そして全てがプロローグ①
洞窟の外は、相も変わらずの溶岩流が固まって出来た後のような荒涼とした大地が広がっていた。
ただ目を凝らすと、薄っすらと前方に緑成す山々が見える。
おそらく、あれが魔界のグライアイ領だろう。
時刻はもうすぐ夕方……
日が暮れる前に、あの微かに見える山の方へ行けば俺達の勝ちだが……
うん、無理だね。
めっちゃ遠いじゃん。
メロスだって挫ける距離ですよ。
「さて、行くかえ」
剣を片手にグライアイが進む。
プルーデンスも俺も、一歩を踏み出す。
瞬間、頭上より無数の光の矢が降り注いで来た。
それをグライアイは咄嗟に、飛来物に対して耐性のある魔法シールド張って防ぐが、それを合図としたかのように、岩陰からワラワラと小汚いフードを被った敵の刺客が姿を現した。
ぬッ!?……いきなり強襲を仕掛けてくる、ってのは予想してたけど……やべぇ、数が多いよ。
予想以上に大軍だよ。
100匹ぐらいはいるんじゃねぇーのか?
いやぁ~……参ったなぁ。これはさすがに、死んじゃうかな?
そう少しばかり途方に暮れていると、
「うぉりゃーーーーっ!!」
雄叫びを上げ、いきなりプルーデンスが飛び出した。
剣を振り回し、敵の大軍目掛けて単騎で突っ込んで行く。
「ここでまた暴走ですか!!」
「我等も突っ込むぞ、人の子よ」
「りょ、了解…――って、後ろもからも来たッ!?」
俺達が出て来た洞窟のある岩山の中腹辺りから、ククリナイフのような得物を手にした刺客が、次々と飛び跳ねるようにして降りて来る。
「ファイヤーバースト!!先へ進むのじゃ人の子よ!!」
「ちくしょーーーっ!!」
俺は剣を持つ腕を闇雲に振り回しながら、プルーデンスの後を追い掛ける。
こんな所で無残に死ぬのは嫌だ!!
ゴメンこうむる!!
「男が死ぬ時は畳みの上か女の上なんじゃ!!古事記にもそう書いてある!!」
ま、大嘘だけど。
俺は剣を振り振り、敵中へと突っ込む。
ともかく、我武者羅に剣を振る。
そしてそのまま全速で駆ける。
息の続く限り、走る。
走り捲くる。
でもね、悲しい事にボク、人間なのよね。
しかも腹ペコ状態だし。
だからね、数百メートルぐらい走った所で、息が切れもうした。
額に玉のような汗を浮かび上がらせながら荒い息を吐く。
息苦しく、足も重い。
ちなみに、倒した敵の数はゼロである。
あれだけ振り回した剣は、掠りもしねぇ。
これが所謂、徒労ってヤツだ。
「く、くそがぁぁぁ」
目の前に3匹の敵が飛び出してきた。
手にした剣を高速で水平に振る。
が、簡単に躱された。
それどころか、背後から微かに風切り音が伝わり、咄嗟に地べたに這い蹲るようにして転がる。
転がる転がる、ローリング洸一。
だが当然、いつかは止まる。
そして足を止めたら一気に囲まれてしまった。
どうしよう?
本当に、死んじゃうかな?
「ふ、舐めんなよ雑魚どもが」
と、超雑魚の俺は不敵に笑い、剣を構えた。
余裕の表情に自信有り気な態度。
もちろん、全てがハッタリである。
さて、どうやってこの窮地を脱するべきか……
と、考えていたら、
「うぉりゃーーーっ!!」
聞き慣れた雄叫びと共に、魔法の光弾を放ちながら、プルーデンスが剣を振り回して乱入。
そして敵を切り伏せるながら、またどこぞへと素っ飛んで行った。
実に台風のような女である。
しかしこれはチャンスなり!!
「うぉぉぉぉッ!!」
プルーデンスの突入で空いた包囲網の一角に剣を振り回して突撃。
行ける!!脱出成功!!……するワケがなかった。
横合いから敵がナイフを振り下ろしてくる。
それを走りながら手にした剣で弾き返す。
逆方向からも敵が素早く得物を水平に振るう。
ステップしてそれを何とか躱す。
が、いきなり背後から切られた。
腰から尻に掛けて、火箸を押し付けられたような鋭い痛みが走る。
「くッ!?」
一瞬、気が逸れる。
と、今度は太股に激痛。
見ると棒手裏剣のような投擲武器が、深々と右の太股に食い込んでいた。
これでもう、走る事は出来ない。
洸一の冒険、いきなりジ・エンドである。
次回作にご期待下さい。
★
「こ、ここまでか。ってか、最初から何も活躍してないけどな!!」
俺は太股に突き刺さった敵の得物を引き抜く。
そして顔を上げると、既に数匹の敵が武器を振り翳し、今まさに俺の脳天目掛けて振り下ろそうとしている直前だった。
脳が危険を察知しているのか、敵の動きがやたらスローモーに目には映る。
あ、終わった……
が、次の瞬間、敵は纏めて吹き飛ばされていた。
「洸一ッ!!」
プルーデンスが攻撃魔法を乱射しながら駆け寄って来る。
「ショックボルト!!ショックボルト!!範囲拡大、パラライズボルト!!」
群がる敵を容易く屠り、俺の眼前に躍り出るや腕を掴み、
「さ、行くわよ!!」
刹那、いきなり彼女は海老反り、そしてそのまま前のめりに俺の胸元へと倒れたてきた。
「プルーデンスッ!?」
彼女の肩を揺さぶり、そしてその顔を覗き込む。
プルーデンスは眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべていた。
見ると背中に、魔法による攻撃だろうか、光る矢が数本、突き刺さっている。
「プ、プルーデンス……」
ザワリと、体の中で何かが蠢くような、そん不思議な感覚に囚われる。
ゆ、許さンゾ……
「ふ、ようやくに仕留めたか」
「――ッ!?」
前方から、アリ…何とかと言うこの敵の集団のボスである女が、ゆっくりと歩いて来た。
両の手首には、鈍く光る鎌のような武器。
フードの下から見え隠れする口元は微かに歪み、笑みを湛えている。
「て、てめぇ…」
奥歯を噛み締めながら、周囲を見渡す。
俺と倒れているプルーデンスを中心に、何時しか完全に取り囲まれていた。
「手間を掻かせたな、番人。だが、これで終わりだ」
「く……逃げなさい、洸一」
俺の胸を押し退けるようにして、プルーデンスがゆっくりと起き上がり、剣を構えた。
「……洸一?」
何故か俺の名前に反応した敵の女は、歩みを止め、僅かに首を傾げた。
「どこかで聞いた名……ん?なんだ?この感覚は……昔の記憶――ッ!?」
不意に彼奴は片手を挙げた。
瞬間、横合いから飛来した攻撃魔法が跳ね返される。
「プルーデンス!!」
敵を切り伏せながら、グライアイが登場。
「アリアンロッド!!貴様ぁぁ…」
「役者が揃ったな」
敵のボスは「ハハ」と乾いた笑いを溢した。
「番人のみならず、プロセルピナ様の最大の敵である貴様も、ここで始末する事が出来ようとは……ふふ、これぞまさに僥倖だ」
「驕るな、アリアンロッド。いくら上級魔族とは言え、この妾に――」
「――ふふ、魔神と言えど、それだけ魔力を消費していて、私に勝てると思うか?」
「……く」
「ここで貴様は死ぬ。あぁ、ついでに言っておくと、貴様はこの不入の地に忍び込み、番人を殺害した後に駆け付けたプロセルピナ様の部下によって誅された、と言う筋書きだ。ふふ、さすがヴァルナだ。面白くも残酷な絵を描くな。くくく……もちろん、貴様の死後、プロセルピナ様は軍を動かす。番人の仇を取り、且つこの地の安全を守ると言う大義名分を得てな」
「欲張りな考えじゃな」
「駆け引きと言うヤツだ、グライアイ。プロセルピナ様に反抗的な魔神や大神も、これで迂闊には動けまい」
アリアンロッドはそう言うと、ボクサーのようなファイティングポーズを取った。
手首に装着している鋭利な鎌が、鈍く光を放ち始める。
どうやら、何かしらの魔法的効果が付与されているようだ。
「グライアイは私に任せ、貴様達は番人を始末するのだ。あぁ、そこの下級魔族の男は、出来れば捕らえろ。……少しばかり興味がある」
お、俺?
俺のこと?
俺に興味って……なんだ?凄く嫌な予感がする。
人間は珍しいから解剖しようとか……そんな感じ?
これは拙いぞ。死ぬより悲惨な目に遭うかも知れん!!
剥製にされて食堂に飾られるとかな!!
「妾をあまり、舐めるでないぞ」
グライアイは剣を振り翳し、
「アルスティム・レクリエウム!!」
彼女の体の周りに、火花を散らす手の平大の光球が幾つも現れた。
中に雷の魔法でも封じてあるのか、眩く明滅を繰り返しながら、それは魔神の周りを円を描くようにして飛び回っている。
「ほぅ……躍動する殲滅の雷玉か。しかも魔法強化で7つも召喚とは……ふふ、まだ上位魔法を使えるとは、さすがだな」
「行くぞえ、アリアンロッド!!」
グライアイが珍しく気合の入った声を上げながら勇躍。
瞬く間に敵に詰めよるや、剣を振う。
それと同時に、彼女の周りを飛んでいる魔法の玉も、不規則な動きで襲い掛かる。
「チッ、煩わしい……」
アリアンロッドが舌打ちし、体の周りに六角形をした半透明の盾を張り巡らす。
が、グライアイの魔法は、その盾を意図も容易く突き破った。
「こ、この威力は……」
「その程度かえ、アリアンロッド」
「ふ……愚か」
鎌を振り、再び魔法で盾を生み出す。
「愚かは貴様じゃ!!」
グライアイの魔法が、アリアンロッドにぶち当たった。
それと同時に、彼女の剣が敵の体を切り裂く。
い、行ける!!行けるぞグライアイ!!
「マスライトリカバー。洸一、逃げなさい」
「へ?」
「このままだとグライアイは殺られるわ。魔力を消費し過ぎてね」
プルーデンスはそう呟くや、
「範囲拡大強化魔法!!ファイヤーバースト!!」
ドォン!!と鈍い爆発音と共に、俺達の周囲に群がっていた敵が炎に包まれながら吹き飛んだ。
「うぉぉぉーーッ!!」
プルーデンスが剣を下げ、アリアンロッド目掛けて駆け出す。
「マジックジャベリン!!三連!!」
「チッ…最後の足掻きか、番人」
「余所見をしている場合ではないぞえ」
「ふん、面白い。纏めて相手してやろう!!シャドウ・エクスキューショナー!!」
何時の間にかグライアイの攻撃によって負った傷を回復したアリアンロッドは軽く飛び退るや、その足元から巨大な黒い物体が姿を現した。
いや、物体と言うより、黒い霧のようなものだ。
4本の腕を持つ、気体で出来た化け物だ。
しかもその手には、刃の反り返ったシャムシールのような武器を握っている。
……
煙で出来ているみたいなのに、どうやって掴んでいるのだろうか?
「邪魔よ!!サモン、バーストピクシー!!」
「消えるが良い。イヴァポレーション」
一瞬で、黒い化け物は消し飛んだ。
が、アリアンロッドは動じることなく、
「はは、どうした?その程度か?魔力が随分と落ちてるぞ」
笑みを交えながら間合いを詰め、縦横無尽に鎌を振るう。
グライアイの周りを飛び交う魔法の玉が彼女の体に幾度となく当たり、爆発を繰り返すが、その度に上位の回復魔法だろうか、瞬く間に傷を治し、そして再び突撃を敢行してくる。
「く……キリが無い。それに何であんなに魔力を……」
「アイテムじゃな。魔力の回復……いや、魔力を増大させるアイテムを装備しているのかえ」
「ふふ、ついでに魔力の消費を抑えるアイテムもな。インパクト・オプスキュリエ!!」
「く……」
「ネガティブレジスト!!」
「甘い!!サウザンド・ダークランス!!」
「マ、マジックシールド!!」
「シュートレジスト!!カウンターアロー!!い、いかぬ、さすがに魔力が……」
「終わりだ、魔神グライアイ」
「――いや、終わるのはテメェだ!!」
神代洸一、颯爽と登場。
横合いから、剣を振り翳して突撃。
こっそりコソコソ、戦いを見守りつつ近付いて来た甲斐があった。
乾坤一擲の奇襲攻撃。
今、俺は英雄になる!!
この一撃の為に、今まで弱いフリをしていたのだ!!
……
いや、まぁ、フリじゃないんだが。
「うぉぉぉ!!」
「……ふ、気付いていたぞ?」
アリアンロッドはそう呟くや、俺を振り返らずに高速で鎌を振るった。
――バキンッ!!
俺の突き出した剣は、アッサリと弾き返された。
いや、弾かれたどころではなく、いきなり砕け散った。
思わず「ギャフンッ!?」と叫んでしまう。
が、次の瞬間、手にした剣の柄が淡い光を放ち始め、そして――辺り一面を閃光で包んだのだった。