ部期待のエースにして穂波に惚れている病んだ精神の持ち主である多嶋は、向かって来た異国の人達に取り囲まれ、そして……問答無用でボコボコにされていた。

ぬぅ……恐るべし狩猟民族ッ!!

農耕民族の日本人じゃ、勝て無い筈だぜぃ……


「ちょ、ちょっと洸一君や…」

美佳心チンが、蒼ざめた顔で俺の制服の裾を引っ張った。

「多嶋君、なんやエライ目に遭うてるで?」


「た、多嶋ーーーーーッ!!」


「や、そないな劇画調の顔で叫んだかて……」


「――おっ?搭乗手続きが終ったようだぞ、美佳心チン。ささっ、エアプレインに乗り込もうじゃないか♪」


「多嶋君はどないすんねん?」


「大丈夫ッ。俺の心には常に多嶋がいる。きっと君を忘れない…」


「……ほか。なら安心や」



……目が覚めると、そこは南国風味だった。

「お…おおぅッ!!?」

澄渡った青い空にエメラルドグリーンの神秘的な海。

俺は真っ白な砂浜に、横たわっていた。

「どど、どーゆーこと?ここは何処?どうして俺がこんな所に……」

ムクリと起き上がり、辺りを見渡す。

すると目の前にいきなり、

「あ、気が付いた洸一っちゃん?」

穂波が俺の顔を覗き込んで来た。

「穂波…」


「良かったぁ。洸一っちゃんまで逝っちゃったのかと思ったよぅ」


逝った…?

「こ、ここは…どこだ?俺は何をしている?修学旅行は……」


「覚えてないの、洸一っちゃん?」

穂波は真面目な眼差しで俺を見つめると、

「飛行機……墜落しちゃったんだよぅ」


「……え?」


「みんな……死んじゃったんだよぅ」


「――え?えぇッ!?」

な、何を馬鹿な事を……コイツ、遂に電波が常時接続になったのか?


「……マジマジだよ、洸一っちゃん」


「……」

そんな事があって、良いのか……?


「でも、大丈夫」

穂波はニコリと微笑んだ。

「私と洸一っちゃんが生き残ったんだモン。2人で力を合わせれば、ここはパラダイスだよぅ♪」


「な、何をアホな事を……」


「さぁ洸一っちゃん。始めようよぅ」


「は、始めるって……何をだ?皆を弔うのか?」


「決まってるじゃない。子造りだよぅ♪クスクス…」


ヒィイィィィーーーーーーーーーーッ!!?

「……あれ?」

目の前に、座席があった。


「あ、起きたの洸一っちゃん?」

聞き慣れた声。

隣りを見ると、そこにはニコニコ顔のキ○ガイが座っていた。

「――ンヒィィィッ!?でで、出たな悪魔めッ!!」


「な、なに言ってるのよぅ…」

穂波はプゥ~と頬を膨らませた。

「まだ寝惚けてるの?」


「……ゆ、夢?夢か?――まぁ、夢だとは思ったさ」

額に手を当てると、冷たい汗が浮んでいた。

「し、しかし……我ながら、ヤバイ夢を見たもんだぜ」


「洸一っちゃん、かなりうなされていたよ?」


「縁起でもない夢を見たぜよ…」

俺は大きく息を吐いた。

よもや穂波と二人、あのような目に遭うとは……

この夢見には、何か意味があるのだろうか?

……

今すぐ、このクマ女をブチ殺せと言う意味かな?

「にしても、まだ着かないのか?」


「もうすぐだよぅ」

穂波はニコニコと締りの無い顔で、窓から外の景色を眺める。

「それにしても光一っちゃん。……クスクス……あれだけ飛行機を楽しみにしてたのに、いきなり寝だすんだもん。ビックリだよぅ」


「……言っただろ?夜中に目が覚めたから、あまり寝てないんだよ……」


「それにちょっと、怖がっていたし…」


くっ…

「う、うるせーな。冷静に考えたら、こんな鉄の塊が空に浮くんだぜ?少しはショックを受けるわさ」

離陸と同時に少しだけチビったのは秘密なのだ。


「全く洸一っちゃんは、変な所で臆病なんだから…」


ぬぅ…

「それよりも、汗を掻いて喉が乾いた。何かねぇーか、穂波?」


「無いよ」


「使えねぇ女だなぁ…」

俺はキョロキョロと辺りを見渡す。

通路を挟んだ隣りの席では、美佳心チンが北海道関連の情報誌に目を通していた。

そしてその隣りでは、豪太郎も熱心に雑誌を読んでいる。

……何やら男の裸が一杯写っているようだが……詳しくは聞くまい。

聞きたくも無い。

更にその後の席では、顔を風船の様に赤く膨らませ多嶋が、うぅ~ん……と、くぐもった声を上げていた。

……生きていたからOKだ。


え~と……

「あ、CAさんッ!!昔的に言うとスッチュワーデスしゃんッ!!」

通り掛った美人なお姉さんに向かって、ブンブンと手を振る。


「はい?何か御用でしょうか?」

天使の笑みだった。

物凄く綺麗だ。

生まれて初めてCAさんなる者を間近で見たが……

なるほど、芸能人やスポーツ選手などが入れ込む訳だ。


「お姉さん、申し訳ないんじゃが、水を一杯プリーズ。あと、今日のフライトが終ったら僕とブレイクしない?(意味不明)」

そう言った瞬間、メシャッと音を立てて穂波の裏拳が鼻の真ん中に減り込んだ。


「すいません、お姉さん。洸一っちゃん、いつも頭の中がいっぱいいっぱいの男の子だから…」


「あぅぅぅ……スチュワーデスしゃん。水と一緒に、ティッシュもプリーズ。は、鼻血が止まらないッス」



飛行機に乗って数時間、俺達は千歳空港に降り立った。

「うぅ~む、これが北海道か…」

胸一杯に息を吸い込む。

「さすがジャガイモとバターの故郷だぜぃ。空気も心なしか美味いねッ!!」


「アホな事を言っとらんで、はよ行くで」

と委員長こと美佳心チン。


「行くって…どこへ?」


「ちゃんと修学旅行の栞を読まんかい。今から空港近くのホテルでランチや」


「ほぅ…中々ウチの学校も、やるねぇ」

そんな事を言いながら、ホテルへ向かってゾロゾロと歩き出す。

と、いつの間にか復活した多嶋が、

「ちょっと待って。折角だから、空港前でみんなで写真を撮ろうよ」

そう言って、ポケットからデジカメを取り出した。


「なるほど。良い考えだな」

俺は頷く。

「しかも良さげなカメラを持ってるじゃねぇーか」


「まぁな」

多嶋はフフーンと自慢気に胸を逸らした。

「実は修学旅行の為に、新しく買ったんだよ」


「ふ~ん…」

なるほどねぇ。

新しいカメラで穂波の写真を取り捲る……そーゆーワケか。

……

アホな男じゃのぅ。

「ま、良いや。おい、豪太郎に委員長。それに穂波。取り敢えず俺の横に並べぃ」


「点呼に遅れたら、怒られるで?」

とか言いながらも、美佳心チンが笑みを溢しながら俺の隣りに並ぶ。

穂波も同じく、ウヒウヒ笑いながら俺の横に並んだ。


「よぉーし、ちょっと待ってろよ…」

そう言って、多嶋はキョロキョロと辺りを見渡し、

「すいませーん、ちょっと写真を取ってくれませんか?」


「……ホワッツ?」

多嶋が声を掛けたのは、空港で自分をボコにした外人の一人だった。


あ、あの馬鹿…

何で他の生徒に頼まないんだ?

ってゆーかあのマッチョな外人も、北海道観光に来たのか……


外人さんは、多嶋に向かってニヤニヤ笑いながら、何やらほにゃららと話し掛けている。


「な、なに話てるんやろ…」

と委員長。


「さぁ?でもプレゼントやら何やらって聞こえるぞ?」

そうこうする内に、多嶋が戻って来た。

やつれた顔をしている。


「おい、写真は?」


「ん?んん……良いや。それよりも、早く行こうぜ」


「多嶋君、カメラは?」

穂波が尋ねると、多嶋は引き攣った笑みを浮べながら、

「い、いや…その……あの外人さん、僕のカメラが気に入ったみたいで……ハハハ」


「そ、そうか…」

多嶋の手に、あの自慢気にしていた最新型のデジカメの姿は無かった。

そして僕は、可哀相過ぎて、それ以上彼に声を掛けてやることが出来なかったのだった。



千歳空港近くのホテルでバイキング形式の昼食を摂った後は、バスに乗って団体行動。

オタコンペ湖やエニワ湖、白扇の滝を見学した後、札幌市内に入り、観光牧場で乳絞りなどの体験学習。

更には某乳製品工場を見学したりと……体の芯までネイチャーな気分に浸かってしまった。

穂波に至っては、『エドウィン・ダンの魂に導かれるよッ』とか言いだす始末。

……エドウィン・ダンって誰だよ?

ま、そんなこんなで夕刻、俺達は今日と明日お世話になる、札幌市内のホテルに到着した。


「うわ…」

美佳心チンが感嘆の声を上げた。

俺も

「あややややや…」

等とラピスを真似た奇妙な声を上げる。

到着したホテルは、かなりゴージャスだった。

しかも滅茶苦茶に大きい。

豪華和風建築の建物からツインタワー型のビル等が連なっている、超大型高級ホテルだ。

少年の心を持ったオラは、何だかワクワクしてしまうぞ。


うぅ~む……こりゃ凄いッ!!

凄いが、とても修学旅行生徒が泊まるようなレベルのホテルではない。

俺は近くを通り掛った担任の谷岡ちゃんに、

「ヒゲの旦那。よくこんなホテルを取れたもんですなぁ。ってゆーか、たった一泊で予算を消費しちゃわないかい?」


「……本当は別の宿を予約したんだがな」

谷岡先生もあまりの大きさにビックリしているのか、力無くポツリと呟いた。

「それが急遽、このホテルを使用しなさい……と、そう言う事になったんだ」


「なんで?そんなに予算があるのか?」


「理由は分からんが……お前も何か心当たりがあるんじゃないのか?」


「お、俺???」

僕ちゃん、ホテル関係に知り合いはいないんじゃが…


「そうか?だったらあれを見てみろ…」

と、ヒゲの大将はそっとホテルの入り口を指差す。

そこには大きく、

『歓迎・神代洸一さんとその他/札幌・喜連川帝國ホテル』

と金文字で書かれた歓迎札が掲げられていた。


「……ギャフン」


「何でも喜連川のお嬢さんが、格安で提供してくれたと聞いたが……お前が頼んだのか?」


「と、とんでもねぇ…」

うぬぅ、のどかさんの御好意なのか…

・・・

何だかちょっと、良くない予感がする。

こんな事を言っては何だが、あの人は善意だけでは行動しない人だ。

何か裏があると見て良いだろう。


「洸一クンや。帰ったら、喜連川先輩にお礼を言わなアカンで?」

美佳心チンがキシシシと嫌な笑みを溢した。


「そ、そうだな」

俺は頷いた。

「だけど逆に、俺が礼を言われるような気がするのぅ」



ホテルの中は更にゴージャスだった。

少年の心を持った俺は、探検意欲に駆られる。

部屋割は、男女とも4~6人の和室。

やはり修学旅行は、和室だと思う。

ダブルの洋室とかだったら、なんちゅうか楽しくないではないか。

ってゆーか万が一、豪太郎と二人っきりの部屋になったら、貞操の危機だ。


「おう、良い部屋じゃないか」

と多嶋。

俺と豪太郎。それに他班の男3人は、指定された部屋の中に入った。

超高級、純和室の部屋だ。

青々とした畳みの香りが、何とも心地良い。


「景色も綺麗だよ」

豪太郎が嬉しそうに、窓に近寄る。


うぅ~む、確かに絶景かな……


「ベランダにも出られるようになっているよ。夜景とかも、見られるよね」


「男同士と言うのが、ちょっとどうかと思うがな」

俺は苦笑を溢しながら、鞄を置いて部屋の中を見渡す。

うぅ~む、広いのぅ…

男6人でも、余裕の広さだ。

ふむ、内風呂も付いているのか……なるほどなるほど……

と、俺の視線はそのまま床の間に注がれた。

何やらワケの分からんミミズがのたくったような文字が描かれている掛け軸に、北海道名産の鮭を咥えた熊の置物。

そしてその横には、ガラスケースに入った日本人形。

まさしく旅館ッ!!と言う定番の造りだ。

……って、あれ?

俺は首を捻って床の間に近付く。

この人形、物凄く見慣れているような気がするんじゃが……


『―――キ』

ガラスケースの中で、人形がサッと片手を上げた。


「ぬぉうッ!!?さささ、酒井さんかッ!?」

俺は慌ててガラスケースを開け、彼女を取り出す。

と、酒井さんは着物の襟から、小さな紙切れを取り出して俺に手渡した。


「な、なんだ?」

広げてみると、

《――洸一さんへ――》

のどかさんからのお手紙だ。

……字も小さい。


洸一さんへ――

酒井さんが北海道に行った事がないと言うので、送ります。

一緒に観光に連れて行ってあげて下さい。

修学旅行だからと言って、あまり羽目を外してはいけません。

後でちゃんと、酒井さんに聞きます。

――のどか


「……御目付役って事なのね」


「キ…」

酒井さんが頷いた。

やれやれ…

俺は溜息混じりにのどかさんからの手紙を折畳んでポケットにしまい、酒井さんに向かって苦笑を溢した。


「おい神代。ホテルの備品を弄くってて良いのか?」

多嶋が眉間に皺を寄せながら言う。

「見つかったら怒られるぞ?」


「…良いんだよ」

俺は素っ気無く言い、酒井さんを肩にちょこんと乗せた。

「今日から修学旅行が終るまで、酒井さん――この人形は、俺達のグループの一員だ」


「はぁ?何言ってんのお前?もしかしてその人形、持ち歩くワケ?」


「当たり前だ」


「おいおい……マジかよ、神代。お前、それはヤバイだろ。そんな不気味な人形持って歩いていたら……間違いなくキ○ガイだぞ?」

多嶋が気の毒そうな顔で俺を見る。

と、俺の肩にいる酒井さんが小刻みに震え、

「キーーーーーーーーッ!!」

奇声を発しながら彼奴の顔に飛び掛った。


「フギャーーーーーーーーーッ!?」

多嶋の叫び声が、ホテル中に響き渡った。



修学旅行と言うのは、通常、お風呂の時間が決められている。

このクラスは何時から何時まで何分間と言うように、まるで受刑者のような扱いだ。

が、今回は違った。

お風呂の時間は、17時から22時(ただし夕飯の時間は除く)まで、何回でもOKなのだ。

まぁ、このホテルは異様にデカイと言うか、大浴場だけでも20近くあるので、そーゆーのも有りなのだと思う。


「しかし神代。お前さぁ……それ、風呂に入る時は外したらどうだ?」

と、タオルで髪を拭いながら、多嶋が言う。

ヤツの視線は、俺の胸元に向けれていた。


「ん?これか?」

俺は胸にぶら下げている小さなアクセサリを指差す。

薄い青色をした、勾玉と言うのか、古代の装飾品を模ったお洒落アイテムだ。

「ふむ……俺もそう思う。が、実はこれ……何故か外せんのだよ」

言ってガハハと笑う俺だが……いや、本当に外れんのだよ、これは。

摩訶不思議なアイテムだ。

って言うか……何故こんなモノをぶら下げているのか、俺自身、記憶が無かったりする。

気が付いたら、いつしか胸から下げていたのだ。

……

何かしらの呪いのアイテムじゃなかろうか?

今度、のどかさんに相談してみようか…


さて、そんなこんなで大きなお風呂を二つばかり堪能した後は、待望の本日のディナーだ。

ホテル内の多目的ホールを貸し切っての、バイキング形式の夕食。

実に圧巻だった……

北海道の美味い魚介類が並んだ料理もさることながら、寝間着として着用が義務付けられている学校ジャージを着た生徒が約250人。

それらが先を競うようにギャーギャー喚きながら料理に群がる姿は、まるで死んだ虫に集る蟻ンこを見ているような気分にさせられる。

その点、俺様は余裕で構えている。

何故ならだ……

「洸一ちゅわんっ♪これ、美味しいよ♪」

「洸一、これも食べてみたら?」

等、穂波や豪太郎が頼みもしないのに料理を運んで来てくれるからだ。

うむ、これが人徳と言うヤツだろう。



「さて、なにしようかのぅ…」

俺は広いホテルの廊下を、ブラブラと歩いていた。

夕食の後は、22時まで自由時間だ(※22時になると各部屋で点呼。その後の外出は禁止。就寝は23時)。

部屋の中でTVを見たり、トランプやUNOやどうやって持って来たのか麻雀をやってたり、早くも土産物を物色したり、風呂に入りなおしたり……

皆さん、色々な事で時間を潰している。

「うぅ~む……やはり男としては、ここは一つ、この巨大ホテルを探検してみるかな?」

等と独りごちりながら歩いていると、

「あ、神代君♪」


「んにゃ?」

振り返ると、そこにはトリプルナックルのリーダーである長坂が、珍しくニコニコとした笑顔で立っていた。

普段は何か企んでいそうな顔をしている彼女も、やはり修学旅行は楽しいのだろう。


「よぅ、長坂じゃねぇーか。何してんだ?」


「別に……ちょっとお土産物屋を見てたの」


「ふ~ん…気の早いこった」

お土産なんて、最終日で充分間に合うのにのぅ。

空港で買っても良いしね。


「ところで神代クンは、何をしてるの?」


「散歩だ。このホテルの全てを、密着取材するのだ」

もちろん許可は取っていない。


「ふ~ん…」

長坂は口元に手を当て、ジロジロと俺を見つめた。

何故か少し、頬が赤らんでいる。


はて?そんなに寒くはないと思うが……


「ねぇ神代君。その……ヒマだったら、一緒にトランプでもしない?」


「トランプ?」

ふむ……

「別に構わんぞ。なんちゅうか、これぞ修学旅行の夜ッ!!と言う感じがするしな」


「そ、そうなの?」


「うむ。で、何処でやる?ロビーか?」


「へ?あの……私達の部屋だけど……」


「ぬぉうッ!!?」

俺は少しだけ仰け反った。

「お、おいおいおい……それは些かマズイだろ?」


「――え?」


「だって決まりがあるだろ?間違いを起こさない様に男子は女子の部屋に入るべからず、って……」


「……そんな決り、無いよ?」


「ぬぉうッ!!?」

俺は更に仰け反った。

「そ、そうなのか?」


「そうだよ。そんな時代錯誤の決り……何処に書いてあったの?」


「いや、その……穂波がそう言っておった」


「榊さん?」


「う、うむ。穂波が、『洸一っちゃん。この決りを破った者は速攻でお家へ強制送還されるんだよ』と真顔でヌカしてたもんで……」


「……」


「くっ、あのクマ女……よくもこの俺様を謀りおってからに…」

どうしてくようかのぅッ!!

今度あヤツの熊アイテムを少し隠したりしてやろうか。

……

いかん、刺される危険性が大だ。


「普通は騙されないと思うけど…」


「お、俺は予想以上にピュアなんだよ」



長坂に連れられ、俺は彼女の部屋へと案内された。

中は俺様の部屋と同様、かなり広くてゴージャスだ。


「どうぞ、神代君」


「うむ、では失礼して…」

スリッパを脱ぎ、お邪魔する。


「あ、神代……」

扉を開けると、すぐそこにトリプルナックルの切り込み隊長、鬼も裸足で逃げ出すツインテール小山田がいた。

何するわけでも無く、お茶を飲みながらTVを見ていたようだ。

意外に婆臭い。

「な、なによ神代。…何しに来たのよッ」

小山田は相変わらず底意地の悪そうな目で俺を睨んできた。


「別に……長坂に誘われただけだ」

俺はそう言って、負けじと小山田をジロジロと見つめ返す。


「な、なによ……その卑らしい目つきは…」


「ふむ…初めて見たぞ、お前が髪を解いたのを」

小山田の最強の武器であるツインテールは解かれ、彼女はロングな髪型になっていた。

なんちゅうか、ちょっと新鮮だ。

「なんだ、結構その髪型も似合ってるじゃねぇーか。ハッハッハ……」


「う、うっさいわねぇッ!!黙らないと殺すわよッ!!」


何故に怒る?

俺はポリポリと頭を掻いた。

と、ベランダで夜景でも見てたのか、トリプルナックルの最後の一人、穂波とタメを張るぐらいに気の毒な跡部がひょっこりと現れ、

「あ、神代君だ。―――ウヒッ♪」

妙な笑みを溢してくれる。


「よぅ、跡部…」

俺の視線は、彼女の胸に釘付けだった。

全員、学校ジャージを着ている所為か……ボディのラインが、何時にも増して、くっきり且つはっきりと見える。

しかしこれは中々に……

「なんだよ、跡部。お前、隠れ巨乳様だったのかよ」


「うひ?」

跡部は自分の胸を手で押さえ、ウキキキと笑いながら、

「北海道ッ!!」

と、いきなり叫んだ。

どうも彼女の言ってることは高度過ぎて、魂のステージが低い僕にはあまり理解出来ない。


うぅ~む……それにしても、かなり大きいなぁ……

委員長には及ばないが、それでも充分、一般的平均値を超えているぞよ。


「……ちょっと神代。アンタさっきから跡部の何を見てるのよ」


「ん?何って、おっぱいじゃが……」

それ以外には無い。


「くっ…」

小山田はギリギリと音が聞こえるほど奥歯を噛み締めると、

「アンタって、本当に最低の馬鹿ね」


……最低の馬鹿?

最高の馬鹿よりはまだマシって事かにゃ?

俺はそんな下らない事を考えながら、今度は小山田のラインを見つめてみた。

「……ハァァァァァ~」

悲しい溜息が漏れた。


「な、なによッ!!なに見てるのよッ!!」


「……洗濯板」

言った瞬間、グーパンが鼻の頭にぶち当たった。



「全くこのド馬鹿は…」

等とぶつぶつ言いながらも、ロング状態の小山田は突っ立てる俺に座布団を勧めてくれる。

苛めっ娘の割には、妙な所で気が付くヤツだ。


「ところで、他の女の子達はどうしたんだ?」

俺は殴られた鼻を擦りながら、部屋の中を見渡して尋ねた。

この中にはトリプルナックルの面々しかいない。

よもやパシリなんぞをさせているワケではなかろうな?


「さぁ?お風呂にでも行ったんじゃないの?」

小山田はどうでもいいと言った具合にぶっきらぼうに答えると、面倒臭げに、机の上に置いてあったぺットボトルのお茶を俺に投げて寄越した。


「おぅ、ありがとう…」

お茶を飲み、もう一度部屋の中を見渡す。

うぅ~む…


「どうかしたのぅ?」

と、アカン娘の跡部。


「ん?いやぁ~……やっぱ女の子の部屋って言うのは、何かエエ香りがするにゃあ…と思ってな」

男同士の部屋は、何故か妙にすえた匂いがするのだ。

摩訶不思議なり。

そんな事を考えていると、長坂がトランプを持ってきた。

俺の目の前にいる小山田の横にちょこんと腰掛け、何だか嬉しそうに、

「神代君。何して遊ぶ?」


「そうじゃのぅ……先ずはシンプルに、ポーカーか何かがエエんじゃないか?」


「そうだね」


「でも、ポーカーなら何か賭けた方が面白いんじゃない?」

と小山田。

すると跡部がいきなり

「バターッ!!」

と叫んだ。

取り敢えず、意味が分からないからスルーしておこう。


「うぅ~ん……確かに、何か賭けた方が盛り上がるが……かと言って、金を賭けるのも何だかなぁ、と言う感じだし…」

俺は首を捻って思案。

「う~む……ここは一つ、負けたら一枚ずつ脱ぐと言うのは……」

言った瞬間、お約束であると言わんばかりに、小山田の手刀が脳天に炸裂した。

「ぬぉぉぉぅ……い、痛ぇぇぇぇ」


「このド助平ッ!!」


「そ、そんな事言ったって……賭けで負けたら脱ぐと言うのは、宇宙開闢以来の真理と言うか不変の法則と言うか……」


「だ、だいたいねぇ……私達はジャージなのよッ!!一枚脱いだら、すぐに下着じゃないのッ!!」


「お、怒る場所が違うよ…」

長坂が冷静に突っ込んだ。

「だったら神代君。ポイント制で勝負しようよ」


「ポイント制?」

ポイントを溜めると脱がせる事が出来ると言うのか?


「うん。先に3勝した人が勝ちで……え~と……勝ったらその人の言う事はなんでも聞くって言う王様ルールなの。ど、どうかな?」


「……グッド」

俺はグッと親指を立てた。

そして不敵な笑みで小山田を見つめ、

「あっという間に3勝して、虐げられた鼻と頭の恨みを、晴らしてくれようぞ」


「な、なによ…」


「ぐっふっふっ……小山田よ。あらん限りの恥辱を貴様に受けさせてやるわッ!!具体的には――おっと、涎が出てしまったわい」


「うわっ、こいつ最低だ」


「うるせーよ。さ、長坂……勝負を始めてくれぃ」



「……ぬぅ」

俺は額に汗を掻いていた。

小山田も長坂も、そして跡部までもが、既に2勝している。

対して俺は、0勝と言うか、まさに0笑。

既に相手は3人ともリーチなのだ。


ヤベぇ……

益々汗が吹き出てくる。

ヤバイですよ、これは……

ここで一つ、断わっておく。

俺はこのポーカー勝負で負けそうだから、額に汗が出るほど切羽詰っているワケではない。

では、何故にこうも焦っているのか……

それはズバリ言うと、男の生理現象なワケなのだ。


ど、どうしちゃったんだ俺は?

勝負を始めてから僅か数分後……

殆どいきなり、悶々と言うかムラムラと言うか――心の奥底から猛り狂った様に涌き出てくる熱きリビドー。

それは俺様の眠れる巨象を目覚めさせるには充分だったのだ。


ぐぬぅぅぅ……

自分の意思とは関係なく、下腹部におわす将軍様は、ブモォーブモォーとワケの分からん雄叫びを上げながら巨大化の一途を辿っている。

何故だ?

どうしていきなり?

女の子の部屋にいると言うシチュエーションが、悠久の眠りについている我が愛棒に未知なるパワーを与えたとでも言うのだろうか?


マズイ……こりゃマジであかん……

ドックンドックンと、激しく血流が下腹部に集中して行く。

もう、耐えられそうにもなかった。

今この場で、雄叫びを上げながら全て曝け出す事が出来たら、どんなに素晴らしい事だろうか…

だが、それをやってはいけない。

ここは自分の部屋ではなく、女の子が泊まっている部屋なのだ。

あまつさえ、今日は修学旅行初日の夜なのだ。


ぐ、ぐむぅぅぅ……

お、落ち付け、将軍よ。

常識を考えろッ!!

だけど将軍は、将軍故に我侭だった。

宿主である俺様の命令さえ受けつけない。

エネルギーを蓄えつつ、まるで崩壊直前の惑星の様に巨大化している。

ぬぅ……

更にまずい事に、俺は今ジャージ姿だ。

普通のズボンだったら、それとなく誤魔化す事が出来るが……ジャージではそうはいかない。

あからさまに、良く分かってしまう。

ジャージの前が、テトラポットみたいになってしまうのだ。


な、何としてもこの窮地を脱しなければ……

万が一、トリプルナックルの眼前で大きくなってしまった下腹部を曝け出してみろ……

思いっきり、イヂメの材料になってしまうではないか。

ある意味、教室でウンコを漏らしちゃった、とタメを張るほどの破壊力のあるネタだぞ。

女の子の部屋で意味もなく膨らんだ俺は、ナイトストライカーとか変な渾名を付けられてしまうかも知れんッ!!

ハァハァ……ど、どうする?

どうするよ、俺ッ!!



「ん?どうしたの神代君?」

カードを切りながら、長坂が首を傾げる。

「なんか、顔が赤いよ?」


「そ、そう?」

歯を食い縛ったまま、俺はぎこちなく微笑んだ。

既に俺の愛棒は第1級臨戦態勢を整え、いつでも出撃可能な状態だ。


「神代……負けそうだからって、そんな悔しそうな顔しないでも良いじゃない」

と小山田。


「そ、そんなんじゃねぇーよ…」

俺は荒い息を吐きながら、ぶっきらぼうに答える。

「そんなんじゃ…ないんだよぅ……あぅぅ」


「だ、大丈夫、神代君?」

心配そうに、長坂が顔を覗き込んできた。

「なんだか、調子が悪そうみたい…」


「ぬぅ…むしろ調子が良過ぎるんだよ」


「…へ?」


「てっへっへっへ…」

何とか愛想笑いで誤魔化す。

精神的には、かなり落ち着いてきた。

だが、下腹部の怒張は依然そのままだ。

お、おかしいなぁ?

興奮してもいないのに、こんなにも将軍が張り切るなんて……

だが、今は悩んでいても仕方がない。

ここは最早、最後の手段だ。

ズバリ、疲れさせるしかない。

端的に言えば、自力で出しちゃうかしかない。カッコ笑い。

だが、良いのか?

女の子の部屋で、そーゆー事をしても、神は許してくださるのか?

ぐぬぅぅぅ……

抜くべきか抜かざるべきか、それが問題だ。

「うぅ~む、若き洸一の悩みって所か…」


「神代君。……本当に大丈夫?」


「……少し大丈夫じゃねぇ」

アカン……張り切り過ぎて、少し先っちょが痛くなって来たぞよ。


「本当に、どうしたのよ神代…」

さすがの小山田も、心配そうに俺の顔を見つめてきた。

「何か、耐えてるみたい…」


「……白状しよう。実はその……トイレを我慢しておるのだ」

事、ここに至っては致し方なし。

彼女達には悪いが、少し出しちゃおう。


「ト、トイレ?」


「うむ。やっぱ、なんちゅうか……ダンディな俺様としては、いきなり遊びに来た婦女子の部屋で、便所を貸してくれとは言い出し難い訳で……」


「アンタ、本当に馬鹿ね」

小山田が思いっきり呆れた顔でそう言うと、長坂も困った顔で、

「神代君。そんなこと気にしないで、行って来れば良いのに…」

と、溜息を漏らす。

ちなみに跡部は、

「神代くぅん……何出すの?大きい方?小さい方?」

ドキッとするようなことを言う。

これだから天然は……

ま、出すのは大や小以外のモノだがなッ!!


「す、すまん。そりではちょいと失礼して、お便所をお借りします…」

俺はトランプを伏せ、立ち上がろうとするが、

「ぬぅ…」

立ち上がれない。

そんな事をしたら、一発で大きくなってるのがバレてしまう。

こいつはとんだ誤算だ。

どうやってトイレまで行こうか……

「ぐ、ぐむぅぅ」

俺は暫し悩んだ末、完全に目覚めてしまったドラ息子を、内股で挟み込む様にしながら四つん這いになり、そのままトイレ方面へと進撃を開始した。

我ながら、何と情け無い姿か……


「……神代。アンタ、何て格好してるのよ…」


「言うな小山田。男には、男の事情ってモンがあるんだよ。どんな事情かは説明出来んがなッ!!」

俺はそう言って、尚も四つん這いになりながらズリズリと畳の上を移動するがその時、いきなり部屋の扉が軽やかにノックされ、

「長坂ちゃん。洸一っちゃん来てる?」

にこやかな笑みを浮べて、悪魔が現れた。

「あ、やっぱり来てたぁ♪」


「ほ、穂波……」

な、何しに来たんだ?

この局面で、何しに来やがったんだ?


「っもう、部屋に行ったらいないから、探したよぅ」

穂波はそう言うと、畜生のように四つん這いになっている俺を、何かしら言い様のない不気味な瞳で見つめ、

「光一っちゃん、どうしたの?」


「……ひ、秘密だ」


「もしかして……おっきくなっちゃった?」


「――ハゥァッ!!?」

な、何故それをッ!?

CIAすら掴めない極秘情報を何故に貴様がッ!?


「クスクスクス……洸一っちゅわん……」

穂波は口元に手を当て、卑らしく笑っている。


な、何故にバレた?

ってゆーか、何だその爛々と輝く不気味な目は……

「――ハッ!!?もしかして貴様……何か一服盛りやがったなッ!!」


「え~~……何のことかなぁ?」


「し、白々しいぞッ!!道理で夕飯の時、頼みもしないのに飯を運んでくると思ったが……その時に何か入れやがったなっ!!」


「クスクス……当りぃ♪」

穂波はアッサリと認めた。

「だって折角の修学旅行なんだもん。光一っちゃんの暴走に、期待しちゃったんだモン」


「な、何を期待しているのかサッパリなんじゃが…」


「それなのに光一っちゃん、まさか他の女の子の部屋にいるなんて……これは裏切りだよッ!!」


何のことですか??

「お前が何を言ってるのか全然に分からんが――ともかく、俺のアレを元に戻せッ!!」


「こ、洸一っちゃん、大胆だよぅ…」

穂波は頬を染め、モジモジと身をくねらす。


あ、あかん…

言葉が通じてねぇ。

「こ、この大馬鹿が……良いからそこを退けッ!!俺はトイレに行きたいんだッ!!」

そして出すのだ。


「え~…嫌だよぅ」


「あ、あのなぁ…」


「おっきくなった洸一っちゃんを、せめて一目は見たいよぅ」

穂波はそう言うや、突如ガォウッと唸りを上げて飛び掛ってきた。

まさに獣だ。


「――ヒィッ!!?こ、この妖怪めッ!!」

咄嗟に俺は、格闘技で鍛えた反射神経で穂波の攻撃を躱す。

だが、

「あ、あぅ…」

「……」

「……46インチ砲」

立ち上がってしまった。

トリプルナックルの眼前で、俺は立ち上がってしまった。

ゆっくりと視線を下に向けると、ズボンの前は、巨大な二等辺三角形を形成していた。

自分でも驚くほど、立派な頂だ。

今日からマウント・フジと呼ばさせていただこう。


「……こ、これは……違うんだぞ?穂波の馬鹿がトチ狂って…」


「で、出てけーーーーーーッ!!この変態ッ!!!」

顔面を真っ赤にした小山田の絶叫。

俺は股間を抑えながら、ほうほうの体で部屋から逃げ出したのだった。


あぁん、今日から俺はナイトストライカーって呼ばれちまうよぅ……

意味は分からんがな。









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