俺様日記
アリアンロッドが退散し、残ったのは俺、グライアイ、プルーデンスに、そして謎の鎧武者氏。
ちょっぴり、何だかなぁ~と言った空気が流れている。
「終わった……のか?」
「そのようじゃな」
グライアイは『フゥ』と息を吐くと、
「後は城へ戻るだけじゃ」
そう言って、謎の鎧武者さんを見やる。
「それで良いかの?」
「……」
鎧武者氏は何も言わず、ただ首を小さく横に振った。
「……ほぅ」
微かに、グライアイの顔に警戒の色が浮かぶ。
「このまま、妾達を帰す気がないと?」
「……時、既に遅し」
「どう言う意味じゃ?」
グライアイが訝しげな顔で尋ねると、鎧武者氏はゆっくりと目を伏せ、
「プルーデンスの魔力が持たぬ」
「ッ!?」
その言葉にグライアイ、そして俺は、慌ててプルーデンスに振り返る。
冥府の門の番人は、青白い顔で佇んでいた。
そして、
「はは……うん、ちょっともう……ダメかな」
そう力無く笑った。
お、おいおいおいおい……
ダメって……どーゆー事だ?
「……なるほど。既に立っているのがやっとと言う所かえ。じゃが武者殿よ、お主の力……その九皇の剣の力を借りれば、枯渇したプルーデンスの魔力を回復させるぐらいは、造作も無い事じゃろうて。違うかえ?」
「その通りだ」
「ならば…」
と言いかけるグライアイを、謎の鎧武者氏は軽く手を挙げ制すと、
「それは堂々巡りだ」
「ん?それは一体、どう言う……」
「彼の魔神が、本当に素直に諦めると思うか?」
「む…」
「ここでプルーデンスの魔力を回復させても、結末は同じ。そなたの城に匿えば、プロセルピナは軍を起すであろう。そして元の場所に戻せば、また刺客を送り込むは必定。故に、堂々巡りなのだ」
「……ふむ、確かに御主の言う通りじゃな。じゃが、ならばどうすれば良いのじゃ?」
グライアイがそう問うと、謎の鎧武者氏は何故か俺を見つめ、
「……神代洸一。頼むぞ」
「は?え?お、俺?俺がなに?」
「プルーデンス、そしてリステインが言った筈だ。もしもの時は、神代洸一の世界、人界に隠れるとな」
「え?いや、確かにそんな話もあったけど……」
「なるほど。良い考えじゃ。人界に潜めば、プロセルピナも迂闊には手が出せまいて」
「……マジかよ」
いやぁ、あの話は冗談だとばかり思っていたんじゃが……
漫画やラノベならともかく、さすがにリアルな話となると、結構ハードルが高いですぞ。
衣食住の問題もあるし……
「なによぅ洸一」
プルーデンスが、少しだけ頬を膨らませて俺を睨み付けてきた。
「私達を命を懸けて守ってくれるって約束したじゃないの」
「してねぇーよ!?なに盛ってんだよ、お前は」
「なによぅ。ダメなの?」
「いや、別にダメと言うわけじゃ……」
「むぅぅぅ」
「わ、分かったよ。別に良いよ。ちゃんと守るよ。リステインからも、お前を頼むぞって言われてるしな」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」
まぁ、出来るだけ、やってやるさ。
プルーデンスもリステインも、一応、俺様にとっては命の恩人だしな。
「本当の本当に?」
「本当の本当にだ」
「……なら良い」
そう呟くやプルーデンスは、いきなり俺の首に手を廻し、顔を近づけるや唇を押し付けてきた。
「うぇ!?あ……んん?え?あ、あれ?」
突然のキスに、かなり戸惑う純朴な僕チン。
何しろ日ノ本最後の硬派として通っているから仕方が無い。
ちなみに硬派の意味は知らんが。
「約束よ。ちゃんと私とリステインを守りなさないよ」
「お、おぅ」
「いいこと、私とリステインの世話をちゃんとするの」
「ま、まぁ、それぐらいは……」
「私とリステインを愉しませるの」
「愉しませるって……」
「ちゃんと心から尽くしなさいよ。それこそ下僕のように。分かった」
「……貴様、何様のつもりだ?」
「なによぅ。守るって言ったじゃないの。洸一の癖に生意気よ」
フンッと鼻息も荒くプルーデンスはそう言うが、不意にその身体がグラつき、倒れそうになる。
「うおぃッ!?」
慌てて支える俺。
「あはは……ちょっと疲れちゃった」
プルーデンスは力無く笑うと、もう一度、軽く唇を押し付け、
「頼むわよ洸一。約束よ」
「お、おぅ。この神代洸一、嘘は吐くが約束は守る男だ。任せておけ」
「ふふ…」
プルーデンスは微笑むと、おもむろに首から下げている勾玉を模ったアクセサリを外す。
そして俺の首に腕を回しながら、
「これ、洸一にあげるわ」
「これは…?」
首から下がる乳白色の勾玉を見つめながら尋ねる。
彼女は柔らかい微笑を湛え、
「お守りよ。あと私達を見つける為のアイテム」
「……なるほど」
「ふふ、短い間だったけど、結構面白かったわね、洸一」
「そ、そうかぁ?俺的には、随分と辛い目ばかりに遭ってた様な気がするんじゃが……」
何しろ苔まで食わされたしな。
「なによぅ。私達に出会えて楽しかったでしょ?」
プルーデンスはキュッと俺の頬を軽く抓ってきた。
そして呟くように、
「本当に洸一は、張り合いがないんだから」
「な、なんだよぅ…」
「何でも無いわよ。馬鹿洸一」
と、いきなり彼女の身体が淡い光を放ち始めた。
「人界で、ちゃんと私達を見つけなさいよ」
「わ、分かってるよ。草の根掻き分けても探し出してやるよ」
「グライアイも、ありがとね。借りはいつか必ず返すわ」
そう言って「フゥ」と小さく溜息を吐くと、
「じゃあね、洸一」
どこか儚い笑顔を見せてきた。
「あ…」
プルーデンスの身体から発する光が強くなり、そして次の瞬間、弾ける様にして無数の光の粒子へと変わった。
「……プルーデンス」
それらは寄り集まり、光の珠となって俺の頭上に浮かんでいる。
と、次にそれは二つに分かれた。
蒼い珠と紅い珠だ。
おそらく、片方はリステインの魂だろう。
更にその二つの魂は互いに回転を始め、更に五つずつ、計十個の小さな珠に分かれるや、俺の周りを跳ねる様にして一周すると、そのまま高速で、まるで彗星のように光の尾を棚引かせながら夕闇が濃くなった空を駆け抜け……そして見えなくなった。
「……しゃーねぇなぁ」
俺はボリボリと頭を掻きながら、少しずつ星星が瞬き始めた空を見上げながら呟いた。
ちょっと安請け合いをした気がしないでもないが……まぁ、良いか。
この俺様が、特別に面倒をみてやるとしよう。
「プルーデンスとリステインの魂は、お前がこの世界に来た次元の穴を目指して飛び去った」
謎の鎧武者さんが、どこか厳かな口調でそう言った。
「今頃は、私が掛けた状態維持の魔法を突き破り、人界へ……お前の存在していた次元世界へと転移している事だろう」
「……つまり俺は、これから元の世界へ戻ったら、プルーデンスとリステイン、二人を見つけて保護すれば良いんですね?いやはや、何だかなぁ……」
いやぁ~、参ったね。
二人を保護をするのは別にエエですよ。
生活の面倒もちゃんとみますよ。
そう言う約束だもん。
ただねぇ……
皆に……特に穂波とかまどかとか真咲姐さんとか、ちょいと血の気の多い人達に、どう説明すれば良いのやら……
僕ちん、取り敢えずブン殴られるね。
もちろん、理由を説明する前にだ。
「……二人ではないぞ、神代洸一。十人だ」
「へ?」
「そなたも見たであろう、人の子よ」
とグライアイ。
「彼女達の魂は、十の数に分かれたぞえ」
「え?いや、そうだけど……十人って……え?何それ?聞いてないですよ?もしかして詐欺でですか?僕チン、騙された?」
俺が首捻り、目を瞬かせていると、謎の鎧武者氏は静かに息を吐き出し、
「人の魂と上級魔族や神族の魂は大きさが違う。一時的な召喚や転移ならともかく、人界にて人として転生するのであれば、魂を小さく分ける必要があるのだ」
「……するってぇと何ですかい?もしかして、プルーデンス達の魂を持つ女の子を十人、俺は見つけて保護するって事ですかい?」
「その通りだ」
「……」
どうしよう?
物凄く胃が痛い。
ちょっとゲロ吐きそうだ。
「だが安心しろ、神代洸一。見つける必要は無い。何故なら、既に彼女達はお前と出会っているからだ」
「……へ?出会ってるって……ん?どゆ事?」
「お前の中に咄嗟に思い浮かぶ異性。それがプルーデンスとリステインの魂を持つ者達だ」
咄嗟にって……え?誰?
パッと思い付くのは……
「あのぅ……何か二十人ぐらい思い浮かぶんですけど……」
「気の多い男じゃな」
グライアイが呆れた声で言うが、瞬間的に思い浮かぶのが本当にそれぐらいいるから仕方あるまいて。
「え?あれ?でも……既に出会ってるって、何かおかしくないですか?こう、何て言うのか、順序が逆って言うか、原因と結果が入れ替わっていると言うか……矛盾しまくりですよ?」
「因果の流れと時の流れは同調しない」
「へ?」
「時が順序立てて流れていると言うのは、時の造物主の影響下にあるからだ。それこそ一種の瞞しよ」
「妾にもその辺の事は複雑で分からぬが……例えばじゃ、人の子よ。もし仮にじゃ、今この場で、妾がそなたの住まう次元世界へ人として転生したとする。妾はどうなると思うかえ?そなたの近くに転生する?否じゃ。何故なら、妾とそなたの間に特別な因果、紡がれし縁は存在せぬからじゃ。故に、妾が転生したとしても、そなたと同じ時間軸に生まれるとは思えぬ。そなたの住まう世界において、過ぎ去りし過去か、はたまた遠き未来にて生を受けるか、それは分からぬのじゃ」
「僕には何を言ってるのかサッパリ分からないのですが……」
「ふ……例えばだ、神代洸一。お前をこの地へと送り込んだ魔女。彼女がプルーデンスの生まれ変わりと言う可能性もあると言う事だ」
「え……」
「ふふ、因果の流れとは、そう言うモノなのだ。実にままならぬ」
謎の鎧武者氏はそう言うと、何故か目元に少し疲れたような笑みを浮かべ、
「さて、そろそろお前を送ろうか」
「は、はぁ。俺の世界っスね。やっとこさ戻れるのかぁ……って、どうやって?あの穴から戻るんですか?」
「……いや、我の魔法で次元転移させる。あの異世界間を繋ぐ穴は、既に次元世界の自動修復によって塞がっている。私の掛けた魔法をプルーデンス達の魂が突き破ったのでな」
「はぁ、そうなんですか…」
何が何だかサッパリ分からんが、取り敢えず頷く俺。
ただ、グライアイは訝しげに首を傾げていた。
何か問題があるのだろうか?
「では行くぞ、神代洸一」
言って謎の鎧武者さんは、俺の額に手を翳した。
「努々、警戒と修練を怠るなよ」
「は、はぁ……了解ちまちた。良く分からんけど」
俺はそう言って、魔神に視線を移し、
「ありがとな、グライアイ。一旦、俺は帰るけど……ま、約束通り、俺の力が必要な時は何時でも呼び出してくれぃ。もっとも、何の役にも立たないけどな」
「ふふ、暫しのお別れじゃな、人の子よ。いやさ、媒介者よ。プルーデンス達の事、頼んだぞえ」
「任せておけ」
グッと親指を立てると同時に、目の前の景色が歪み、次の瞬間、俺の意識は吹っ飛んだのだった。
★
「……転移させたのかえ」
グライアイが、謎の鎧武者に声を掛ける。
「もちろんだ」
「ふむ……一つ聞きたい」
「何かな?恐るべき魔神よ」
「御主は先程、既にあの人の子が居たと言う次元世界へ通じる穴が塞がったと言うたな?」
「如何にも」
「それの意味する所は、その次元における人の子の存在が消えた……次元空間における事象率ゼロの存在、つまりは因果の消滅ではないかえ?」
「その通りだ、グライアイ」
謎の鎧武者は頷き、そして魔神に向き直ると、
「プルーデンス達の転生と共に、彼の次元において神代洸一の存在は抹消され、新たな次元世界が形成された」
「待ちゃれ。そこへあの人の子が戻れば……」
「言わずもがなだ。再び次元世界は再構成される。歴史の改編……即ち、時の強制力が発動される」
「……ふむ。それもあの者が持つ因果の流れの一つと?」
「その通りだ」
「じゃが、強制力が働けば、余計な記憶は消去されるのではないかえ?それではプルーデンス達を見つけるのは困難……いや、それ以前の問題のような……」
「案ずるな。記憶は消えるのではなく、封印されるだけだ。それに彼の者とプルーデンス達の縁は、とても強い。強制力が発動しても、因果が途切れる事は無い。それこそ、あの者とプルーデンス達の絆は、次元世界を跨いで紡がれた縁によって結ばれているのだからな」
「……なるほどのぅ。ところで御主は、一体何者なのじゃ?」
グライアイの目が細まった。
「その魔力に、そして九皇の剣……御主の力は、あのプロセルピナにも……いや、それ以上じゃ。じゃが御主からは、魔族や神族の気配を余り感じぬ。一体、何者なのじゃ」
「……ふ」
謎の鎧武者はグライアイの問い掛けに微苦笑で応えると、腰に下げた九皇の剣、エクセルバードを鞘ごと外し、
「お前に、これを預けておこう」
「な゛ッ!?」
グライアイは絶句し、剣と鎧武者を交互に見つめ、
「な、何を考えておるのじゃ?九皇の剣は三界の至宝。その秘められた魔力は世の理すら捻じ曲げると聞く。かように力ある剣を他者に容易く預けるとは……」
「抑止力だ。九皇の剣がお前の手許にあれば、プロセルピナや他の魔神も、迂闊に手は出せまいて」
「ぬ……」
「使い方を習熟しておけ、グライアイよ。何れプロセルピナと対峙した時、その剣の力が必要になるだろう」
「……全てを見通していると言った物言いじゃな。……分かった。大切に預かるぞえ。して御主はこれからどうするのじゃ?」
「神代洸一の世界に紛れる。プロセルピナの干渉もあるだろうが、それ以上に、神界からの干渉もあるのでな。その為の監視だ」
「ほぅ……神族が動いているのかえ?」
「今はまだ、傍観しているだけだがな」
★
「……うぁ?」
瞬きを繰り返し、ゆっくりと顔を上げる。
あれ?ここは……何処だ?
って、俺の家だ。俺の部屋だ。俺の机の前だ。
「ん~~……」
と唸りながら、上半身を起しながら軽く背伸び。
肩甲骨の辺りから、コキコキと小気味良い音を立てて骨が鳴る。
「あ~~……何時の間にか、うたた寝しちまったか。うむ、俺様ともあろう者が、何て迂闊な時間を過ごした事か」
いやはや、疲れが溜まっているのかな?
「って、殆ど授業中に寝ていると言うのにねぇ……何でこう疲れるんじゃろう」
そう独り言を呟きながら欠伸を溢し、首筋をボリボリと掻く。
と、掌に当たる硬い感触。
「ん……」
首からいつもぶら下げている、勾玉を模ったアクセサリだ。
俺様のお気に入りのアイテムである。
ちなみに、どうしてこんな物を付けているのか……実は良く分からない。
自分で買った記憶も無ければ、誰かからプレゼントされた物でもない。
実に摩訶不思議ではあるが、それでもなんちゅうか、こう……お気に入りなのだ。
小学生の餓鬼が、変な形の石とかを拾って宝物にするような感覚だ。
「これを眺めていると、何だか優しい気持ちになるんですよねぇ。癒しのアイテムですよ」
そう独りごち、机の上に置いてある真新しいノートを開ける。
もちろん、当然ながら何も書いてない真っ更のノートだ。
俺はそれを眺め、ふんと軽く鼻を鳴らしながらペンを取り、書き始める。
『3月2日 (水)
今日より日記を付ける事にする。
取り立てて、これと言った理由はないが……』
『俺様日記・一学期』に続きますぅ。




