ノン・ブレーキ
「うぉりゃーーーっ!!」
と、声を張り上げ、プルーデンスが突撃を敢行。
目の前には、薄汚いカーキ色のフードを被った索敵行動中の敵が3匹。
いきなりの奇襲に、ギョッとした感じで立ち竦んでいる。
ば、馬鹿かッ!?
あれほど慎重にって言ったのに……こっちから敵に居場所を知らせてどーする気なんだ!!
「グ、グライアイ!!」
「分かっておる。が、少し手遅れじゃな」
「ぬッ!?」
見ると敵は一時の混乱から冷静さを取り戻すや、いきなり三手に分かれて遁走。
プルーデンスを迎え撃つのではなく、あくまでも逃げて情報を持ち帰る事を最優先にしたようだ。
ま、当たり前だわな。
「逃げるんじゃないわよ!!」
プルーデンスが吼えながら、真っ直ぐに逃げた敵に瞬く間に追いつくや、剣を一閃。
敵刺客はフードごと胴体から真っ二つに切り裂かれ、ピンク色の臓物を撒き散らしながら地面に転がる。
そして右に逃げた敵には、牽制の為か掌から魔法らしき光弾を数発放ちつつ、距離を詰めて行く。
左に逃げた敵には、既にグライアイが追い付き、此方も一刀の下に切り伏せていた。
ちなみに俺は、ここから応援だ。
もちろん、バフ効果などは無い。
「こ、このチョコマカと…」
プルーデンスが立て続けに魔法を放つ。
そのうちの一つが命中し、敵は足を止めるや、そこへ向かって彼女は吶喊。
「死ねぇーーーっ!!」
そして大上段から剣を振り下ろす。
「おおぅ、なんて無慈悲な攻撃なんでしょうか…――って、なにぃッ!?」
プルーデンスの剣は、幹竹を割るように敵を縦一直線に切り裂いた。
まさに一刀両断であった。
だが敵は切られる直前、片手を天に向かって伸ばし、何やら魔法的な光球を飛ばしていた。
それは切られた後も、ヒュルヒュルとまるで打ち上げ花火のように天に向かって真っ直ぐに飛んで行き、そして破裂。
大空に閃光が走ると同時に、何やら赤色の煙で不思議な図形が空中に大きく描かれていた。
良く眺めてみると、それはこんな形『↓』をしていた。
うむ、立派な矢印である。
んげッ!?アッサリと居場所が知られた!!
ってか、なんちゅう魔法だよ……
シンプル且つ、明快至極な魔法ですよ……ちょっと感心で御座る。
「って、プルーデンスは?」
視線を戻すと、彼女は……え?えぇぇーーッ!?な、何してんの!?
プルーデンスは「この!!このこの!!」と声を上げながら、切り裂かれ、地面を転がってる敵の死体に向かって、猶も剣を振り下ろしていた。
もちろん敵は、既にハンバーグの材料どころかネギトロみたいになっている。
このまま剣を振り下ろしていると、今度は苺ジャムみたいになってしまうぞよ。
「うぉーーーい!?ちょ、ちょっと待て!!ってか、落ち着けプルーデンス!!」
慌てて駆け寄る俺。
と、彼女は振り向き、
「うっさい!!」
いきなり吼えた。
いや、それは良い。
や、別に良くはないが、なんかもう慣れたから良い。
それよりも、彼女の目だ。
血走っている、と言うよりは赤く光っている。
見た瞬間、背中に戦慄が駆け抜けた。
ぶっちゃけ、超土下座したくなった。
な、なんだ?どうしたんだ、プルーデンス……
「お、落ち着け、プルーデンス。もう大丈夫。敵は死んだ……と言うかペースト状になってるし」
俺は猛獣を相手にする飼育員のように両の手を広げながらゆっくりと彼女に近付き、
「大丈夫だ。うん、本当に大丈夫だから……」
その肩に手を置き、そのままゆっくりと抱き寄せた。
そしてまるで子供をあやす様に、彼女の背中を軽く叩きながら
「大丈夫だ、プルーデンス。もう大丈夫」
ふと、何で俺はこんな事をしているのじゃろう、と疑問に思うのだが、なんちゅうか……このまま彼女を放っておけないと言うか、上手くは言えないけど、俺しか宥める事が出来ないのでは、とか思ったりしちゃったワケで……
「ッ!?な゛――何してんのよーーーッ!!」
「ふへ?」
いきなりプルーデンスは叫んだ。
そしていきなり、俺の頬を叩いて来た。
いや、正確に言えば、グーでぶん殴って来た。
「ここ、このド助平!!」
「え?え?」
「この私がいくら物凄く可憐な超美少女だからっていきなり抱き締めるなんて……この破廉恥魔!!」
「うぉーーーい!!ちょっと待て!!色々と待てやコルラァ!!可憐と言う意味を辞書で引いてみろッ!!」
「うっさい!!本当に洸一は油断も隙もないわ!!」
プルーデンスはフンッと鼻息も荒くソッポを向くと、
「ん?なによグライアイ?なに笑ってんのよぅ?」
「なに……じゃれ合いは終わったのかと思うてな。仲良さそうで何よりじゃな」
「な、なに馬鹿なこと言ってんのよ!!」
「ふふ……それよりも、早く場所を移動した方が良かろうて」
言って彼女は頭上を指差し、
「位置が単純明快に知られてしもうたわえ」
「え?え?なに?あの印……煙なの?」
「……やはり憶えておらぬか」
「え?」
「何でもない。それよりも、先を急ぐぞよ」
★
プルーデンスが前を早足で進んで行く。
俺もグライアイもその後を付いて行くのだが、何だかなぁ……
どうしたんだ、アイツ?
と、グライアイが、指を折り曲げ俺を手招くと、
「でかしたぞ、人の子よ」
「ふにゃ?何のことっスか?」
「プルーデンスの正気を取り戻したであろ?」
「や、正気って言うか……アイツ、どうしたんです?いきなり暴れたりして……何かこう、少々深刻な心の病でも抱えているんじゃねぇーのか?統合失調症とか」
「……暴走じゃ」
「暴走?」
「怒り、恨み、憎悪、そう言った負の感情が暴走したのじゃ」
グライアイは目を細め、前を進むプルーデンスの背中を見つめながら呟くように言った。
「番人ならば、と思うたが、やはり制御は難しいかえ」
「ん?どう言う意味だ?自分の感情を制御できないだけだろ?単に我慢が足らないだけじゃねぇーのか?」
小学生だって、もう少し考えて行動するぞ。
「リステインの魂を吸収したであろ?その後遺症と考えれば良い」
「あ……ふむ、なるほど」
俺はゴリゴリと頭を掻き、
「つまり……敵に殺られたリステインの負の感情も吸収したもんで、持て余している……って事かにゃ?」
「察しが良いな、人の子よ。端的に言えば、まさにその通りじゃ。リステインの敵に対する怒りなどが、プルーデンスの中に渦巻いておる。ま、普通ならば、ある程度は抑えられようが……リステインは上級魔族じゃ。対してプルーデンスは上位神族……その辺りの事もあって、感情を抑え込むのは困難なのであろう」
「むぅ……」
「しかし、その暴走をお主は止めた。中々に出来ない事じゃぞえ」
「そうなのか?」
単に俺は宥めただけだぞ。
それこそ、まどかと真咲姐さんの喧嘩を仲裁するような感じでだ。
「一度魂の暴走が始まれば、中々に止める事は難しいのじゃ。それこそ負の感情を全て発散させないとな。なのにお主は、彼女の感情を容易く取り戻した。はてさて、それが媒介者としての力なのか……それとも、お主とプルーデンスやリステインの間には、何か特別な縁があるのかもしれぬな」
「縁って……出会ってまだ数日ですよ?」
「縁によって紡がれた絆に、時の長さは関係ないぞえ。陳腐な言い方をすれば、運命の出会い、と言うヤツじゃな」
「運命の出会いねぇ……」
出来ればもっと、お淑やかで可愛い異世界の美少女に出会いたかったなぁ。
「しかし、少々拙いの」
「敵に居場所を知られた事か?」
「それもある。が、いつかは見つかったであろうから、それは想定の範囲内じゃ。妾が問題にしているのは、プルーデンスの魔力じゃ」
「魔力?」
「今の暴走で、プルーデンスはかなりの魔力を使ってしまもうたわえ。本人はおくびにも出さぬが、妾の見たところ、かなりギリギリのようじゃ」
「って、それは……まさか魔力を使いきったら、リステインみたいに……」
「拙い事になりそうじゃ。ともかく、今は敵と出会っても逃げを優先に、魔力を温存する事じゃ」
「だよね。でもさ、それって難しくないか?アイツ……敵を見たら、またブチ切れるんじゃね?」
「だからこそ、お主が手綱を引き締めておくのじゃ」
★
死ぬ……
このままだと、ボク死んじゃう……
あれから都合三回、敵に遭遇した。
その都度、グライアイが危惧していた通り、プルーデンスは暴走した。
もちろん、俺は彼女を覚醒すべく、体を張って止めた。
最初は羽交い絞めにして。
次に腰に向かってタックルを噛まして。
そして三度目は前に躍り出るや彼女を抱きしめて。
その結果……死にそうである。
羽交い絞めにした瞬間に回転エルボーを喰らい、タックルで引き止めたらそのままドラゴンスリーパーを極められ、最後はフランケンシュタイナーだ。
敵に殺られるより先にプルーデンスに殺されそうである。
しかもだ、あろう事か彼女は正常に戻るや、馬鹿だの助平だの破廉恥だの変態だの、次々と罵詈雑言を浴びせて来て……もう僕は心身ともに限界だ。
軽く鬱すら出て来ており、いっそのこのまま敵に投降しようかしらん、等と考えちゃう始末である。
「あぅぅぅ……体を張って暴走を止めていると言うのに、感謝の言葉が無いどころか暴行の嵐が吹き荒れるとは……今日ほど理不尽って言葉の意味を知った日はないよ」
「まぁ、そう愚痴を溢すな人の子よ。あれはあれで、そなたには充分に感謝しているのじゃ」
「そうかぁ?」
「そうじゃ。ついつい手が出たり口悪く罵ったりするのも、照れ隠しなのじゃ」
「……なるほど。でもさ、何で俺の目を見ずに言うんだい、グライアイ?」
「……」
「お、おやまぁ……スルーされちったよ。号泣もんですよ」
「……拙いぞ、人の子よ」
「ふへ?」
と、軽く首を傾げると、
「敵よッ!!」
前を行くプルーデンスが叫ぶのが同時だった。
「またかよ!!」
俺は咄嗟に駆け出し、プルーデンスの前に踊り出た。
既に彼女は目が血走り、剣を片手にウガーーーッ!!と石器人のように吼えている。
先祖帰りするにも程があるってもんだ。
「お、落ち着けプルーデンス。大丈夫、大丈夫……ルールルルルル~♪」
俺は手を広げ、ニッコリ笑顔で彼女に近付く。
「そこを退きなさい洸一!!ウガーーーッ!!」
「吼えるな吼えるな。先ずは落ち着け」
「ガルゥゥゥゥッ!!」
「うわ……」
威嚇されたよ。
困ったもんだねぇ……
俺は心の中で大きく溜息を吐きながら、
「先ずはゆっくり、深呼吸だプルーデンス」
そっと彼女の肩に手を置くや、
「邪魔よッ!!」
「――んがッ!?」
いきなり真正面からヘッドバッドを喰らった。
おでこがガチーンと凄い音を立て、目の前に火花が散る。
「な、なにさらすんじゃッ!!」
「うっさいっ!!」
「うおぅ…」
こ、このアマァ……人が優しくしていれば付け上がりおってからに……
「いい加減にしろッ!!」
俺は強引に野生化したプルーデンスを抱き寄せた。
「は、離せ洸一ッ!!」
「でぇーーーいッ!!」
取り敢えず、尻を揉んでやる。
「――な゛ッ!?」
更に乳も揉んでやる。
「こ、この…」
最後は喧しい口を俺の口で塞いでやった。
いぇーーーいッ!!
これぞ役得って言うか、今まで頑張った分のギャラだ。
「な、なにしてくれてんのよーーーッ!!」
「――うがッ!?」
顎に強烈な一撃を喰らい、いきなり宙を舞う俺。
更にそのまま、蹴り蹴り蹴り蹴りと5連続コンボを極められ、俺は地面に激突した。
「こ、こここのド変態ッ!!い、いきなりわ、私の唇を…唇を……」
「睦みあってる暇は無いぞえ、プルーデンスよ」
グライアイの少し冷ややかな声が飛んで来た。
「彼方此方から敵の気配を感じるわえ。このままだと囲まれるは必定じゃ。ここは早く逃げた方が良かろうて」
「わ、分かってるわよ。ったく……ほら洸一。寝てないで早く行くわよ!!」
「……お、俺の事は放っておいて、君達だけで逃げてくれぃ」
神代洸一、限界突破ダメージを喰らい、ただいま絶賛瀕死中である。
足腰が全く立たないで御座る。
「はぁ?なに馬鹿な事を言ってるのよ……本当に面倒臭い男ね」
プルーデンスはフンと鼻を鳴らすと、おもむろに俺の着ている服の襟元に指を掛け、
「ほら、行くわよ」
そのまま引き摺りながらダッシュ。
「うぎゃーーーッ!?い、痛い痛い痛い!!せ、背中が…尻がッ!!」
「うっさい!!」
「ふふ、本当に仲の良い事じゃな」
「はぁ?なに言ってんのよグライアイ。それより、何処へ逃げる?」
「……このまま真っ直ぐじゃな」
グライアイはそう言って、小高い岩山を指差したのだった。