そして全てがプロローグ②
な、なんだッ!?
眩い閃光に目を瞑りながら俺は耐える。
爆発音や熱風、衝撃などは感じない。
ただ一度、熱した鉄の上に落ちた水滴のような、ジュッ!!とした音が響いただけだった。
な、何が起こった?
剣が折れた瞬間に、突然光が溢れたが……
ゆっくりと目を開け、思わず「うげッ!?」と声が出てしまう。
辺り一面、何も無かった。
ゴツゴツ、ゴロゴロとしていた岩も無い。
俺を中心に、ただ平坦な光景が広がっていた。
しかも荒涼としたよう岩石の大地ではなく、地面はほぼ砂漠化している。
雑魚敵の姿は、当然ながら見当たらない。
影も形も無い。
そしてあのアリアンロッドは……少し遠くへ吹き飛び、地面に倒れていた。
プルーデンスやグライアイは……良かった、無事のようだ。
少し呆然とした顔で、佇んでいる。
しかし一体、何が起こって……
「――むッ!?」
アリアンロッドが、ゆっくりと起き上がる。
その姿は、ボロボロだ。
フードは吹き飛び、外套も千切れ千切れになっている。
手首に装着していた鎌も、片方は折れていた。
しかし、なんちゅうか……初めてまともに顔を見たけど、中々に美人で、洸一的にはかなりドキドキだ。
「星屑の衝撃だと……」
アリアンロッドは鈍く光る薄赤の瞳で俺を睨み付け、
「魔神でも難しいハイエンドクラスの魔法を……まさかその剣に封じていたのか?貴様、何者だ?」
「な、何者と言われても……我こそは知る人ぞ知る、神代洸一様だ」
つまり、知らない人は全く知らない、一般人と言うことだ。
「……まぁ、良い。後で聞こう」
アリアンロッドはそう呟くと、破れかけた外套を脱ぎ捨てた。
下は皮製だろうか、実用性に優れている感じの無骨な軽鎧を装着していた。
これがアニメや漫画の世界なら、当然ながらビキニアーマーの類なのだろうが……うむ、実に残念である。
「ふ、先ずは仕事を片付けようか」
紺碧色のセミロングの髪が微かに揺れたと思った瞬間、アリアンロッドは一瞬の内にグライアイ達との距離を詰めるや、片方だけになった鎌を振るった。
「チッ」
舌打ちと供に、疲労困憊のプルーデンスを庇うようにグライアイが剣で応戦。
が、少し動きが鈍い。
やはり先の戦いでの消耗が厳しいようだ。
「はは、どうしたグライアイ。随分と弱っているではないか」
「ふ、そう言う貴様も何を焦っているのかえ?」
グライアイは大きく剣を水平に振るい、空いた右手を突き出すと、
「ライトニングアロー」
「チッ、マジックシールド」
「ふふ、随分と低位の防御魔法じゃ。貴様も先の攻撃で、かなり消耗したようじゃのぅ。アイテムのリソースも尽きたかえ?」
「は、舐めるなグライアイ」
アリアンロッドは素早い動きで、縦横無尽に鎌を振りながらグライアイを追い詰める。
ぬぅ……
すげぇ攻撃だ。
が、確かにグライアイの言う取り、魔力が少ないのかも……
攻撃魔法とか使わず、物理攻撃のみで挑んでやがる。
だが、何か……そう、何か違和感を俺は感じていた。
俺の唯一、この異世界で発揮できると言っても過言ではない危機察知能力が、なんかヤバくね?と心の中で訴えている。
ここはもういっちょ、俺様の出番かも知れん。
もちろん、武器も何も無いけどな。
「ふ、さすが魔姫と二つ名を持つだけはあるな。中々の剣技じゃ」
「……」
「じゃが、得意の鎌も一振りではな」
グライアイはサッと手にした剣を八相に構えると、
「ディレイト・セコン・ヴァンダーファルケ!!」
剣が鈍く光りだし、そのまま袈裟懸けに振り下ろす。
「チッ…」
軽い舌打ちと共にアリアンロッドは剣を弾き返すや、そのまま大きく飛び退った。
と、彼女の元居た場所に、赤い閃光が二筋、宙に描かれる。
「ほぅ……今のを躱すかえ」
「遅延の二連続攻撃か」
「残念。四連続じゃ」
グライアイが笑みを浮かべると同時に、今度はアリアンロッドの鎧に、再び赤い閃光が描かれた。
「な、なんだと……」
信じられない、と言う顔をし、アリアンロッドはその場に崩れ落ちる。
や、殺ったのか?
いや、それにしれは呆気が……
と、その時だった。
剣を手に、警戒の色を弱めないグライアイの脇を、プルーデンスが
「うぉぉぉぉっ!!」
と雄叫びを上げながら通り過ぎ、倒れているアリアンロッドに迫る。
――い、いかんッ!?
脳内にデッドアラートが鳴り響く。
「下がれプルーデンスっ!!」
「う、迂闊じゃぞ!!それはヌシを誘う演技じゃ!!」
俺とグライアイが叫ぶのが同時だった。
ば、馬鹿たれがーーーッ!!
あれほど冷静になれって言ったのに!!
取り敢えず、俺は駆ける。
「死ねぇーーーっ!!」
プルーデンスは軽く飛び上がるや、手にした剣を逆手に持ち替え、そのまま地に伏しているアリアンロッドに突き立てた。
刹那――閃光と共に響く爆音に強烈な爆風。
駆け寄っていた俺は、そのまま大きく吹っ飛んだ。
く、くそがぁぁぁッ!!
やっぱり罠だったか!!
「プ、プルーデンス」
素早く立ち上がり、前方を確認。
爆発の中心地に居た彼女は、咄嗟に魔法で防御したのか、取り敢えず無事だった。
ただ、やはり衝撃をかなり受けたのか、着ている衣服は所々破れ、更に数箇所、傷を負っていた。
「く…どこよ!!何処に隠れたのよアリアンロッド!!」
プルーデンスは顔を顰め、まだ漂っている爆煙を振り払うかのように剣を振るっている。
「隠れてないで出て来なさいよ!!」
「後ろじゃプルーデンス!!」
グライアイの怒声と共に、プルーデンスの背後に黒き影が迫った。
「は!!」
咄嗟に身を屈め、捻るようにして剣を水平に振るプルーデンス。
その剣が影を切り裂くと同時に、
「が…あ……」
彼女のくぐもった声。
見るとプルーデンスの肩に、深々と鎌が突き刺さっていた。
「惜しいな。それはただの影だ」
まるで空間に溶け込んでいたかのように、アリアンロッドが後ろから姿を現した。
「こ、この…」
もう一度プルーデンスは身を捻り、背後のアリアンロッド目掛けて剣を振る。
だが彼奴は突き刺さった鎌を軸にしてプルーデンスを飛び越えるようにして半回転。
同時に鎌はプルーデンスの肩を大きく抉るように切り裂き、鮮血が迸った。
そして、
「終わりだ、番人」
アリアンロッドの鎌が、彼女の首筋目掛けて振るわれた。
★
くそッ!!間に合わん!!
アリアンロッドの鎌は、プルーデンスの首を容易く切断した。
いや、切断している筈だった。
「なにぃッ!?」
甲高い音を立て、アリアンロッドの鎌は弾かれた。
それどころか、鎌そのものが砕け散っていた。
「馬鹿な!!武器破壊を付与したシールド魔法だと!!」
驚愕の声を上げながら、大きく跳び退る。
「まだそれだけの魔力を残していたとは……さすがは番人と言った所か」
アリアンロッドの性格とは裏腹の端正な顔が歪み、その瞳に憤怒の色が混じる。
が、逆にプルーデンスは、切り裂かれた肩を手で押さえながら、どこか不思議そうな顔をしていた。
そこへグライアイが駆け寄る。
そして遅ればせながら俺も。
「大丈夫かえ、プルーデンス」
手を翳し、治癒魔法を掛けるグライアイ。
が、やはり魔力が尽き掛けているのか、その効果は薄い。
「ふ、まぁ良い。少しばかり想定外だったが、こちらも切り札を使わせて貰おう。使う気は無かったのだがな」
アリアンロッドはせせら笑うと、腰に下げた小さなポーチから、ピンポン玉大ぐらいの大きさの、七色に光る珠を取り出した。
それを見て、グライアイが
「――キュリエイションかッ!?」
と叫ぶ。
「な、何だそれ?何か特殊なアイテムか?」
「瞬時に魔力を回復するアイテムじゃ」
「え?回復薬的なものか?」
「比べ物にならぬ。本当に一瞬で枯渇した魔力を回復出来るアイテムじゃ。それこそ、魔力欠乏で昏倒した者さえもな。と言うのも、あれ自体が凝縮された魔力の塊なのじゃ」
「はは、そう言うことだグライアイ。しかもこれは、プロセルピナ様が手ずからお創りになられたアイテムだ。ふふ、分かるか?これには魔界最強の魔神の魔力が篭められているのだよ」
言ってアリアンロッドは手にしたそれを軽く握り潰す。
光る珠は容易く砕け散るや、そのまま光の粒子となり、そしてアリアンロッドの身体に溶け込むように吸収されていった。
「拙いぞよ…」
グライアイが呟く。
「はは、さすがはプロセルピナ様の魔力だ」
アリアンロッドの口元が緩み、大きな笑みを浮かべる。
「限界値を超えた魔力……ふふ、これならば、ハイクラスの魔法を幾つも放てるな」
「う、うわ……何かアイツの身体、少し電気が迸ってるみたいに見えるんだけど……」
何か伝説の超野菜星人みたいな感じだ。
「オーバーアップ状態じゃ。く、どうするかえ……」
「さて、遊びは無しだ。一撃で終わらせる」
――うぇッ!?結局俺もか?
「ふふ、さらばだグライアイ。そして番人よ」
言ってアリアンロッドは片腕を大きく天に向かって伸ばすと
「フォール・ギャラクシィ」
「ぬぉッ!?」
突如、音も無く頭上の空間が割れ、そこから巨大な炎の塊がゆっくりと落ちて来た。
まるで、今まで浮かんでいた太陽がいきなり落ちてきたような感じだ。
ともかく、こりゃ本当に現世とグッバイだな、と思った。
でも最後に、一応は確認しておこう。
「グライアイ。どうする?」
「これまでじゃ。今の妾には、あれを跳ね返す魔力は残ってないわえ」
魔神はギリギリと音が消こえてきそうな感じで歯を食い縛りながら言った。
「無念じゃ」
「うん、本当に無念だ。あ~幸の薄い人生だったなぁ…」
迫り来る巨大な魔法に、観念した目を向ける俺。
が、次の瞬間、アリアンロッドの放った魔法は、いきなり音も無く、消滅した。
爆発も何も起こらず、ただいきなり掻き消えた。
「な゛……なにぃッ!?」
アリアンロッドの声が響き渡る。
グライアイも顔に驚愕の色を浮かべながら、
「イレーズマジック?しかもハイエンドクラスの魔法を一瞬で消し去るとは……アンリミテッドマジックかえ」
「馬鹿な。まさかこれも番人の力だと…――ッ!?」
「ぬっ!?」
アリアンロッドとグライアイが、不意に顔を横に向けた。
遅れてプルーデンス。
「え?なに?」
そして俺。
その視線の先、少し離れた所にある巨石の上に、何時の間にか一人の男が立っていた。
それは俺がこの世界に送り込まれた時に初めて出会った、謎の鎧武者さんだった。